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最後に。
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「私,コミュニティに所属したことなかったんですよ」
白いワンピースを風にひらひらと羽ばたかせながら,彼女は言う。
白い砂が逆さに傾けた靴からこぼれた。
「そっか…」
僕はそう言って,手に持っていた靴を岩の上に置いた。
「少しは興味を示してくださいよ」
そう言って彼女は,小さく笑う。
「じゃあ…どうして?」
僕は視線を少し上に向けて尋ねる。
「言わされてる感がひどいですね」
そう言ってまた,彼女は笑う。
振り返った彼女の綺麗な笑顔と鍔の広い麦わら帽子が目に留まった。
視線を少しずらすと彼女の後ろには,赤と青を全色集めたような夕焼けが少しずつ色を変えながらずっと,季夏の空に浮かんでいた。
「私,友達居なかったんですよ。一人たりとも」
先程の笑顔に悲しみを混ぜた様な表情に変わった。
「一人もってことは…」
僕はその先を濁すようにそう返す。
「ほんとですよ。話せる人も何人か居ましたけど,全員が友達の頭数がほしいだけか,同情だったので」
そう言って彼女はまた海に視線を戻す。
「君は…頭がいいというか…」
僕は言葉を探したが良い返しはでてこなかった。
「私,勉強苦手ですよ。多分お兄さんが言いたいのは精神年齢高いとかじゃないですか」
「いや,本当に君頭いいよ。そんな言葉がポンポン出てくるんだからさ。後,学校でやることだけが勉強の全てじゃあないし…さ」
正直な気持ちだった。
彼女は,小さく溜息を吐いたあとに言った。
「お兄さんが私のクラスの担任なら良かったのにね」
そういう彼女の笑顔は一点の淀みもなく,とても中学生には見えなかった。
「僕も,仕事辞める前に君に逢いたかったよ」
「切実ですね」
そう言って笑われた。
「そうだね。でも君もだいぶ切実に見えたけど。」
彼女はそう言われると、先程までの笑顔を潜ませて,
「まぁ,そうでしょうね」
とだけ返した。
「もうそろそろ暗くなるので,なにかするなら早いほうがいいですよ。」
見透かしたように彼女は目の前の海を指差して言う。
「なんでバレたんだ…とか思ってそうですね。」
僕が黙っていると,彼女は続ける。
「ここ多いんですよ。自殺。綺麗で人気のない場所だからたまに,何か失敗した人とかがこの辺の海で…」
僕は,スーツのポケットの中の遺書を隠すように素早く抜き取り,後ろ手に持った。
「なんで気付いたのかな」
僕は,照れるように笑いながら彼女を見た。
「さっきからそこに座ってますけど,こんな時間に靴を脱いで近くの岩の上に置いているって…多分私以外にもバレますよ,大方…」
僕は立ち上がって,彼女の方を見つめた。
彼女は一瞬躊躇うように口を閉じたが,すぐに
「大方,私が帰ったら死のうとしてたんじゃないですか」
僕は小さく拍手をして,
「そのとおりだよ」
と言って笑った。
「あぁやっぱり。教育者ですし,『こんな子供に死体なんて見せられない』とか思ったんですか」
「それもあるけど,性格ってのもあるかなぁ。人に死ぬとこ見せたくないというか…」
僕は少し自慢げにそういった。
「ちょっと嬉しそうな感じに言わないでくださいよ。今日あったばかりの人の性格なんて分かるわけないじゃないですかっ」
彼女は,僕の性格を見抜けなかったことを悔しそうにしている。
僕が,「君はどうしてここに」と聞こうとすると
「私もお兄さんと似たような性格なものでして。早いとこどこか言ってもらえると助かるんですが。」
僕は驚いた。でも否定する気にはなれなかった。
この子のことだ。多分,『お兄さんだけ死ぬとかずるいですよ』とか言うに決まってる。
でも僕は,
「そっか…でも君には死んでほしくはなかったな」
とだけ言った。彼女の心に少しでも爪痕を残しておきたかったのかもしれない。何かの記憶として。
彼女は,大粒の涙を流しながら,僕のたどたどしい言葉に耳を傾けていた。
「どうして過去形なんですか」
彼女は嗚咽を噛み殺すようにそう言って笑った。
「死ぬ死なないは君の自由だからさ…僕が勝手にどうこう言うことではないよ。ただ死んでほしくなかったって思うのは僕の自由って事で君は関係無いしね。」
僕がそう言うと,
「なんですか,その屁理屈」
と言ってまた笑う。彼女が僕の方を振り返ると僕も目にためていた涙が零れた。
それは,僕も彼女の方に近づいたからだと気づいた。
足が自分の意志に反するように,否,自分の意志に従うように彼女の元へと歩みを進める。
そのたびに,涙が溢れる。
「僕,こんなに綺麗に泣いたの初めてかもしれないな」
彼女の目を見据えて言う。
「そうですか…確かにそうですね。大体の人って目の周りを全部濡らして,しゃくり上げるように泣きますもんね」
目の端を指で拭った彼女は,
「最後に会ったのがお兄さんで良かったです。最後ぐらいたくさん笑いたいですもんね。」
と言って,麦わら帽子を背の高い岩の上に置いた。
少しの間僕は黙った。僕が,
「本当に,仕事辞める前に会いたかったな。」
と言う頃には,僕も彼女も足首が海に浸かっていた。
「またそれですか」
彼女が目の前の海に,目を向ける。
つられて僕も海を見た。
「これが,最後のコミュニティになるんですよね」
「まぁ…。うん,『共通の目的を持った人達』だしね。」
