ローズフィアの物語 青銀の聖女

ひしん

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仮面の魔術師

仮面の魔術師(3)

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「よう、帰ったぜ」

 ウォルフの声に椅子に座っていた男がガタンと立ち上がった。

「ウォルフ!無事だったか」

 がしっと抱きつかれてウォルフはため息をついた。

「暑苦しいって、ディラン。男に言い寄られても嬉しくないっての。まったくこれでも王家の血を引くお坊ちゃまかね」

 口ではそう言ったものの、こういう男だから、ウォルフはディランに従うことをよしとしている。盗賊家業をやめてこんな危なっかしいことに首を突っ込んでいるのは、勿論今の王家のやり方が腹に据えかねたのが一番の理由だが、新王を名乗っているのがこのディランだったというのも大きな理由の一つだ。

「街が騒がしくなったようだったからな。もう帰ってこないのではないかと心配した」

「……ああ。俺は無事だけど、残り二人は帰ってこないぜ」

「……そうか……」

 ディランが苦虫を噛み潰したような顔をして、再び椅子へと腰掛ける。
 数秒目をきつく閉じ、それから振り切ったようにウォルフに視線を戻した。

「それで首尾は?」

「この通り」

 ウォルフは指輪をディランに放った。
 ディランは受け取った指輪をまじまじと見つめた。

「ああ。これに間違いない。……あの日……だまし討ちにされ、奪われた親父の指輪。シオン王家の血筋を証明する指輪だ」

「これでオイゲン候が求めてきた協力の為の条件は満たしましたね」

 ディランの隣に立っていた眼鏡の男が言う。

「……しっかし、おまえも無理ばっかり言うよな。サミュエル。たった三人で盗み出してこいとかさ。……二人、犠牲になったぜ」

「……気の毒なことをしたとは思ってますよ。ですが、頭数が多ければ成功するというものでもないでしょう。それに、犠牲がでるならできるだけ少ない方がいい」

「相変わらず冷血だよな。おまえは。言い分はもっともだけどさ」

 ウォルフは不満げに頬を膨らませた。
 サミュエルは平然としている。

「しかし、貴方が無事に戻ってきてくれてよかった。死ぬならともかく、ここを知っている貴方が万が一神軍に捕まったりしたら、大急ぎでここから逃げねばならないところでした」

 ウォルフは本格的に鼻白らんだ。

「おまえは俺らの心配より、そっちの心配かよ」

「ここを知られれば、今ここに来ているディランまで捕まることになりますからね。何しろ――異端審問官を前に口を割らずにいられる者などほとんどいない」

 捕らえられ、そして色々なことを漏らした仲間は何人もいた。そしてそのたびに、危うい綱渡りを繰り返すはめになった。
 だが、しゃべってしまった人間を責めることはできないだろう。異端審問で行われているその内容を考えれば。

「……正直俺もやばかったんだ。神軍の奴等に囲まれてさ。仮面の魔術師が来なきゃ、あの世行きだった」

「また現れたのか」

「ああ。神軍七人退けるのに唱えた呪文はたった一言。あとは呪文詠唱なしで術を行使した。どう考えてもその辺に転がってていい術者じゃねえよな」

「で、また殺しませんでしたか。仮面の魔術師は」

「確かに殺してはないけどさ。鼻の骨は折れてたぜ、たぶん。・・なんだよ。こんなに何度も助けてもらってるのにまだ疑ってんのか?」

「今までの経験から言って、慎重に行動して、慎重すぎると言うことはないですから」

「ハイハイ。疑り深いサミュエルちゃんのために、こんなもんももらってきたぜ」

 ウォルフは紙の束を差し出す。

「これは……」

 サミュエルは目を見開く。
 これが本物だとしたら、戦略的にその利用価値は計り知れない。

「そ。この都市に張り巡らされた地下水路の詳細な地図。すげーだろ?」

「……こんなものが現存していたと……?仮面の魔術師はいったいどこでこんなものを。いや、もしもこれが本物で現存したとするなら……」

「本物なのは間違いねーと思うけど。実際、俺は地下水路を使って街の東側から西側へと抜けたんだ」

「地下水路を通ったんですか!?」

「ああ」

「……そうですか。ほかに何か仮面の魔術師に関する新しい情報はありませんか?」

「いや。あいつ無口だもんなあ。話しかけても返事は一言で切り返されるし。ああ、そうだ。昨日あいつが食った晩飯のおかずなら知ってるぜ」

「……晩飯?ウォルフ、おまえ仮面の魔術師といったい何の話をしているんだ」

 ディランがあきれたように言う。

「いや、成り行きでなんとなく。だって共通の話題ねーんだもん。どんな奴なのか全く知らないしさ」

「正体不明の仮面の魔術師か。……これで助けてもらったのは何回目になる?」

「俺が助けてもらっただけでも三回。新王軍全体ではこれで十一回ほど助けてもらったことになるぜ」

「……そうか。やはり、本拠地に戻る前にここで一度会っておきたいな。仮面の魔術師とは」

「私はお奨めしませんよ、ディラン。貴方の身にもしものことがあったらどうします」

「仮面の魔術師自体が敵の罠だって言いたいのかよ?」

「……まあ、その可能性は低いでしょうね。罠だとしたら、あまりにも重要な局面で我々に手を貸しすぎています」

「なら、いいじゃん。ディランが会っても」

「駄目ですよ。下手につなぎを持って、その上で仮面の魔術師が捕まるようなことになったらどうします。こちらまで危うくなる。・・そうでなくても……どうも仮面の魔術師はだいぶ危険な綱渡りをしているように見えますし……」

 意味深げにサミュエルが言葉を濁す。

「……やはり、おまえもそう考えているのか。サミュエル」

「……ええ」

「どういうことだよ?」

「……向こう側の人間だということです」

「向こう側?」

「仮面の魔術師はおそらく……大教会か、国王軍魔導部隊。そのどちらかに所属し、それなりの地位を持つ人間」

「!」

 ウォルフは目を見開いた。

「マジかよ?」

「出現のタイミングが少しよすぎるんです。事前に動くことを知っていた可能性がある。つまりそれだけの情報を得られる立場にいるということです。国王軍魔導部隊の動きも神軍の動きも知りえる立場となるとかなり限られます」

「疑われないようにもっとゆっくり動ければいいんだろうが、それでは俺たちを助けるのに間に合わない。だから俺たちを助ける為には、仮面の魔術師は知った情報を使わざるを得ない。それが自分の身分を特定する危険を犯すものであったとしても」

「こちらがそう考えるぐらいです。向こうはとっくに内部の可能性を疑っているでしょう。どれほどうまく立ち回ったとしても、捕まるのは時間の問題」

「お、おい!」

「わかっている。だからこそ、俺はその前にあたりをつけたいんだ。我々新王軍にとって仮面の魔術師は貴重な戦力となるだろうし――それに何より、何度も助けてもらっている。このまま黙って捕まるまで放っておくわけにはいくまい」
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