僕のペナントライフ

遊馬友仁

文字の大きさ
45 / 78

第3幕・Empowerment(エンパワーメント)の章~⑨~

しおりを挟む
 7月25日(火)

 以前にも書いたと思うけど……僕が、横田慎太郎という選手の名前を最初に意識したのは、2016年シーズン開幕前のオープン戦の頃だった。
 和田監督が退任し、金本監督新体制となったチームを、僕は期待と不安が入り交じる半信半疑の想いで見ていた。

 子供の頃、最初に僕のヒーローになった金本知憲かねもとともあきが監督に就任し、『超変革』というスローガンを掲げて高齢化するチームの変革を目指したことには期待が持てた一方で、彼がコーチや監督しての指導歴がないまま、一軍監督に就任したことには不安を感じていた。

 それでも、『超変革』のスローガンのとおり、オープン戦で4割近い打率を残して存在をアピールしていた高卒三年目の外野手を開幕戦でスターティングメンバーに起用した金本監督の積極的な若手起用に、新生を目指すチームへの希望が膨らんでいたのは確かだ。

 1番打者として、そのシーズンのセ・リーグ新人王にも輝いた髙山俊たかやましゅんとともに、若手野手の期待の星であったその選手が、一軍の登録を抹消されたあとも、僕をはじめ、多くのタイガースファンから、その動向を気に掛けられていたのは、そんな背景があるからだと思う。

 そんな横田さんの人となりを僕たち一般のファンが知ることになったのは、彼の著作『奇跡のバックホーム』と、同著を元にしたテレビ番組、そして、阪神タイガースOB会の現会長である川藤幸三さんと始めたYou Tubeチャンネルの『川藤部屋』の動画を通じてではないだろうか?

 彼の現役引退までと闘病中のエピソードが綴られた『奇跡のバックホーム』では、まったく触れられていないため、どのような経緯でしようとしたのかはわからない(しかも、相方は、川藤さんである)が……。
 プロデューサーとして、番組制作に関わるその姿からは、彼の誠実で生真面目な性格が伝わってきて、現役時代に先輩の選手や指導者たちから可愛がられていた理由が良くわかる。

 そんな誰からも愛され、慕われた人が、この世を去った、という事実を僕は、どう受け止めて良いのかわからなかった。

 ――――――というのも、就職活動に挫折し、卒業まで残り数ヶ月という時期になっても卒業後の進路が決まっていなかった僕が、学生生活最後の気力を振り絞って、活動を再開させ、なんとか、いまのICTサポーターの職業に就くことが出来たのは、彼の書いた『奇跡のバックホーム』を読み、

「自分も、いま出来ることをがんばらないと……」

と、気持ちを奮い立たせることができたからだ。

 ヒサシやユタカ、ユタカの交際相手であるリノちゃん、そして、仲の良かった江草貴子えぐさたかこのように、就職勝ち組である学生時代の友人たちとは比べるべくもないけれど……。
 それでも、感染症のまん延を口実に、みんなが必死になっている時期でも就職活動に本腰を入れることができなかった自分が、曲りなりにも(と言うと、自分自身の職業を卑下するようで良くないが……)、社会人として活動できているのは、あの時、横田さんの『奇跡のバックホーム』と出会ったからだった。

 心が引きこもりかけていた僕に、立ち上がろうとするキッカケをくれたのは、周りの友人や家族など、自分を支え、応援してくれる人たちがいることを気づかせてくれた、この本のおかげだった。

 自分の身体に起こる不調に対する不安や、人生を賭けて打ち込んできた野球ができなくなる葛藤と向き合いながら病気と戦った姿、そして、ボールが二重に見えるというハンデを負いながら、引退試合で守備につき、ヒットで本塁を目指したランナーを捕殺してみせた「奇跡のバックホーム」のエピソードから勇気をもらったのは、当然のことながら、僕だけではないと思う。

 その当事者である横田さん本人が亡くなったという。

 いまの自分があるのは、あなたのおかげだ――――――。

 横田さんには、いつか、そのことを伝えたいと思っていたのだけど、僕のそんな想いは、叶わなくなってしまった。
 彼の訃報に接して以来、僕は、その出来事に、どう向き合えばいいのか答えを出せないでいた。
 
 一軍の試合を離れてからは、著作や動画を通じてしか、彼を知らない僕でもこれだけのショックを受けているのだから、ご家族や生前の彼と親しかった関係者が感じる衝撃は、大きいだろう。

 そんな、横田慎太郎・元選手の追悼試合が行われることになった。
 
 夏休みに入っても仕事のある学校での業務を終え、急いで帰宅した僕は、CS放送で試合前に行われた追悼セレモニーを食い入るように見つめる。
 横田さんが、現役時代の最後に登場曲として選んでいた、ゆずの『栄光の架橋』が流れると涙腺に熱いものがこみ上げてくるのに気づいた。

 試合は、現役時代の横田さんの姿を知る大山悠輔おおやまゆうすけが、逆転ホームランと追加点のタイムリーを放ち、プロとして、同期入団の岩貞祐太いわさだゆうた加治屋蓮かじやれん岩崎優いわざきすぐるの継投で逃げ切り勝ちを収め、カープと同率で首位の座を守った。

 そして、試合のスコアは、奇しくも横田さんが、奇跡のバックホームを投じた二軍ファームの試合と同じ4対2で阪神の勝利だった。
 
 【本日の試合結果】
 
 阪神 対 巨人 12回戦  阪神 4ー2 巨人

 横田慎太郎さんの追悼試合となった一戦は、阪神の逆転勝利。
 佐藤輝明さとうてるあきのタイムリーで先制したあと、ジャイアンツに逆転を許したものの、6回裏に大山悠輔おおやまゆうすけの2ランホームランで再逆転。
 7回以降は、プロ選手として、横田氏と同期入団の岩貞祐太いわさだゆうた加治屋蓮かじやれん岩崎優いわざきすぐるの継投で逃げ切り勝ち。
 この日、本拠地マツダスタジアムでスワローズに快勝したカープと同率首位の座を守った。

 ◎7月25日終了時点の阪神タイガースの成績

 勝敗:46勝34敗 3引き分け 貯金12
 順位:同率首位
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。 しかもジュリーの母親、エリカも現われ、ランの家は賑やかになった。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...