「折角の初めてのコミュニティが自殺コミュニティですか」
彼女が最後に小さく笑った。
白いワンピースを風にひらひらと羽ばたかせながら,彼女は言う。
白い砂が逆さに傾けた靴からこぼれた。
「そっか…」
僕はそう言って,手に持っていた靴を岩の上に置いた。
「少しは興味を示してくださいよ」
そう言って彼女は,小さく笑う。
「じゃあ…どうして?」
僕は視線を少し上に向けて尋ねる。
「言わされてる感がひどいですね」
そう言ってまた,彼女は笑う。
振り返った彼女の綺麗な笑顔と鍔の広い麦わら帽子が目に留まった。
視線を少しずらすと彼女の後ろには,赤と青を全色集めたような夕焼けが少しずつ色を変えながらずっと,季夏の空に浮かんでいた。
「私,友達居なかったんですよ。一人たりとも」
先程の笑顔に悲しみを混ぜた様な表情に変わった。
「一人もってことは…」
僕はその先を濁すようにそう返す。
「ほんとですよ。話せる人も何人か居ましたけど,全員が友達の頭数がほしいだけか,同情だったので」
そう言って彼女はまた海に視線を戻す。
「君は…頭がいいというか…」
僕は言葉を探したが良い返しはでてこなかった。
「私,勉強苦手ですよ。多分お兄さんが言いたいのは精神年齢高いとかじゃないですか」
「いや,本当に君頭いいよ。そんな言葉がポンポン出てくるんだからさ。後,学校でやることだけが勉強の全てじゃあないし…さ」
正直な気持ちだった。
彼女は,小さく溜息を吐いたあとに言った。
「お兄さんが私のクラスの担任なら良かったのにね」
そういう彼女の笑顔は一点の淀みもなく,とても中学生には見えなかった。
「僕も,仕事辞める前に君に逢いたかったよ」
「切実ですね」
そう言って笑われた。
「そうだね。でも君もだいぶ切実に見えたけど。」
彼女はそう言われると、先程までの笑顔を潜ませて,
「まぁ,そうでしょうね」
とだけ返した。
「もうそろそろ暗くなるので,なにかするなら早いほうがいいですよ。」
見透かしたように彼女は目の前の海を指差して言う。
「なんでバレたんだ…とか思ってそうですね。」
僕が黙っていると,彼女は続ける。
「ここ多いんですよ。自殺。綺麗で人気のない場所だからたまに,何か失敗した人とかがこの辺の海で…」
僕は,スーツのポケットの中の遺書を隠すように素早く抜き取り,後ろ手に持った。
「なんで気付いたのかな」
僕は,照れるように笑いながら彼女を見た。
「さっきからそこに座ってますけど,こんな時間に靴を脱いで近くの岩の上に置いているって…多分私以外にもバレますよ,大方…」
僕は立ち上がって,彼女の方を見つめた。
彼女は一瞬躊躇うように口を閉じたが,すぐに
「大方,私が帰ったら死のうとしてたんじゃないですか」
僕は小さく拍手をして,
「そのとおりだよ」
と言って笑った。
「あぁやっぱり。教育者ですし,『こんな子供に死体なんて見せられない』とか思ったんですか」
「それもあるけど,性格ってのもあるかなぁ。人に死ぬとこ見せたくないというか…」
僕は少し自慢げにそういった。
「ちょっと嬉しそうな感じに言わないでくださいよ。今日あったばかりの人の性格なんて分かるわけないじゃないですかっ」
彼女は,僕の性格を見抜けなかったことを悔しそうにしている。
僕が,「君はどうしてここに」と聞こうとすると
「私もお兄さんと似たような性格なものでして。早いとこどこか言ってもらえると助かるんですが。」
僕は驚いた。でも否定する気にはなれなかった。
この子のことだ。多分,『お兄さんだけ死ぬとかずるいですよ』とか言うに決まってる。
でも僕は,
「そっか…でも君には死んでほしくはなかったな」
とだけ言った。彼女の心に少しでも爪痕を残しておきたかったのかもしれない。何かの記憶として。
彼女は,大粒の涙を流しながら,僕のたどたどしい言葉に耳を傾けていた。
「どうして過去形なんですか」
彼女は嗚咽を噛み殺すようにそう言って笑った。
「死ぬ死なないは君の自由だからさ…僕が勝手にどうこう言うことではないよ。ただ死んでほしくなかったって思うのは僕の自由って事で君は関係無いしね。」
僕がそう言うと,
「なんですか,その屁理屈」
と言ってまた笑う。彼女が僕の方を振り返ると僕も目にためていた涙が零れた。
それは,僕も彼女の方に近づいたからだと気づいた。
足が自分の意志に反するように,否,自分の意志に従うように彼女の元へと歩みを進める。
そのたびに,涙が溢れる。
「僕,こんなに綺麗に泣いたの初めてかもしれないな」
彼女の目を見据えて言う。
「そうですか…確かにそうですね。大体の人って目の周りを全部濡らして,しゃくり上げるように泣きますもんね」
目の端を指で拭った彼女は,
「最後に会ったのがお兄さんで良かったです。最後ぐらいたくさん笑いたいですもんね。」
と言って,麦わら帽子を背の高い岩の上に置いた。
少しの間僕は黙った。僕が,
「本当に,仕事辞める前に会いたかったな。」
と言う頃には,僕も彼女も足首が海に浸かっていた。
「またそれですか」
彼女が目の前の海に,目を向ける。
つられて僕も海を見た。
「これが,最後のコミュニティになるんですよね」
「まぁ…。うん,『共通の目的を持った人達』だしね。」
「折角の初めてのコミュニティが自殺コミュニティですか」
彼女が最後に小さく笑った。
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