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第四部
第2章〜先ずその愛する所を奪わば、即ち聴かん〜①
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シロと一緒に、緑川武志を美容室に連れて行った翌日の放課後――――――。
オレは、四日連続となる緑川家の訪問の前に、相談室で担任のユリちゃんこと谷崎先生に、これまでの経過報告を行っていた。
「というわけで、紅野さんと白草さんのおかげで、緑川を外出させて、イメチェンすることに成功しました。緑川のお母さんも、『まあ、見違えるように格好良くなって……』と感激してましたよ」
「そうなの。黒田くん、色々とありがとう。それで、緑川くんは、学校に来れそうなの?」
「はい、諸々の準備を整えて、週明けの月曜日から登校できるように緑川本人と話し合っているところです。登校してからしばらくは、オレもサポートをさせてもらいますよ。今日も、これから、あいつの家に行ってみます」
「ありがとう。こっちでも、彼の復学に向けて、準備を進めておくわね」
よろしくお願いします――――――と、返事をしたあと、オレは相談室をあとにして、自分たち広報部の部室に向かう。次は、鳳花部長への報告だ。
部室のドアをノックすると、週明けの日と同じように、「はい、どうぞ」と、声がする。
扉を開けて入室すると、これまた先日と同じくオレの顔をチラリと確認した鳳花部長が、
「黒田くん、クラスメートのことで、なにか進展があったの?」
と、作業中のノートPCのディスプレイに視線を送ったまま、たずねてきた。
「はい、昨日、白草と彼の家に訪問して、なんとか、再登校できるメドが立った感じです。それで、部長にお願いがあるんですが……緑川が登校して来てから、しばらくの間、放課後にあいつをルート営業に連れて行って良いですか?」
ここで言うルート営業とは、オレが広報部の部員として定期的に行っている、他のクラブの広報活動に関する御用聞きのことで、鳳花部長とオレの間だけで通用するスラングだ。ここで、活動日程や告知に関する依頼などを聞き取ることで、各クラブとの交流を図りつつ、情報収集を行えるというメリットがある。
「別に構わないけれど……彼を同行させる理由を教えてくれる?」
「そうですね……緑川は、春休みから部屋に引きこもっていたみたいなので、色んな生徒と話すことで、コミュニケーションのリハビリになればな、と思って……あとは、単純に人手不足解消のためです」
「そう……後半の理由の改善については、今後、検討させてもらうとして……前半の理由であれば、緑川くん本人の同意があれば、私としては異存はないわ。ところで、彼はどこかのクラブに所属していたかしら?」
そう言いながら、部長は、ノートPCを操作する。ただ、彼女の検索操作が終わる前に、オレは答えを返した。
「はい、コンピュータークラブに所属しているらしいですよ」
PCのディスプレイを確認しながら、うなずいた上級生は、穏やかな笑みで返答する。
「えぇ、そのようね。コンピュータークラブの部長さんには、私の方からも連絡を許可をもらうべく、連絡をしておくわ」
「あざっす! よろしくお願いします!!」
オレが、いつもの調子で、お礼の言葉を述べると部長は、表情を変えることなく、問いかけてきた。
「ところで、緑川くんだったかしら? 彼が学校に来られなくなった理由は、思春期特有の対人関係が原因だったということ?」
突然の質問に、少し驚きながら、クラスメートのプライバシーを守るべく返答する。
「えぇ、個人の事情になるので詳細は話せませんが、そんな感じですね……」
そう答えると、鳳花部長は、いつものように澄ました表情で、「そう……」と、短くつぶやいたあと、オレに語りかけてきた。
「黒田くん……もしも、緑川くんのつまづきが、貴方の経験と共通するものだったとすれば……彼を上手く導いてあげて」
部長の意図がわからず、「は、はぁ……」と、あいまいに返事をすると、こちらの表情などをさして気にする様子もなく、彼女は言葉を続ける。
「たとえば、若い男性が異性関係で悩んだとき、大きく四つの道があると言われているの」
「四つの道、ですか?」
「えぇ、1つ目は、『欺瞞』。これは、恋愛工学やナンパマニュアルを用いて、見せかけの技術で異性にモテることを指すの。アメリカでは、ニール・ストラウスという人物が、その実態をまとめているわ」
