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第3章~第9話 スタンフォード監獄実験⑨~
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ネコ先輩が突然の実験中止宣言を行ったあと、すぐに被験者たちは合宿所から去って行った。
ただ、先輩は一旦解散となった実験参加グループに対して、
「協力してくれた諸君にも同じ想いがあるかも知れないが、今回の実験は、不完全燃焼に終わってしまった。今回の結果を踏まえて、内容をよりブラッシュアップした実験を行う予定なので、志の有る生徒には、引き続き協力をお願いしたい」
といった内容のことを伝えていた。
「どういうことですか? 結局、今回の実験は、失敗ということなんですか?」
合宿所から第二理科室に戻って、私がたずねると、先輩は、フッと笑みを浮かべて答える。
「いや、実験中にも話したように、一度目の実験はワタシの狙いどおりさ」
「じゃあ、どうして、二回目の実験を行うんですか? 私が知ってるスタンフォード大の実験と、合宿所で行われた生心研の実験は、まったく異なる結果になってしまいましたけど……」
「ふむ……なぜ、二回目の実験を行うかを答える前に、ひとつ聞かせてくれたまえ。キミは、なぜ、我が校での実験が、こんな結果になったのか、気にならないかい?」
「もちろん、それも気になります! スタンフォード大学の実験は、再現性が無いということなんでしょうか?」
「まあ、キミも知っているとおり、スタンフォード監獄実験は、禁断の内容とされて、一般的には再現禁止の実験とされているからね。だが、実際はそうじゃないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ、そうだ。キミは、英語版のウィキペディアで、この実験のことを確認していたね。その項目には、BBCの実験のことも書かれているだろう?」
ネコ先輩に指摘され、スマホで当該記事を確認すると、たしかに、そうした内容が記載されていることがわかった。
「ホントだ! 記事の中に、BBC prison study っていう独立した項目の記載がありますね。BBCって、イギリスの公共放送のことでしたよね?」
「あぁ、そのとおり。英国放送協会は、リアリティショーとして、この実験を再現しようと企画したそうだ。ちなみに、その記事には、どんなことが書かれている?」
「えーと、『心理学者のアレックス・ハスラムとスティーブ・ライヒャーは、ジンバルドーの専制と抵抗のテーマを調べるために2002年にBBCプリズンスタディを実施し、2006年にその結果を発表しました。これは、 BBCの協力を得て行われたSPE(スタンフォード監獄実験)の部分的な複製であり、BBCはザ・エクスペリメントと呼ばれるSPEに関するドキュメンタリーシリーズを放送しました。』とありますね。このBBCの実験と、今回の実験は、なにか関係あるんですか?」
「もちろん、大ありだとも! なんとなれば、さっきまで行っていた1回目の実験は、館内放送の内容から補充メンバーの投入まで、このBBC監獄実験プログラムの再現だからね」
「えっ、そうだったんですか!?」
私は、今日一番の驚きの声を上げる。
「あぁ。キミは、スタンフォード監獄実験のエピソードを聞いた時、疑問に思わなかったかい? そもそも、囚人と看守に別れて、お互いに制服を身に着けたくらいで、そんなに簡単に人の心が簡単に変わるものなのか? とね」
「まあ、言われてみれば、たしかに、そうですね。実際に、私たちの実験では、看守の人たちが、そこまで威圧的にならなかったって言うか……」
「キミが、いま読んでいる記事にも、そのことが記載されているだろうが……BBCの実験を監修した心理学者のハスラムとライヒャーは、スタンフォード監獄実験を行ったジンバルドーが導いた結論に疑問を抱いていたようだ」
「なるほど……この記事にも、『ハスラムとライヒャーの手法はジンバルドーの手法を直接再現したものではなかったものの、彼らの研究はジンバルドーの結論の一般性にさらなる疑問を投げかけている。具体的には、人々が無意識のうちに役割に陥るという考え方を疑問視している。』と書かれていますね」
「ああ、BBCの実験や、ワタシたちがさっきまで行っていた実験でもわかったように、制服や役割を与えられたくらいでは、人間の意識は簡単に変わったりはしない。もっとも、ワタシたちが用意した看守の制服やサングラスを装着しても、日本の高校生男女では威圧感が足りなかった、という可能性も有り得るがね」
ネコ先輩は、そう言って苦笑しながら、肩をすくめる。
「う~ん、たしかに、うちの高校の生徒がサングラスをして看守の制服を着ても、コスプレにしか見えなかったってのは、否定できないですねぇ」
先輩に同調して、私も表情を崩す。ただ、それでも、私には疑問が残った。
「でも、それじゃあ、どうして学校の寮などでは、暴力行為が収まらないんでしょうか? 超名門の野球部では、度重なる寮内での暴力行為が廃部の原因になったってことですし、現に今年の夏の大会でも話題になって……」
「そう! それこそが、ワタシが考える今回の実験の本当の課題さ。実は、スタンフォードの監獄実験は、倫理的な側面だけでなく、実験が始められた経緯そのものに大いに問題があるとされている。それでも、野球部の寮や刑務所など、監獄実験のように、世界中の多くの閉鎖的空間で同様の問題が発生していることもまた事実だ」
ネコ先輩の言葉に、私は思わず息を飲む。
「ジンバルドーは、こうした現象を『堕天使効果』と名付けた。人は、どのようにして倫理的悪の側面に陥るのか――――――? その謎をワタシたちの手で解き明かそうじゃないか!」
