愚者の門番、賢者の聖杯

春森夢花

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神のような存在

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「一つ、聞きたいんだが」

俺は尋ねる。男は非常に友好的な態度でどうぞ、と言った。

「なんでも聞いてくれ」
「あんたはさっきこれは神の門だと言った」
「ああ」
「だとすればあんたは神なのか?」
「うん、まあそうだ。私達は神のようなものだ」
「私達?他にも仲間がいるのか」
「勿論さ。私達は大勢で暮らしているのだ。あの向こう側でね」

そう言って男は応接室の扉を指さした。本来ならばあの向こう側には廊下と、社長室と書かれたプレートの部屋と、事務所のスペース、それに玄関がある。その間取りは本来の、俺が記憶している事務所のものだ。

では、あの向こう側は?

「本来、我々に建物の概念がなくてね。門番になる者の記憶を借りてこんな風に一の扉を開けた時に困惑しないように配慮している」
「配慮?それじゃあ、なにか困惑するものでもあるというのか」
「そうだね。実は……我々は君達と姿形が違いすぎる。基本的エネルギーの摂取の仕方や思考回路、根本的に理解し合えないのだ。だが、我々は優しい」
「優しい?」
「コミュニケーションを取ろうとしている」
「ふうん、そうかい。……思うに。俺が知っている神様と、あんたは随分違うみたいだ」
「ほう?例えば?」
「まず、あんたはキリスト教か、それとも仏教か」
「うん?」
「俺達はね宗教で拝む神が違うんだぜ。それに……俺は無宗教派でね。そんな人間に神は語りかけない。俺からすればあんたは……さしずめエイリアンみたいだ」
「ははは……、そうかい。それはすまないね。私達は本来言葉を持たないのだ。だから色々な情報を仕入れて適切な対処をしていたが。どうやら単語が違ったようだ」
「あんたにとって、神って単語はどんな意味で使っていたんだい」
「人ならざる者。人に近しい姿形を取る事が出来るが、人よりも優れた存在。あらゆる願いを叶える事の出来る唯一の対象。……そんな、所か」
「うん、まあ間違ってはいない」

俺は自分が神だと言う男に同意した。その解釈が当てはまると言うのなら、神だと名乗っても不思議ではない。そう思っていると、思考回路を読んだのか。男は再び微笑んで、ありがとうと言った。

「理解してくれたようでなによりだ。では、本題に入ろうか」
「本題?」
「君に門番を任せたい」
「門番」
「そうだ。君の右手に刻まれた印しるしでしか、この扉は開かないのだ。どうだね。報酬は……君の病気を治してやろう。それに、百年の自由だ。身体的不安がない健康な肉体は欲しくないかね?条件としては悪くはないだろう」
「どうして俺なんだ」
「君が、愚者だから」
「愚者」

愚者。そんな言葉を面と向かって言われたのは初めてだった。むしろ面と向かって言っていい言葉ではない。が、俺は否定しなかった。

数時間前に人を五人殺して、ついさっき自殺しようとしていた男が愚者ではないなどと誰が反論できると言うのか。だから黙って男に続きを促した。

「いいかい、この門の番人は愚者ではないと務まらないのだ」
「どうして」
「ははは……。決まっているさ。善人の、正しき者の為の門だからだ。しかし、門番が善人ではいけない。当てられてしまうからね」
「当てられてしまう?なにを」
「見れば解る」

そう言って、その質問ははぐらかされてしまった。

俺は正直、特に乗り気はしなかった。

百年生きられる体。

だが生きたってつまらないと感じている俺にとってそんな条件は無意味だ。そう思っていると、いつのまにか男は煙草をもう二箱、手の中に持っていた。

「君はこの娯楽品を日に三箱吸うのが人生で最も愉しみな事なのだろう」
「ああ……まあ」
「おまけだ。この一の扉の広間に毎日三箱煙草を置いてあげよう。いつでも取りに来ると良い」
「おい、俺はまだやると言った訳ではないぜ」
「いいや、君はやるのさ。やらざるを得ない」
「なんだって」
「とりあえず、君の肺の病気は治しておいたよ。咳が出ないだろう」


そこで俺は、この門に入ってから一度も咳をしていない事に気が付いた。

息苦しさが全くない。

まさか。

思わず胸のあたりを触りながら男の顔を見ようとすると。

もう誰もいなかった。

俺だけが馴染みのある風景の中にいて、異様なのは背後の大きな門だけだ。

そして応接室のドア。

開けようとしてみたが、鍵がかかっているのか。まったく開く気配がなかった。

仕方がないので机に置いてあった煙草をポケットにいれて、門から帰ることにした。

悪趣味な印が描かれた右手をかざすと、スッ。と門が開く。

そして外に出ると、明るい日差しが俺の眼に飛び込んできた。もう朝なのか。そう思いながら辺りを見回すと。

そこは全くの別世界だった。
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