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回想②〜白草四葉の場合その1〜伍
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3月27日(日)
クロと出会った日の翌日は、伯父夫婦が近隣にある日本有数のテーマパークに連れて行ってくれた。
ただ、春休み中ということもあり、アトラクションは、どれも長蛇の列が出来ていて、お目当てだった『ハリー・ポッター』の大型ライドを体験できたことと、オリジナルグッズを買ってもらったこと以外は、人混みで疲れてしまったことしか記憶にない(もちろん、休日に混雑するテーマパークに連れて行ってくれた二人には、大いに感謝すべきだけれど……)。
その翌日の日曜日は、たっぷりと伯父宅に居られる時間があったので、金曜日にクロと二人で探索した数々の《聖地》の写真をネット上に記録すべく、わたしは、SNSのアカウント作りに挑戦することにした。
《トゥイッター》の登録時は、アカウント名の作成に頭を悩ませた。
(なにか、自分らしいアカウント名で登録したいな……)
そう考えながら、自分の好みの映画やキャラクターについて、思いを馳せる。
最初に思い浮かんだのは、母に薦められて一緒に観た映画『ローマの休日』のことだった。
一年前の春休み、自宅で時間を持て余していたわたしに、仕事がオフの日で家に居た母が、
「ヨツバ、この映画を一緒に観てみない?」
と、一枚のブルーレイ・ディスクを差し出してきた。
パッケージがモノクロだったため、気は進まなかったが、親子で過ごす時間が貴重だったことと、熱心に薦められたこともあって、母の言葉にしたがってみた。
映画を観始めてしばらくして、モノクロの映像であるはずなのに、その美しさに目を奪われたことを覚えている。
特に、オードリー・ヘプバーン演じるアン王女の気品と好奇心と悪戯心に満ちた可愛らしさは、
「これが、ハリウッドの映画女優というものなのか……」
ということを九歳のわたしに、鮮烈に印象づけた。
アン王女の美しさに釘付けになって画面に見入っているわたしに、母は、
「お母さんはね、この映画を観て、『いまのお仕事をしよう!』って決めたのよ」
と、微笑みながら、誇らしげに語った。
たしかに、母が言うように、この映画のヘプバーンは、映画女優という職業の魅力を観客に余すところなく伝えていると、わたしも感じる。
そして、王室のしがらみを振りほどくように王女が小粋なショートヘアを披露するシーン、ローマの街を巡りながら出会う花屋のプレゼントや美味しそうなジェラート、トレヴィの泉や真実の口、二人乗りのベスパでの疾走と船上パーティーでの大乱闘など、さまざまなエピソードは、今もわたしの胸の奥に深く刻まれている。
最初は、上司からのボーナス目当てに王女のお転婆ぶりをスクープしようと必死になっていた彼が、彼女の人柄や魅力に触れて、相手を愛おしむ自分の気持ちに戸惑いながら王女の願いを妨げようとする相手とたたかい、相棒のカメラマンには自身の想いを気付かれまいと誤魔化す健気な姿に、胸をしめつけられるような気持ちになった。
そして、ラストシーンのすべてを受け入れたような、本当にさわやかな彼の表情を観て、
(こんな素敵な男性は見たことがない…………!!)
