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二人の王子
二人の王子(2)
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はるかに高い天井。天井には天使と神の子アリエス、そしてその弟子達の姿が繊細な手で描かれている。きらきらと光を反射するシャンデリア。大きな窓の窓枠には優美なレリーフが彫刻されている。――全てに至高のものを。その信念の下に、使われている釘の一本一本にまで装飾の施された、あまりにも豪華絢爛な宮殿。この宮殿はシオン王家が多大な年月と見当もつかないほどの膨大な額をかけて作り上げた、シオン随一の芸術品でもある。
確かに美しい建物だとは思う。
けれど、何度来てもここは落ち着かない。
繰返される様々な駆け引き。この部屋に来るまでの廊下でさえ、歩けば噂話にさざめきあう人の声。遠巻きにちらちらとシャーレンを盗み見る視線。辺りに満ちている様々な香水の混ざり合った匂いと、息をするのも辛いほどきつく締め上げられたコルセットに眩暈がする。
「……殿下はまだでしょうか?」
無理やり押し付けられたドレスに着替えたというのに、ハロルドはいっこうに姿を現さない。シャーレンは側に控えているハロルドの従者に尋ねてみた。
「国王陛下につかまっていらっしゃるようでございます。今少しお待ちくださいませ」
返された青い髪の騎士の言葉に、シャーレンはそっとため息を漏らした。
この無理やり着替えさせられたドレスを早く脱いでしまいたい。
流行りのドレスだと言うが、宮中に住まう貴族の女性はこんなものを毎日着て生活しているのだろうか?着替えを手伝ってくれた女官はコルセットのリボンをぎゅうぎゅうと引っ張り、「まだまだ締められますわ」と言っていたが、これでも充分……だいぶすごく息苦しい。具合が悪くなりそうだ。
シャーレンは窓を見た。開け放たれた大きな窓から入る風がカーテンを膨らませている。
窓の外にはバルコニーが広がっている。
「……少し、外の風にあたってきてもいいですか?」
「それはもちろん構いませんが、お気をつけて」
「?」
いったい何に気をつけろというのだろうか。バルコニーはすぐそこだ。
騎士の返答を疑問に思いながらも、歩き出して――そしてシャーレンはけつまずいた。慌てて、騎士がシャーレンの腕を掴み、床に激突するのを助けてくれる。
気をつけろと言われた側から転びかけて、シャーレンは頬を赤らめた。
そうだ。すっかり忘れていたけれど……今はハイヒールを履いていたのだった。こういう歩きにくい靴をはくのは本当に久しぶりだ。踵の高い靴などここ何年もはいていない。あえてあげるなら、仮面の魔術師の時に身長をごまかす為に使っている上げ底のブーツぐらいだ。でも、あれはとても歩きやすいし。
それにこの息苦しいドレスもすごく動きにくい。こういう着飾る為のドレスを着たのだって、大教会に入る前が最後だ。
「……そ、その、こういう靴は本当に久しぶりなのです」
シャーレンが弁解すると、騎士は必死で笑いをかみ殺しているようだった。
「それは……そうでございましょう。も、もし、よろしければお手をお貸ししますが」
騎士の声は笑いを抑えきれず微妙に震えている。
シャーレンは赤い頬のまま、「大丈夫です」と返事をして今度は慎重にバルコニーに向かった。
眼前には壮大な庭園が広がっている。門から王宮までの三キロにわたって広がる左右対称の庭は、前王の治世より五十年の歳月をかけて作られたものだ。
やや冷たい、新鮮な風が気持ちいい。すこし気分がよくなって、シャーレンはほうと息をついた。
このハロルドの居室は王宮でも最上階に設けられた部屋のひとつだ。
バルコニーからは王宮の庭を一望できる。手入れの行き届いた庭園は、はるか遠くまで続いている。
視線をもっと手前にやると、キラキラと光を反射する巨大な鳥かごのような建物が目につく。ガラス張りのドーム。貴重な植物ばかりを集めて作られた、王族しか立ち入りを許されていない温室だ。
――懐かしい、思い出の場所。
あれは兄がディエンタール家の跡取りとして引き取られ、その挨拶をしに王宮に来た日のことだった。
