ローズフィアの物語 青銀の聖女

ひしん

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黒髪の異端審問官

黒髪の異端審問官(4)

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「意外に力があるのですね」
 シャーレンは感嘆した。

 整った細身の容貌にどちらかといえば繊細な印象を受けるが、その印象とは裏腹にロゼスは重い荷物も次々と難なく運んでいく。
 神軍所属で武術も極めている者以外は、大教会の構成員は魔術師も含め文官が大半を占める。シャーレンほどではないにしろ、この白の宮にはあまり力仕事にむいている者はいない。

「ああ、力仕事をする機会も多かったもので。それにここの荷物にはあまり重いものはありませんから」

「……私はその一番小さな箱でも持ち上がりませんでしたが」

 男はくすりと笑う。

「シャーレン様の仕事ではないでしょう。このようなこと。次からは誰か下の者をお連れになってはいかがです?」

「私の勝手の為に他の者の手を煩わせたくはありません。皆、私よりも忙しいのですし」

「無理はケガの元になりますよ」

「……かまいません。ケガの治し手には困らないところですから、この白の宮は。ここの白魔術師の右に出る者といえば――毎日研鑽をつんでいる貴方たち異端審問官ぐらいです」

 シャーレンの言葉にロゼスは笑みを深くした。

「本当に……随分と毛嫌いされているようですね。我々異端審問官を」

「……」

 シャーレンは目を伏せた。
 異端審問官になったばかりの彼に、こんな責めるようなことを言っても仕方ないのだろうけれど。

 異端審問がどういうものなのか、それを知った時の衝撃はあまりにも大きかった。
 今でもあの悲鳴と、血の匂いと、ただ人間を苦しめるために作り出された数々の道具と、血の染みで汚れた薄暗い地下牢がまとわりついてはなれない。何度夢に見たかわからないほどだ。そして審問にかけられている気の毒な人間が罪人だとは、シャーレンにはどうしても思えなかった。
 何より赦しがたいのは、そうやって審問にかけ火刑となった人間の財産をトランを筆頭とした大教会の人間が自分のものにしているという事実だ。
 だから。そのために。
 このところ異端審問にかけられる人間は裕福な者が多いのだ。
 こんなことが神の名において行われるなど、赦されていいはずがない。
 ……それなのに、シャーレンの生家であるディエンタール公爵家は、その異端審問に……。

 シャーレンはきつく拳を握った。

「……手伝ってくれたのには感謝しています。助かりました。私一人ではいつ終わったかわかりません。ありがとう」

「こちらこそ助かりました。流石に連日薄暗い地下牢で血と悲鳴を目の当たりにし続けるのは、僕も少し気が滅入っていたところでしたので」

「……ロゼス。貴方は何故異端審問官に?」

「何故とおっしゃられましても……指名されたからとしか。以前より手伝いはしてまいりましたし、平民出身の僕は選べる立場にはありませんでしたから」

「……そう。……そうでしたね。愚かな事を聞きました。ごめんなさい」

 謝罪するシャーレンにロゼスは切れ長の目を伏せた。気づかれぬようひっそりと口角を上げる。

「――いいえ?シャーレン様」


***


 質素を旨とせよ。そう命じた神に仕える者の部屋にしては、やけに黄金色の装飾品が多い豪華な居室。その華美な部屋で、ロゼスは部屋の主である異端審問長トランに、シャーレンからの了承の返事を伝えていた。

「そうか。了承したか!……よくあの女をうなづかせたな。何度言っても貸せる人員はないの一点張りだったというのに。いったいどうやったのだ?ロゼス」

「こちらの事情を詳しく説明しただけでございます。大変困っているとお話したところ、シャーレン様も快く引き受けてくださいました」

「……はは!あの女がな。……猊下の推薦とはいえ、最初は平民出の優男など使い道がないと思っておったが……おまえは見所があるぞ、ロゼス。あの頑固な白の神官長をうなづかせるとは。何を言ったのかは知らんがよくやった」

「もったいないお言葉です。トラン様」

「おまえが猊下に異端審問官の任を願い出たことは儂にとっても幸運だったかもしれぬな。しかし、せっかく色々と自由に選べる機会を与えられたというのに何故異端審問官を希望したのだ?」

 ロゼスは薄っすらと笑んだ。

「――僕の天職かと」

 ロゼスの返答にトランは声をたてて笑った。

「確かにな。おまえの担当する異端者は皆とても素直だと聞く。これからも期待しておるぞ。ロゼス」

「ありがとうございます」

 ロゼスは美貌の顔に上品な笑みを浮かべ、静かに頭を下げた。

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