恋愛工学――――――という言葉は、先月のシロの講義でも少し話題に上がった記憶がある。たしか、シロは、「自分が目指しているモノとは少し違う」というようなことを言っていたが……。オレが記憶を手繰り寄せようとすることに構わず、部長は語り続ける。
「2つ目は、『破壊』。自身の性的不満から、異性への攻撃的な言動を取り、場合によってはテロ行為を行うこと。海外では、そうした人物をインセルと呼ぶわね。一例をあげれば、エリオット・ロジャーという人物が起こした殺人事件が典型例かしら。もっとも、具体的な行動に移さなくても、インターネット上で、異性を攻撃する例は、全世界で見られる傾向だけれど……」
「それって、映画の『ジョーカー』とかの影響もあるんでしょうか?」
「あの映画は、むしろ現実の男性の不満をフィクションとして可視化したモノじゃないかと、私は考えているけどね」
「なるほど、そうですか……他には、どんな道があるんですか?」
「3つ目の道は、『撤退』。恋愛市場から離脱して、二次元のキャラクターなどへの疑似恋愛に走ることね。私は、それほど詳しくないのだけど……これは、おそらく、日本がもっとも先行している分野でしょうし、細かな説明は、黒田くんたちには不要よね?」
そう言って、上級生は、クスクスと笑う。
オレもつられて、「まあ、そうですね……」と、苦笑すると、鳳花部長は、柔らかな表情で語る。
「4つ目は、『自己改善』。異性にとって魅力ある人間になるため、自己研鑽に励むことね。この点については、色々と有益な情報を持っている人がいると思うから……私の方から細かな言及は避けておくわ。興味があれば、黒田くんなりに、いま言った四つの道の特徴について、調べてみて」
そう言った部長は、少しイタズラっぽい笑みを浮かべたあと、
「それと、頼まれていたもの。くれぐれも慎重に扱ってね」
と言って、ファイルをオレに手渡す。
そして、最後に、
「黒田くんなら、聞きなじみがあるかも知れないけれど、古代中国の孫氏の言葉に『先ずその愛する所を奪わば、即ち聴かん』というものがあるわ。まず、相手が大切にしているものを奪えば、こちらが主導権を握れる、という意味ね。知り得た情報は、悪用しない範囲で、なるべく有効に使いなさい」
と伝えて、オレへのアドバイスを終えた。
このとき、『四つの道』の例えは、たしかに、それなりに説得力のある話しだ――――――と、感じたのだが、オレが、鳳花部長の言葉の真意に気がつくのは、もう少し先のことだった。
オレは、四日連続となる緑川家の訪問の前に、相談室で担任のユリちゃんこと谷崎先生に、これまでの経過報告を行っていた。
「というわけで、紅野さんと白草さんのおかげで、緑川を外出させて、イメチェンすることに成功しました。緑川のお母さんも、『まあ、見違えるように格好良くなって……』と感激してましたよ」
「そうなの。黒田くん、色々とありがとう。それで、緑川くんは、学校に来れそうなの?」
「はい、諸々の準備を整えて、週明けの月曜日から登校できるように緑川本人と話し合っているところです。登校してからしばらくは、オレもサポートをさせてもらいますよ。今日も、これから、あいつの家に行ってみます」
「ありがとう。こっちでも、彼の復学に向けて、準備を進めておくわね」
よろしくお願いします――――――と、返事をしたあと、オレは相談室をあとにして、自分たち広報部の部室に向かう。次は、鳳花部長への報告だ。
部室のドアをノックすると、週明けの日と同じように、「はい、どうぞ」と、声がする。
扉を開けて入室すると、これまた先日と同じくオレの顔をチラリと確認した鳳花部長が、
「黒田くん、クラスメートのことで、なにか進展があったの?」
と、作業中のノートPCのディスプレイに視線を送ったまま、たずねてきた。
「はい、昨日、白草と彼の家に訪問して、なんとか、再登校できるメドが立った感じです。それで、部長にお願いがあるんですが……緑川が登校して来てから、しばらくの間、放課後にあいつをルート営業に連れて行って良いですか?」
ここで言うルート営業とは、オレが広報部の部員として定期的に行っている、他のクラブの広報活動に関する御用聞きのことで、鳳花部長とオレの間だけで通用するスラングだ。ここで、活動日程や告知に関する依頼などを聞き取ることで、各クラブとの交流を図りつつ、情報収集を行えるというメリットがある。
「別に構わないけれど……彼を同行させる理由を教えてくれる?」
「そうですね……緑川は、春休みから部屋に引きこもっていたみたいなので、色んな生徒と話すことで、コミュニケーションのリハビリになればな、と思って……あとは、単純に人手不足解消のためです」
