ローズフィアの物語 青銀の聖女

ひしん

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仮面の魔術師

仮面の魔術師(4)

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 カツン、カツンと暗い水路に足音が響く。一人暗闇を歩いてきた仮面の魔術師は、目的の出口へと続く階段の前で立ち止まった。この階段は大教会の地階へと続いている。
 靴紐をほどき、ブーツを脱ぐ。白いほっそりとした足が石畳の上に立った。ヒールのあるブーツを脱ぐとだいぶ身長が低くなった。ついで仮面の魔術師はローブを脱ぎ、仮面をはずした。月光を思わせる艶やかな青みがかった銀の髪。髪と同じ青銀の大きな瞳。すっととおった鼻筋に、肌の白さを際立たせるふっくらとした赤い唇。
 露になったのは、絶世の美貌を持つ、まだうら若い乙女の顔だった。

「……ウォルフ、ですか。面白い人」

 先程のやり取りを思い出して、女はくすりと微笑む。
 その声はもう先程までの押し殺して作った低い声ではなく、外見そのままの柔らかな女の声だった。
 女は階段の側に置かれていた袋から、白いローブを取り出し袖を通した。ついで、繊細な細工が施された大きな金の十字架を胸にかける。
 金の十字架の四方に埋め込まれているのは大粒の真珠だ。金の十字架は大教会の幹部のみに許されたもの。そして白魔術の象徴たる真珠が四隅に埋め込まれたこの十字架を持つことができるのは、この大教会でもただ一人だけだ。
 全ての白魔術師を統べる大教会の白の神官長、シャーレン・フォン・エル・ディエンタール。教皇に次ぐ地位を持つ五人の一人であるシャーレンこそが、王家と大教会を裏切り、新王軍に手を貸している仮面の魔術師の正体だった。

 シャーレンは瞳を伏せ、十字架を握り締めた。

「……また人を傷つけてきました。主よ。どうか……」

 お許しを、と続けようとしてシャーレンは言葉を途切れさせた。
 果たしてこの自分に許される資格などあるだろうか。
 神に帰属すべき大教会に身を置きながら、殺しという大罪を犯し、同じ大教会の同胞を殺めたことさえあるこの自分に。

 ……けれど、今の大教会は……。

 異端審問の下、神の名で行われる拷問。
 そして刑死した異端者の富の接収。
 質素を旨とするはずの大教会で、連日のように行われている豪華な宴。
 絶対的な力を持ち、圧政を行い、重税を課す今の王家。その力を下支えているのも、他ならぬ大教会だ。
 何の罪もない者が死んでいく。間違いを正そうと進言をしたために、異端者として火にかけられて死んでいった者もいた。
 シャーレンが止めようと何を言っても、教皇をはじめ、他の幹部は耳をかそうとはしない。彼らもまた、そうして富を得ているのだ。白の神官長の地位についていても、結局ただ見ていることしか出来なかった。
 シャーレンはきつく目を閉じ、そして静かに顔を上げた。
 拳を握りしめ、暗い天井を振り仰ぐ。

 先にあるのが血塗れの道とわかっていて、それでも進むと決めたのは自分だ。大切な多くの者を裏切り、傷つけることになると知っていて。そしていずれは愛する家族とも、敵として対峙しなければならなくなることをわかった上で。
 それでも――

「神よ。……それでも、私はもう今の大教会のやり方には耐えられないのです。……たとえ貴方の教えに背くとしても……」

 苦しげに呟いて、シャーレンは白の神官長へと戻る為に、大教会へと続く階段を上っていった。
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