僕のペナントライフ

遊馬友仁

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第2幕・Respect(リスペクト)の章〜⑬〜

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 僕の予想したとおり……いや、それ以上に試合は緊迫した投手戦となった。
 5回終了までに、マリーンズはボテボテのゴロによる内野安打1本。我らがタイガースに至っては、出塁は四死球によるランナー3人だけという内容で、両チームに得点の香りは、ほとんど感じられなかった。

 野球ファンからすると、佐々木朗希ささきろうき才木浩人さいきひろとによる白熱した投げ合いは、この上なく興味深い内容だが、野球観戦2回目の奈緒美なおみさんにとって、前回と違い、得点シーンどころか、ほとんどランナーすら出ない試合展開は退屈ではないか、と心配していたのだけど――――――。

 彼女は、購入したお弁当などをスマホで撮影しながら、
 
「この、あごだしラーメンは、ごま油と出汁だしの香りが絶妙ですね」

「ええとこ捕り(鶏)弁当も、たこ飯も、ご飯が美味しい!」

と、熱心に食レポを行いつつ、

「あっ! かき氷が溶け始めてる! 早く食べなきゃ! 中野くんもどうぞ!」
 
そう言って、スプーンで僕の口に、アイスかき氷を運んでくれる。
 
 彼女が、どういう意識で、その行動を行っているかはまったくわからないけれど――――――。

 冷たいアイスかき氷が口の中にあるにも関わらず、僕の顔が火照ほてり気味なのは、初夏の陽射しのせいだけではないと思う(ただ、甘さタップリの彩り豊かなイチゴ ✕ マンゴーかき氷を提供してくれたコラボ主の大竹投手には、感謝の意を記しておきたい)。

 ラーメン → アイスかき氷 → 鶏めし → たこ飯 → おにぎり弁当

 というシーズン終盤戦でも実行されないような変則ローテーションで、購入したフード類をお腹に収めると、ちょうどグラウンドの整備も終わり、6回の攻防が始まろうとしていた。

 奈緒美さんが、席を離れている間に、僕も食べ終わったフード類の容器をゴミ箱に捨てに行き、急いで座席に戻る。
 才木浩人が、8番から始まったマリーンズの攻撃を危なげなく10球で片付け、6回裏となって中野拓夢なかのたくむが打席に入ったところで、奈緒美さんは、ドリンクを片手に戻ってきた。

 彼女は、爽やかな青色の飲み物を手にしている。
 ドリンクカップに貼られた選手の写真を見ながら

(ふ~ん、このドリンクは青柳さんのコラボメニューか……)

なんて確認していると、奈緒美さんが声をかけてくる。

「お待たせしました! いま、どうなってますか?」

「これから、阪神の攻撃が始まるところです。ご飯も食べ終わったし、そろそろ、得点シーンを見たいですね」

 そんな会話をしていると、この回、先頭の中野は四球を選び、この試合、初めてノーアウトの状態でランナーが出た。
 続くノイジーの打席の四球目に、中野は盗塁を成功させ、無死二塁のチャンス! スタンドが一気に盛り上がる。
 
 ノイジーは、三振に倒れたものの、次に控えるのは、4番の大山悠輔おおやまゆうすけ
 その初球、ピッチャー佐々木の冒頭で、ランナーは三塁へ!
 
 ヒットが打てなければ、脚力でチャンスを切り拓く――――――。
 今年のタイガースの攻撃を象徴するような展開だ。

 この試合、はじめてランナーが三塁まで進んだ状況で、頼りになる4番打者は、高めに浮いた5球目をあっさりとライト前に運んだ。

 待望の先制点に、スタンド全体が大いに沸く。
 相手打線に付け入る隙を与えない先発投手には、大きな援護点だ。

 7回裏には、降板した佐々木のあとの二番手投手から、梅野がリードを広げるソロ・ホームランを放ち、2点差に。

 完封を目指し、9回もマウンドに登った才木は、二死から連打を浴びて、一打同点となる二・三塁のピンチを迎えるも、最後の打者を三球三振に仕留めてゲームセット! 佐々木朗希との息詰まる投げ合いを見事に制した。

 レフトに陣取るマリーンズ応援団以外の場所から送られる「あと1球!」のコールが叶えられて試合終了となった瞬間、奈緒美さんとハイタッチを交わす。

「今日も勝ちましたね、中野くん!」

「はい! 最後は、ちょっと、ヒヤッとしたけど、勝ってくれて良かったです!」

 彼女の言葉に、僕は満面の笑みで応えた。

「今日は、この前の試合より、かなり早く終わりましたね?」

 続けて語る奈緒美さんの一言につられ、スコアボードの上の大時計に目を向けると、まだ、午後四時半にもなっていない。

「今日の試合は、予想どおり、あんまり得点の機会がなかったですからね」

 このまま、ヒーロー・インタビューと『六甲おろし』の合唱が終わるまでスタンドに残っても、おそらく、午後5時には球場を出ることになるだろう。
 明日は、お互いに仕事があるとは言え、帰宅するには、まだ早すぎる時間帯だ。

 この日、僕には、試合が始まる前から気になっていることがあった。

 ――――――それは、前回の試合後、駅での別れ際に彼女が言った
 
「今度は、試合のあとに、二人で二次会に行きませんか?」

という一言だ。
 僕の思い違いでなければ、あの時、奈緒美さんは、お猪口ちょこを傾けるような仕草を取っていたように思う。

 そこで、勇気を出して、彼女を誘ってみることにした。

「あの……まだ、時間も早いですし……良かったら、このあと、どこか行きませんか?」

 言葉に詰まらないように気をつけながら、たずねた一言に、奈緒美さんは即答する。

「はい、ぜひ!『今度は、二次会に行きませんか?』って言ったこと覚えていてくれたんですね!」
 
 彼女は笑顔で、そう応じたあと、

「中野くんに付き合ってもらいたい場所があるんです」

と付け加えた。 
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