「そう……後半の理由の改善については、今後、検討させてもらうとして……前半の理由であれば、緑川くん本人の同意があれば、私としては異存はないわ。ところで、彼はどこかのクラブに所属していたかしら?」
そう言いながら、部長は、ノートPCを操作する。ただ、彼女の検索操作が終わる前に、オレは答えを返した。
「はい、コンピュータークラブに所属しているらしいですよ」
PCのディスプレイを確認しながら、うなずいた上級生は、穏やかな笑みで返答する。
「えぇ、そのようね。コンピュータークラブの部長さんには、私の方からも連絡を許可をもらうべく、連絡をしておくわ」
「あざっす! よろしくお願いします!!」
オレが、いつもの調子で、お礼の言葉を述べると部長は、表情を変えることなく、問いかけてきた。
「ところで、緑川くんだったかしら? 彼が学校に来られなくなった理由は、思春期特有の対人関係が原因だったということ?」
突然の質問に、少し驚きながら、クラスメートのプライバシーを守るべく返答する。
「えぇ、個人の事情になるので詳細は話せませんが、そんな感じですね……」
そう答えると、鳳花部長は、いつものように澄ました表情で、「そう……」と、短くつぶやいたあと、オレに語りかけてきた。
「黒田くん……もしも、緑川くんのつまづきが、貴方の経験と共通するものだったとすれば……彼を上手く導いてあげて」
部長の意図がわからず、「は、はぁ……」と、あいまいに返事をすると、こちらの表情などをさして気にする様子もなく、彼女は言葉を続ける。
「たとえば、若い男性が異性関係で悩んだとき、大きく四つの道があると言われているの」
「四つの道、ですか?」
「えぇ、1つ目は、『欺瞞』。これは、恋愛工学やナンパマニュアルを用いて、見せかけの技術で異性にモテることを指すの。アメリカでは、ニール・ストラウスという人物が、その実態をまとめているわ」
恋愛工学――――――という言葉は、先月のシロの講義でも少し話題に上がった記憶がある。たしか、シロは、「自分が目指しているモノとは少し違う」というようなことを言っていたが……。オレが記憶を手繰り寄せようとすることに構わず、部長は語り続ける。
「2つ目は、『破壊』。自身の性的不満から、異性への攻撃的な言動を取り、場合によってはテロ行為を行うこと。海外では、そうした人物をインセルと呼ぶわね。一例をあげれば、エリオット・ロジャーという人物が起こした殺人事件が典型例かしら。もっとも、具体的な行動に移さなくても、インターネット上で、異性を攻撃する例は、全世界で見られる傾向だけれど……」
「それって、映画の『ジョーカー』とかの影響もあるんでしょうか?」
「あの映画は、むしろ現実の男性の不満をフィクションとして可視化したモノじゃないかと、私は考えているけどね」
「なるほど、そうですか……他には、どんな道があるんですか?」
「3つ目の道は、『撤退』。恋愛市場から離脱して、二次元のキャラクターなどへの疑似恋愛に走ることね。私は、それほど詳しくないのだけど……これは、おそらく、日本がもっとも先行している分野でしょうし、細かな説明は、黒田くんたちには不要よね?」
そう言って、上級生は、クスクスと笑う。
オレもつられて、「まあ、そうですね……」と、苦笑すると、鳳花部長は、柔らかな表情で語る。
「4つ目は、『自己改善』。異性にとって魅力ある人間になるため、自己研鑽に励むことね。この点については、色々と有益な情報を持っている人がいると思うから……私の方から細かな言及は避けておくわ。興味があれば、黒田くんなりに、いま言った四つの道の特徴について、調べてみて」
そう言った部長は、少しイタズラっぽい笑みを浮かべたあと、
「それと、頼まれていたもの。くれぐれも慎重に扱ってね」
と言って、ファイルをオレに手渡す。
そして、最後に、
「黒田くんなら、聞きなじみがあるかも知れないけれど、古代中国の孫氏の言葉に『先ずその愛する所を奪わば、即ち聴かん』というものがあるわ。まず、相手が大切にしているものを奪えば、こちらが主導権を握れる、という意味ね。知り得た情報は、悪用しない範囲で、なるべく有効に使いなさい」
と伝えて、オレへのアドバイスを終えた。
このとき、『四つの道』の例えは、たしかに、それなりに説得力のある話しだ――――――と、感じたのだが、オレが、鳳花部長の言葉の真意に気がつくのは、もう少し先のことだった。
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