彼女は、そう言ってから、間を置いてニヤリと笑った。
「さあ、本当の実験の時間だよ!」
ただ、先輩は一旦解散となった実験参加グループに対して、
「協力してくれた諸君にも同じ想いがあるかも知れないが、今回の実験は、不完全燃焼に終わってしまった。今回の結果を踏まえて、内容をよりブラッシュアップした実験を行う予定なので、志の有る生徒には、引き続き協力をお願いしたい」
といった内容のことを伝えていた。
「どういうことですか? 結局、今回の実験は、失敗ということなんですか?」
合宿所から第二理科室に戻って、私がたずねると、先輩は、フッと笑みを浮かべて答える。
「いや、実験中にも話したように、一度目の実験はワタシの狙いどおりさ」
「じゃあ、どうして、二回目の実験を行うんですか? 私が知ってるスタンフォード大の実験と、合宿所で行われた生心研の実験は、まったく異なる結果になってしまいましたけど……」
「ふむ……なぜ、二回目の実験を行うかを答える前に、ひとつ聞かせてくれたまえ。キミは、なぜ、我が校での実験が、こんな結果になったのか、気にならないかい?」
「もちろん、それも気になります! スタンフォード大学の実験は、再現性が無いということなんでしょうか?」
「まあ、キミも知っているとおり、スタンフォード監獄実験は、禁断の内容とされて、一般的には再現禁止の実験とされているからね。だが、実際はそうじゃないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ、そうだ。キミは、英語版のウィキペディアで、この実験のことを確認していたね。その項目には、BBCの実験のことも書かれているだろう?」
ネコ先輩に指摘され、スマホで当該記事を確認すると、たしかに、そうした内容が記載されていることがわかった。
「ホントだ! 記事の中に、BBC prison study っていう独立した項目の記載がありますね。BBCって、イギリスの公共放送のことでしたよね?」
「あぁ、そのとおり。英国放送協会は、リアリティショーとして、この実験を再現しようと企画したそうだ。ちなみに、その記事には、どんなことが書かれている?」
「えーと、『心理学者のアレックス・ハスラムとスティーブ・ライヒャーは、ジンバルドーの専制と抵抗のテーマを調べるために2002年にBBCプリズンスタディを実施し、2006年にその結果を発表しました。これは、 BBCの協力を得て行われたSPE(スタンフォード監獄実験)の部分的な複製であり、BBCはザ・エクスペリメントと呼ばれるSPEに関するドキュメンタリーシリーズを放送しました。』とありますね。このBBCの実験と、今回の実験は、なにか関係あるんですか?」
「もちろん、大ありだとも! なんとなれば、さっきまで行っていた1回目の実験は、館内放送の内容から補充メンバーの投入まで、このBBC監獄実験プログラムの再現だからね」
「えっ、そうだったんですか!?」
私は、今日一番の驚きの声を上げる。
「あぁ。キミは、スタンフォード監獄実験のエピソードを聞いた時、疑問に思わなかったかい? そもそも、囚人と看守に別れて、お互いに制服を身に着けたくらいで、そんなに簡単に人の心が簡単に変わるものなのか? とね」
「まあ、言われてみれば、たしかに、そうですね。実際に、私たちの実験では、看守の人たちが、そこまで威圧的にならなかったって言うか……」
「キミが、いま読んでいる記事にも、そのことが記載されているだろうが……BBCの実験を監修した心理学者のハスラムとライヒャーは、スタンフォード監獄実験を行ったジンバルドーが導いた結論に疑問を抱いていたようだ」
「なるほど……この記事にも、『ハスラムとライヒャーの手法はジンバルドーの手法を直接再現したものではなかったものの、彼らの研究はジンバルドーの結論の一般性にさらなる疑問を投げかけている。具体的には、人々が無意識のうちに役割に陥るという考え方を疑問視している。』と書かれていますね」
「ああ、BBCの実験や、ワタシたちがさっきまで行っていた実験でもわかったように、制服や役割を与えられたくらいでは、人間の意識は簡単に変わったりはしない。もっとも、ワタシたちが用意した看守の制服やサングラスを装着しても、日本の高校生男女では威圧感が足りなかった、という可能性も有り得るがね」
ネコ先輩は、そう言って苦笑しながら、肩をすくめる。
「う~ん、たしかに、うちの高校の生徒がサングラスをして看守の制服を着ても、コスプレにしか見えなかったってのは、否定できないですねぇ」
先輩に同調して、私も表情を崩す。ただ、それでも、私には疑問が残った。
「でも、それじゃあ、どうして学校の寮などでは、暴力行為が収まらないんでしょうか? 超名門の野球部では、度重なる寮内での暴力行為が廃部の原因になったってことですし、現に今年の夏の大会でも話題になって……」
「そう! それこそが、ワタシが考える今回の実験の本当の課題さ。実は、スタンフォードの監獄実験は、倫理的な側面だけでなく、実験が始められた経緯そのものに大いに問題があるとされている。それでも、野球部の寮や刑務所など、監獄実験のように、世界中の多くの閉鎖的空間で同様の問題が発生していることもまた事実だ」
ネコ先輩の言葉に、私は思わず息を飲む。
「ジンバルドーは、こうした現象を『堕天使効果』と名付けた。人は、どのようにして倫理的悪の側面に陥るのか――――――? その謎をワタシたちの手で解き明かそうじゃないか!」
彼女は、そう言ってから、間を置いてニヤリと笑った。
「さあ、本当の実験の時間だよ!」
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