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黒髪の異端審問官
黒髪の異端審問官(1)
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薄暗い路地だ。
銀色の髪の小さな女の子が、そこを機嫌よく歌を口ずさみながら進んでいる。
――行ってはいけない。
そうわかっているのに、子供……幼いシャーレンの足はいつもその角をためらいなく軽い足取りで曲がっていく。
黒い布をかぶった何かがそこにいる。
まだ幼いシャーレンは気づいていない。
目を輝かせて駆けていく。
ふわふわと子供の白いドレスの裾が揺れた。
ふと道端にある何かに気づいて子供は立ち止まる。
――ああ、近づいてはいけない。見てはいけない。
黒い布は動いた。
子供は側まで行き、しゃがみこんだ。
黒い布から覗く小さな手のようなもの。
――駄目だ。近づいてはいけない。
布がずれ落ちる。
そして……シャーレンは自分の上げた悲鳴で目を覚ました。
シャーレンはベッドの上で身を起こし、乱れた銀髪をかきあげた。
華美ではないが、上質な白い調度品でまとめられた部屋。
ビロードのカーテンの隙間からは朝の光が射し込み、外から早起きな鳥の囀りが聞こえている。
ここは大教会の中。白の神官長の居室だ。
そう、あれはただの夢だ。
それを確認してシャーレンは、ほう、とため息を漏らした。
酷い夢だった。幼い頃、繰り返し見た夢。成長するにつれ見なくなっていたが、このところまた同じ夢を見るようになっていた。精神的に不安定なのが影響しているのだろう。この夢に限らず、眠れば悪夢ばかりを見る日々が続いている。
「弱いものですね。私は……」
呟いた時だった。
元気のいい声と共に、いきなり何の前触れもなく部屋の扉が開け放たれた。
「シャーレン様ぁ。おはようございます!!」
扉を開け放ったのはシャーレン付きの神官、クルドだ。
クルドは今年やっと下位神官になったばかりで、年は十七。
シャーレンよりも三つ下だ。
一緒にいて楽しいし、下に兄弟のいないシャーレンには元気な弟が出来たようで嬉しいのだが、そそっかしいのが欠点だ。
クルドはベッドの上で夜着を纏っただけのシャーレンの姿を見て真っ赤になり、次いで真っ青になった。慌ててシャーレンに背を向ける。
「あ、あれ?まだお着替えがお済みじゃありませんでしたか?シャーレン様は安息日でも早起きでいらっしゃるので、てっきり……」
シャーレンはため息をついた。
「……クルド。この前も言いましたが……せめて扉を開ける前に一声かけるか、ノックをしてくれませんか?」
「も、申し訳ありませんっ!ごめんなさいっ!シャーレン様っ!!嫌いにならないで下さいっ!」
凄い勢いで謝られて、シャーレンは瞳を瞬かせた。それからくすりと笑う。
「いくらなんでも、こんなことで嫌いになったりしません」
「本当ですか!?よかったぁ……。あ、それじゃ、失礼します」
律儀に後ろを向いたまま受け答えをして、そのままクルドはスタスタと立ち去ろうとする。
今度はシャーレンが慌てて、クルドを呼び止めた。
「……待って、クルド。何か用があって来たのではありませんでしたか?」
「あ!そうでした」
言って振り返り、再び真っ赤になって、クルドはまた慌てて背を向けた。
「え……えーと、実はシャーレン様にロゼス様をご紹介するようにとおおせつかったんでした。もう、すぐそこでお待ちいただいているんです」
「ロゼス?」
「新しく異端審問官になられた方です」
そういえば平民出身なのに、異端審問官に異例の大抜擢をされたと噂の男がそんな名だったはずだ。
「……わかりました。すぐに着替えます。すみませんが少し待っていてもらえますか?」
銀色の髪の小さな女の子が、そこを機嫌よく歌を口ずさみながら進んでいる。
――行ってはいけない。
そうわかっているのに、子供……幼いシャーレンの足はいつもその角をためらいなく軽い足取りで曲がっていく。
黒い布をかぶった何かがそこにいる。
まだ幼いシャーレンは気づいていない。
目を輝かせて駆けていく。
ふわふわと子供の白いドレスの裾が揺れた。
ふと道端にある何かに気づいて子供は立ち止まる。
――ああ、近づいてはいけない。見てはいけない。
黒い布は動いた。
子供は側まで行き、しゃがみこんだ。
黒い布から覗く小さな手のようなもの。
――駄目だ。近づいてはいけない。
布がずれ落ちる。
そして……シャーレンは自分の上げた悲鳴で目を覚ました。
シャーレンはベッドの上で身を起こし、乱れた銀髪をかきあげた。
華美ではないが、上質な白い調度品でまとめられた部屋。
ビロードのカーテンの隙間からは朝の光が射し込み、外から早起きな鳥の囀りが聞こえている。
ここは大教会の中。白の神官長の居室だ。
そう、あれはただの夢だ。
それを確認してシャーレンは、ほう、とため息を漏らした。
酷い夢だった。幼い頃、繰り返し見た夢。成長するにつれ見なくなっていたが、このところまた同じ夢を見るようになっていた。精神的に不安定なのが影響しているのだろう。この夢に限らず、眠れば悪夢ばかりを見る日々が続いている。
「弱いものですね。私は……」
呟いた時だった。
元気のいい声と共に、いきなり何の前触れもなく部屋の扉が開け放たれた。
「シャーレン様ぁ。おはようございます!!」
扉を開け放ったのはシャーレン付きの神官、クルドだ。
クルドは今年やっと下位神官になったばかりで、年は十七。
シャーレンよりも三つ下だ。
一緒にいて楽しいし、下に兄弟のいないシャーレンには元気な弟が出来たようで嬉しいのだが、そそっかしいのが欠点だ。
クルドはベッドの上で夜着を纏っただけのシャーレンの姿を見て真っ赤になり、次いで真っ青になった。慌ててシャーレンに背を向ける。
「あ、あれ?まだお着替えがお済みじゃありませんでしたか?シャーレン様は安息日でも早起きでいらっしゃるので、てっきり……」
シャーレンはため息をついた。
「……クルド。この前も言いましたが……せめて扉を開ける前に一声かけるか、ノックをしてくれませんか?」
「も、申し訳ありませんっ!ごめんなさいっ!シャーレン様っ!!嫌いにならないで下さいっ!」
凄い勢いで謝られて、シャーレンは瞳を瞬かせた。それからくすりと笑う。
「いくらなんでも、こんなことで嫌いになったりしません」
「本当ですか!?よかったぁ……。あ、それじゃ、失礼します」
律儀に後ろを向いたまま受け答えをして、そのままクルドはスタスタと立ち去ろうとする。
今度はシャーレンが慌てて、クルドを呼び止めた。
「……待って、クルド。何か用があって来たのではありませんでしたか?」
「あ!そうでした」
言って振り返り、再び真っ赤になって、クルドはまた慌てて背を向けた。
「え……えーと、実はシャーレン様にロゼス様をご紹介するようにとおおせつかったんでした。もう、すぐそこでお待ちいただいているんです」
「ロゼス?」
「新しく異端審問官になられた方です」
そういえば平民出身なのに、異端審問官に異例の大抜擢をされたと噂の男がそんな名だったはずだ。
「……わかりました。すぐに着替えます。すみませんが少し待っていてもらえますか?」
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