と、胸を打たれ、彼のような男性を魅了したアン王女に、より心を惹かれる想いがした。
映画を観終わって、
「スゴく良い映画だったね、ママ!」
と、感想を口にするわたしに、
「でしょう? ヨツバに気に入ってもらって、良かった……」
と語る母の嬉しそうな表情が、とても印象的で記憶に残っている。
アン王女を演じたヘプバーンが、《銀幕の妖精》と呼ばれていることを知ったのは、この映画を観た少しあとのことだった。
そして、『ローマの休日』のアン王女と並んで、わたしのお気に入りキャラクターなのが、彼女の楽曲を自分自身の持ちネタ(?)にさせてもらっている『マクロスF』のシェリル・ノームだ。
学校の友だちも少なく、自宅に一人で居る時間の多い小学生だったわたしにとって、学校から家に帰ると、BS放送やCS放送で新旧のアニメ作品を観ることが楽しみのひとつだった。
クロと聖地巡礼に訪れた『涼宮ハルヒの憂鬱』も、もちろん好みの作品だったけれど、一番スキな作品は、なんと言っても『マクロスF』で、その中でも、キャラクター、楽曲ともに、わたしを夢中にさせたのが、作中で《銀河の妖精》と呼ばれる、シェリル・ノームだ。
アニメ本編の第一話から、時差ボケとフォールド(作中でのワープ技術)酔いで体調不良にも関わらず、多くの取材をこなすプロ根性を見せ、バックステージに一般市民がいることにクレームをつけたかと思うと、ステージ上では次々と衣装を変えながら『射手座☆午後九時 Don’t be late』を熱唱し、圧巻のライブパフォーマンスを披露するという、シェリル自身の魅力満載な、このアニメ風に言うところの《スペシャルサービスメドレー特盛り》(だっけ?)の演出に魅了された。
シェリル・ノームというキャラクターは、わたしのようなアニメの外側の視聴者だけでなく、作品の中の多くの登場人物も虜にしていて、「これが、銀河の歌姫だ!」という圧倒的なカリスマを誇っている。小学生の自分からすると、その姿は、ただただ、
(カッコイイ……)
と、憧れる存在だった。
最初は、シェリルの上から目線の発言に反発していた主人公アルトが、徐々に彼女に惹かれていくストーリー構成も、自分の好みに合っていた。
どうも、わたし自身は、こうしたキャラクターやストーリーを好むらしいことが、自分でもわかったような気がする。
さらに、アン王女を演じたヘプバーンと、『マクロスF』のシェリル・ノームは、ともに、《銀幕の妖精》《銀河の妖精》という異名で呼ばれていることに、あらためて気づいた。
そういうわけで、《トゥイッター》のアカウントには、『妖精』という言葉にちなんだ名前をつけてみよう――――――と考えた。
スマホで、色々な単語を検索したあと、最終的に『Silver_Fairy』とアカウント名を付けて、《トゥイッター》を始めてみた。
====================
@Silver_Fairy
あのアニメで、みくるちゃんが落っこちた場所(通称みくる池)に行ってみました!
#涼宮ハルヒの憂鬱
====================
どのような文面にすれば注目を集めるのか、この頃は、まったく理解できていなかったので、画像付きのシンプルなメッセージで投稿したことを覚えている。
ただ、最初に、つぶやきを発信した時のわたしの関心事は、いまと違って、どれだけ自分の投稿がバズるかということではなく、
「このツイートをみたら、クロは、どう思うかな……?」
ということだった。
クロと出会った日の翌日は、伯父夫婦が近隣にある日本有数のテーマパークに連れて行ってくれた。
ただ、春休み中ということもあり、アトラクションは、どれも長蛇の列が出来ていて、お目当てだった『ハリー・ポッター』の大型ライドを体験できたことと、オリジナルグッズを買ってもらったこと以外は、人混みで疲れてしまったことしか記憶にない(もちろん、休日に混雑するテーマパークに連れて行ってくれた二人には、大いに感謝すべきだけれど……)。
その翌日の日曜日は、たっぷりと伯父宅に居られる時間があったので、金曜日にクロと二人で探索した数々の《聖地》の写真をネット上に記録すべく、わたしは、SNSのアカウント作りに挑戦することにした。
《トゥイッター》の登録時は、アカウント名の作成に頭を悩ませた。
(なにか、自分らしいアカウント名で登録したいな……)
そう考えながら、自分の好みの映画やキャラクターについて、思いを馳せる。
最初に思い浮かんだのは、母に薦められて一緒に観た映画『ローマの休日』のことだった。
一年前の春休み、自宅で時間を持て余していたわたしに、仕事がオフの日で家に居た母が、
「ヨツバ、この映画を一緒に観てみない?」
と、一枚のブルーレイ・ディスクを差し出してきた。
パッケージがモノクロだったため、気は進まなかったが、親子で過ごす時間が貴重だったことと、熱心に薦められたこともあって、母の言葉にしたがってみた。
映画を観始めてしばらくして、モノクロの映像であるはずなのに、その美しさに目を奪われたことを覚えている。
特に、オードリー・ヘプバーン演じるアン王女の気品と好奇心と悪戯心に満ちた可愛らしさは、
「これが、ハリウッドの映画女優というものなのか……」
ということを九歳のわたしに、鮮烈に印象づけた。
アン王女の美しさに釘付けになって画面に見入っているわたしに、母は、
「お母さんはね、この映画を観て、『いまのお仕事をしよう!』って決めたのよ」
と、微笑みながら、誇らしげに語った。
たしかに、母が言うように、この映画のヘプバーンは、映画女優という職業の魅力を観客に余すところなく伝えていると、わたしも感じる。
そして、王室のしがらみを振りほどくように王女が小粋なショートヘアを披露するシーン、ローマの街を巡りながら出会う花屋のプレゼントや美味しそうなジェラート、トレヴィの泉や真実の口、二人乗りのベスパでの疾走と船上パーティーでの大乱闘など、さまざまなエピソードは、今もわたしの胸の奥に深く刻まれている。
最初は、上司からのボーナス目当てに王女のお転婆ぶりをスクープしようと必死になっていた彼が、彼女の人柄や魅力に触れて、相手を愛おしむ自分の気持ちに戸惑いながら王女の願いを妨げようとする相手とたたかい、相棒のカメラマンには自身の想いを気付かれまいと誤魔化す健気な姿に、胸をしめつけられるような気持ちになった。
そして、ラストシーンのすべてを受け入れたような、本当にさわやかな彼の表情を観て、
(こんな素敵な男性は見たことがない…………!!)
