僕のペナントライフ

遊馬友仁

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第2幕・Respect(リスペクト)の章〜④〜

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 甲子園球場の外観を象徴するの名を冠した一塁側のアイビーシートは、グラウンド全体が見渡せる上に、飲食が行える簡易テーブルや、ゆったりと腰掛けられる背もたれなども付いていて、じっくりと試合を観戦したいひとや、球場の雰囲気を楽しみたい観戦初心者にオススメの席だ。
 しかも、屋根があるため、雨の影響が気になるこの日のような天候のときは、レインコートを取り出さずに観戦できるメリットが、とても大きい。

 大銀傘だいぎんさんに覆われた席に着くと、ちょうど両チームのスターティング・メンバーが発表され、場内では選手名がコールされていた。
 タイガースの選手の名前が呼ばれるたびに、メガホンが打ち鳴らされ、トランペットでファンファーレが奏でられている。

 この日の我がチームのオーダーは、以下の通り。

 1番 中堅 近本
 2番 二塁 中野
 3番 左翼 ノイジー
 4番 一塁 大山
 5番 三塁 佐藤輝
 6番 右翼 島田
 7番 捕手 梅野
 8番 遊撃 木浪
 9番 投手 西純矢
 
 開幕からしばらくして不振に陥ったルーキーの森下翔太もりしたしょうたがスタメンを外れ、代わりに左打者の島田海吏しまだかいりが抜擢されたことと、恐怖の8番打者としてレギュラーを勝ち取った開幕戦と、ほぼ同じ。
 前年までと異なり、固定した守備位置と打順で安定した戦いぶりを見せている今シーズンを象徴するメンバーだ。

 メンバーの発表が進むのに耳をすませつつ、甲子園初体験という奈緒美さんの反応をうかがっていると、ライトスタンドから、スコアボード、レフトスタンド、三塁側アルプス席に視線を送ったあと、内野席を覆う銀傘を見上げて、

「スゴい……私、野球場に来るのは初めてなんですけど、スゴく大きくてキレイですね……」
 
と、つぶやくように感想を漏らした。
 観戦初心者のひとに、この球場をほめてもらえると、なぜか嬉しくなる。

 小学生の甲子園初観戦のとき、目を輝かせながら、夕方のスタジアムの光景を目にした感想を述べた僕に、

「そうやろ? 甲子園はやからな」

と、嬉しそうに言葉を返してきた祖父の表情を思い出した。
 僕も、祖父にならって、奈緒美さんの言葉に応じる。

「そう言ってもらえると、嬉しいです。この球場は、ですから……」

 すると、彼女は、あの時の僕と同じように、

「特別、なんですか?」

と、不思議そうな表情でつぶやく。

「えぇ! 阪神が勝てば、その意味がわかってもらえるんじゃないかと思いますよ」

 奈緒美さんの言葉に、僕は、なるべく表情を変えないように努力しながら、そう答えて試合の開始に備えることにした。

 ※

 タイガース・西純矢にしじゅんやとベイスターズ・平良拳太郎たいらけんたろうの両先発で始まった試合は、小雨が降りしきる中、初回からスコアが動き出す。
 1回表のベイスターズの攻撃を3番・宮崎のダブルプレーで乗り切った我がチームは、その裏の攻撃で先頭打者として打席に入った近本光司ちかもとこうじが口火を切った。

 ♪ 切り拓け 勝利への道
 ♪ 打て グラウンド駆けろ 燃えろ 近本

 リズムに乗せて、ライトスタンドやアルプス席からヒッティングマーチの歌詞が聞こえると、僕の左手側に座る奈緒美さんの表情が何かに反応するように、ピクリと動く。
 近本が6球目の直球をレフト前に弾き返し、2番・中野拓夢がベリーグッドマンの曲に合わせて打席に入ると、ほどなくして、彼のヒッティングマーチの演奏が始まった。

 ♪ 強い気持ちで 勝利を目指せ中野
 ♪ さあ夢を拓け 打て走れ中野

 すると、奈緒美さんが、シートの肘掛けに置いていた僕の左腕のそでを少し引っ張ってたずねてくる。

「中野くん、ちょっと良いですか?」

「ん? なんですか?」

「さっきの選手の曲も、いまの選手の曲も、このまえ、中野さんが、私の部屋で掃除をしてくれていた時に、口ずさんでいた曲じゃないですか?」

 彼女の問いかけに、
 
(あ~、聞かれていたのか……)

と、少々気恥ずかしい想いをしつつ、僕は正直に答えることにした。

「えぇ、そうです。ヒッティングマーチと言って、各選手ごとに曲と歌詞が決まってるんですよ」

 僕は、そう説明したあと、センターのスコアボードの右下を指差して解説を続ける。

「いまは、あそこに、歌詞が表示されるようになっているので、奈緒美さんも良かったら応援してください」

 そう言って、僕は、手に持って振るだけで音が鳴る応援グッズのパチパチハンドを彼女に手渡した。

「あ、ありがとうございます……」

 そう返答し、パチパチハンドを受け取った奈緒美さんは、控えめに応援グッズを振り始めた。
 
 彼女の声援も虚しく、中野は凡退したものの、続く3番・ノイジーがレフト前ヒットで出塁する。
 4番・大山はセンターフライに倒れ、5番打者の佐藤輝明さとうてるあきが、打席に向かった。

 ELIONEの曲で打席に入るサトテルに、期待の視線を送りながら、今度は、僕の方から奈緒美さんに語りかけた。

「このバッターは、去年まで打席に入る時の楽曲が、ももクロの『吼えろ』だったんです。僕が、『吼えろ』のコールを知っていたのも、この佐藤輝明のおかげなんです」

 僕が、そう語ると、彼女は、少し驚いたような表情で、たずねてくる。

「佐藤さんは、ももクロちゃんのファンなんですか?」

「はい! プロ野球界屈指のとして有名ですよ。ちなみに、れにちゃん推しらしいです」

 奈緒美さんの質問に答えると、彼女は、

「それじゃ、余計に応援しないとダメですね!」

と、気合いを入れたようだ。

 彼女の気迫に合わせて、僕も羽織っていた七分袖のジャケットを脱ぎ、カンフーバットを取り出して、インナーの背番号8のTシャツ姿になる。

 ♪ 突き進め さあ行(ゆ)こう 勝利に向かって
 ♪ 振り抜け 輝け 打て 輝明(てるあき)
 「かっとばせー てーるー」
 
 僕たち二人の気合いが、グラウンドに届いた……わけではないだろうが、ツーストライクと追い込まれた佐藤は、その後、ボールをよく見極め、フルカウントになるまで粘りを見せた。

 そして、七球目――――――。

 佐藤が、インコース低めに入ってきた変化球を振り抜くと、大きな放物線を描いた打球は、レインコート姿の大勢のファンが待つライトスタンドに飛び込んだ!
 先制のスリーランホームランに、球場全体から大歓声が湧く。

「スゴい盛り上がりぶりですね……」

 感心するように、つぶやく奈緒美さんの一言と、幸先の良い序盤の試合展開に、僕は満足しながら、笑顔でうなずく。

 しかし、このあと、さらに熱くなる展開が待ち受けているとは、このとき、予想もしていなかった――――――。
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