シャーレンはまだ八歳だった。あの日、ディランはたまたま王宮に来ていて。そこでシャーレンは初めてディランと出会ったのだ。ハロルドとは別の――もう一人の第一王子に。
目を閉じれば、昨日のことのような鮮やかさをもって、あの日の光景が思い起こされる。
何度も何度も、繰り返し思い返したあの日の出会いを、シャーレンはもう一度瞼の裏に思い描いた。
確かに美しい建物だとは思う。
けれど、何度来てもここは落ち着かない。
繰返される様々な駆け引き。この部屋に来るまでの廊下でさえ、歩けば噂話にさざめきあう人の声。遠巻きにちらちらとシャーレンを盗み見る視線。辺りに満ちている様々な香水の混ざり合った匂いと、息をするのも辛いほどきつく締め上げられたコルセットに眩暈がする。
「……殿下はまだでしょうか?」
無理やり押し付けられたドレスに着替えたというのに、ハロルドはいっこうに姿を現さない。シャーレンは側に控えているハロルドの従者に尋ねてみた。
「国王陛下につかまっていらっしゃるようでございます。今少しお待ちくださいませ」
返された青い髪の騎士の言葉に、シャーレンはそっとため息を漏らした。
この無理やり着替えさせられたドレスを早く脱いでしまいたい。
流行りのドレスだと言うが、宮中に住まう貴族の女性はこんなものを毎日着て生活しているのだろうか?着替えを手伝ってくれた女官はコルセットのリボンをぎゅうぎゅうと引っ張り、「まだまだ締められますわ」と言っていたが、これでも充分……だいぶすごく息苦しい。具合が悪くなりそうだ。
シャーレンは窓を見た。開け放たれた大きな窓から入る風がカーテンを膨らませている。
窓の外にはバルコニーが広がっている。
「……少し、外の風にあたってきてもいいですか?」
「それはもちろん構いませんが、お気をつけて」
「?」
いったい何に気をつけろというのだろうか。バルコニーはすぐそこだ。
騎士の返答を疑問に思いながらも、歩き出して――そしてシャーレンはけつまずいた。慌てて、騎士がシャーレンの腕を掴み、床に激突するのを助けてくれる。
気をつけろと言われた側から転びかけて、シャーレンは頬を赤らめた。
そうだ。すっかり忘れていたけれど……今はハイヒールを履いていたのだった。こういう歩きにくい靴をはくのは本当に久しぶりだ。踵の高い靴などここ何年もはいていない。あえてあげるなら、仮面の魔術師の時に身長をごまかす為に使っている上げ底のブーツぐらいだ。でも、あれはとても歩きやすいし。
それにこの息苦しいドレスもすごく動きにくい。こういう着飾る為のドレスを着たのだって、大教会に入る前が最後だ。
「……そ、その、こういう靴は本当に久しぶりなのです」
シャーレンが弁解すると、騎士は必死で笑いをかみ殺しているようだった。
「それは……そうでございましょう。も、もし、よろしければお手をお貸ししますが」
騎士の声は笑いを抑えきれず微妙に震えている。
シャーレンは赤い頬のまま、「大丈夫です」と返事をして今度は慎重にバルコニーに向かった。
眼前には壮大な庭園が広がっている。門から王宮までの三キロにわたって広がる左右対称の庭は、前王の治世より五十年の歳月をかけて作られたものだ。
やや冷たい、新鮮な風が気持ちいい。すこし気分がよくなって、シャーレンはほうと息をついた。
このハロルドの居室は王宮でも最上階に設けられた部屋のひとつだ。
バルコニーからは王宮の庭を一望できる。手入れの行き届いた庭園は、はるか遠くまで続いている。
視線をもっと手前にやると、キラキラと光を反射する巨大な鳥かごのような建物が目につく。ガラス張りのドーム。貴重な植物ばかりを集めて作られた、王族しか立ち入りを許されていない温室だ。
――懐かしい、思い出の場所。
あれは兄がディエンタール家の跡取りとして引き取られ、その挨拶をしに王宮に来た日のことだった。
シャーレンはまだ八歳だった。あの日、ディランはたまたま王宮に来ていて。そこでシャーレンは初めてディランと出会ったのだ。ハロルドとは別の――もう一人の第一王子に。
目を閉じれば、昨日のことのような鮮やかさをもって、あの日の光景が思い起こされる。
何度も何度も、繰り返し思い返したあの日の出会いを、シャーレンはもう一度瞼の裏に思い描いた。
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