と、胸を打たれ、彼のような男性を魅了したアン王女に、より心を惹かれる想いがした。
映画を観終わって、
「スゴく良い映画だったね、ママ!」
と、感想を口にするわたしに、
「でしょう? ヨツバに気に入ってもらって、良かった……」
と語る母の嬉しそうな表情が、とても印象的で記憶に残っている。
アン王女を演じたヘプバーンが、《銀幕の妖精》と呼ばれていることを知ったのは、この映画を観た少しあとのことだった。
そして、『ローマの休日』のアン王女と並んで、わたしのお気に入りキャラクターなのが、彼女の楽曲を自分自身の持ちネタ(?)にさせてもらっている『マクロスF』のシェリル・ノームだ。
学校の友だちも少なく、自宅に一人で居る時間の多い小学生だったわたしにとって、学校から家に帰ると、BS放送やCS放送で新旧のアニメ作品を観ることが楽しみのひとつだった。
クロと聖地巡礼に訪れた『涼宮ハルヒの憂鬱』も、もちろん好みの作品だったけれど、一番スキな作品は、なんと言っても『マクロスF』で、その中でも、キャラクター、楽曲ともに、わたしを夢中にさせたのが、作中で《銀河の妖精》と呼ばれる、シェリル・ノームだ。
アニメ本編の第一話から、時差ボケとフォールド(作中でのワープ技術)酔いで体調不良にも関わらず、多くの取材をこなすプロ根性を見せ、バックステージに一般市民がいることにクレームをつけたかと思うと、ステージ上では次々と衣装を変えながら『射手座☆午後九時 Don’t be late』を熱唱し、圧巻のライブパフォーマンスを披露するという、シェリル自身の魅力満載な、このアニメ風に言うところの《スペシャルサービスメドレー特盛り》(だっけ?)の演出に魅了された。
シェリル・ノームというキャラクターは、わたしのようなアニメの外側の視聴者だけでなく、作品の中の多くの登場人物も虜にしていて、「これが、銀河の歌姫だ!」という圧倒的なカリスマを誇っている。小学生の自分からすると、その姿は、ただただ、
(カッコイイ……)
と、憧れる存在だった。
最初は、シェリルの上から目線の発言に反発していた主人公アルトが、徐々に彼女に惹かれていくストーリー構成も、自分の好みに合っていた。
どうも、わたし自身は、こうしたキャラクターやストーリーを好むらしいことが、自分でもわかったような気がする。
さらに、アン王女を演じたヘプバーンと、『マクロスF』のシェリル・ノームは、ともに、《銀幕の妖精》《銀河の妖精》という異名で呼ばれていることに、あらためて気づいた。
そういうわけで、《トゥイッター》のアカウントには、『妖精』という言葉にちなんだ名前をつけてみよう――――――と考えた。
スマホで、色々な単語を検索したあと、最終的に『Silver_Fairy』とアカウント名を付けて、《トゥイッター》を始めてみた。
====================
@Silver_Fairy
あのアニメで、みくるちゃんが落っこちた場所(通称みくる池)に行ってみました!
#涼宮ハルヒの憂鬱
====================
どのような文面にすれば注目を集めるのか、この頃は、まったく理解できていなかったので、画像付きのシンプルなメッセージで投稿したことを覚えている。
ただ、最初に、つぶやきを発信した時のわたしの関心事は、いまと違って、どれだけ自分の投稿がバズるかということではなく、
「このツイートをみたら、クロは、どう思うかな……?」
ということだった。
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