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遊馬友仁

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第13章~今夜はトークハード~⑤

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四十分ほどの時間を掛けて、秀明は亜莉寿の創造した世界を堪能し、物語を読み終えた。
彼女の創り出した物語に、世界に、キャラクターに触れて、純粋にストーリーを楽しむ気持ちと同時に、彼の胸には、創作活動を成し遂げた吉野亜莉寿に対する羨望や悔しさが、こみ上げる───。
秀明が黙々と自分の描き出した物語を読み進める間、ずっと、その様子を観察していたのだろうか、彼が最後のページを読み終わり、A4用紙の束をまとめようとすると、亜莉寿は、おずおずと

「その……。どうだった───?」

と、感想をたずねる。
自分の顔色をうかがいながら、不安気にたずねる亜莉寿の表情を感じつつ、秀明は、

「添削とか専門的な知識が必要なことはできないし、個人的な感想しか言えないけど───。ストーリーも、世界観も、キャラクターも、めっちゃ好みに合ってて……。すごい楽しく読ませてもらった。自分としては、『接続された少女(仮)』スゴく好きな物語やわ」

と、自身の中の肯定的な想いを、素直に感想として述べた。

「ホントに!!良かった……。大変だったけど、がんばって書き上げた甲斐があった───」

亜莉寿の喜ぶ声を聞きながら、秀明は

「お疲れ様でした。色々と大変な時期に、ちゃんと作品を完成させて、ホンマにスゴいと思うわ」

と、彼女をねぎらう。

「ありがとう……」

ポツリと、つぶやく亜莉寿。
一方、秀明は、あふれる想いに任せて言葉を続けると

「でも、ちょっと、羨ましいというか、悔しいというか、そういう想いもあるかな───。自分と同じように学校に通ってて、校内放送にも出演してて、進路のこととかで悩んでる時にもかかわらず、こんな物語が書けるなんて、吉野亜莉寿は、スゴいなぁ───。それに比べて、何も出来てない自分のことを考えると悔しいなぁ、って」

思わず、内心の本音が漏れた。

「あっ、ゴメン!こんな話しをするつもりじゃなかったのに……」

自身のネガティブな感情を彼女に話してしまったことを悔やみながら、謝る秀明に、

「ううん。私の方こそ、有間クンには、たくさん話しを聞いてもらったりして、迷惑を掛けたんじゃないかと思うし……。それに、『何も出来ていない』って言うけど、有間クンは、私の話しをちゃんと聞いてくれて、進路のことで両親と話し合う時も、協力してくれたじゃない?」
「いや、それは、そんなに大したことじゃないし……」

謙遜する様に、自分の行動を消極的に語ろうとする秀明に、亜莉寿は、なぜかムキになって反論しようとする。

「大したことじゃない!?私にとっては、とっても大事なことなのに!!」

彼女の剣幕に驚いた秀明が、

「あっ、ゴメン!そういう意味で言ったんじゃないんやけど……」

と、謝罪の言葉を口にすると、冷静さを取り戻した亜莉寿も、

「ご、ごめんなさい!本当なら、有間クンに感謝しないといけないのに……」

と、慌てて謝った。
お互いに非を認めるところがあったのか、しばし、気まずい沈黙が流れる───。
その沈黙を破ったのは、秀明だった。

「せっかく、亜莉寿の小説を初めて読ませてもらうことになったのに、ゴメン」

そう言葉を発すると、亜莉寿も、

「ううん。私の方こそ……」

と、つぶやく。
亜莉寿が、落ち着いた様子であると見てとった秀明は、少し話題を変えるべく、

「そういえば、気になったことがあるんやけど、ちょっと、聞いてイイかな?」

と、彼女にたずねる。

「えっ、なに!?」

唐突な質問に、少し驚いた様子の亜莉寿に、秀明は、

「さっきも言ったみたいに、学校の試験とか進路のこととか、色々と大変な時期に小説を書き上げて、スゴいなって思ったんやけど───。ティプトリー・ジュニアも、大学で博士号を取るための論文を書いている最中に、SF小説を書き始めたらしいし、創作活動するヒトって、切羽詰まってる時ほど、意欲が湧いてくるの?」

と、問い掛けた。
問われた亜莉寿は、

「ん~、他のヒトが、どうなのかはわからないけど───。私の場合は、学校とか進路のことで、色々と悩んだり、考え込んだりしている最中に、小説のストーリーとか世界観とかキャラクターを作って、自分の考え方を掘り下げることで、精神的なバランスを取っていたかも……」

そんな風に、自己分析する。そして、

「現実逃避をしているつもりはないんだけどね……」

と、言って少し悪戯っぽく笑った。
彼女の答えを聞いた秀明は、

「そっか。作家の創作の秘密に、ちょっと触れたみたいで、参考になったわ。でも、あんまり自分を追い込まない様に気をつけてね」

と、言葉を掛ける。
それを聞いた亜莉寿は、

「ご心配いただかなくても、次のお話しを創るのは、もっと余裕がある時にします!」

と言って、少し拗ねた様な表情を作った。
その様子を可愛いらしいと感じた秀明は、クスリと笑った。
亜莉寿の小説を読んだあとの二人の会話はほとんど途切れなかったため、気付かない間に、時刻は午後五時半を回ろうとしている。
部屋に射し込む夕陽の傾きを見て、秀明は、

「遅くならないうちに、そろそろ帰らせてもらおうかな」

と立ち上がりかけ、自分の持って来た荷物について、亜莉寿に話していなかったことに気付いた。

「そうそう。言い忘れてたけど、自宅で録画した『エヴァンゲリオン』のVHSテープを持って来させてもらったよ。時間があったら、観てみて!」

と、亜莉寿に薦めてみる。

「ありがとう!じゃあ、早速、今日から観てみようかな!有間クンと坂野クンが、あんなに熱心に語ってるアニメだしね」

と、言って亜莉寿は、フフッと笑う。

「SF作家の吉野亜莉寿先生のお眼鏡に叶うかどうか……。良かったら、また感想を聞かせて!」

秀明は、そう返答したあと、

「じゃあ、そろそろ行かせてもらうね」

と、言って、吉野家を後にすることにした。
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