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稽古場に流れる不穏な空気
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本番まで1ヶ月を切り、舞台の練習はますます熱が入っていく。
一致団結。
一つのものを作り上げるため、みんなが自分の全てを出し切っている。
より良くするため。
試行錯誤を繰り返していく。
そのために、時には言い争いをしながらも、その中で相手の考えがわかる。
自分の想いも相手に伝わる。
それが良い方向に向かっていた。
――はずだった。
「ねえ、皆川くん。変な台詞入れないでくれる?」
本番に近い、通し稽古でもいきなり芝居をぶった切ってくる。
「いや、ミーナさん。ここは前に変えるって言ってあったでしょ?」
「そうだっけ? でも、私、この台本で覚えてるから変えられると嫌なんだけど」
「それは覚えてくださいよ」
「だーかーら! これでもう覚えちゃったって言ってるでしょ? なんで、そんなめんどいことしないとならないのよ」
「よりいいものに仕上げたいと思わないんですか?」
「思わない」
「なっ!」
モデルのミーナさんは、キャラクターに似ているからという理由で選ばれ、自分の知名度アップを見込んで仕事を受けたと言っている。
そこにはいい演技をしようだとか、良い舞台にしようとかは含まれていない。
「私はこの台本通りにしゃべって、動いてくれればいいって話でオファーを受けたの」
「けど……」
ミーナさんの演じる役はソフィア。
そして、そのソフィアの相棒であるビリー役を演じるのが皆川さんだ。
いくら皆川さんが良い演技をしようとしても、こうやって演技の途中で止められてしまったら元もこうもない。
もし、それを本番でやられたとしたらと考えるとゾッとする。
「てかさー、なんでみんなそんなにやる気出してるの? 超ウザいんだけど」
「せっかく、みんなでいいものを作り上げようとしてるんです。少しくらい協力してくれてもいいんじゃないんですか?」
あまりにもやる気のないミーナさんの態度に、私はついイラっとして口を開いてしまった。
「はあ? それがウザいんだって言ってんの。勝手に盛り上がるのはいいけど、人に押し付けないでくれない?」
「でも……」
「100万」
「え?」
「新しくオファーしたいなら、100万払って。そしたら、新しい台本でも覚えてあげる」
「そ、そんなの……」
「私はビジネスとして、ここに来てるの」
今まで高まっていた雰囲気が日に日に下がって、冷えていく。
毎回、こんなふうに水を掛けられればそうなるのも当たり前だ。
稽古場が静まり返る。
「はあー。うっざ。私、もう帰るわね」
「待てって。もう本番も近い。今は通し稽古を1回でも多くやっておかないと」
この舞台の主役である高尾さんが帰ろうとするミーナさんを止めるために前に回り込む。
「完璧だから」
「え?」
「言ったでしょ。私、ビジネスで来てるの。100パーセント台詞と動きは頭に入ってる。だからこれ以上、練習する必要はないっての」
「けど、相手と合わせる練習をしないと……」
高尾さんの言葉にイラつき、大げさにため息をつくミーナさん。
「あんたら、日本語通じないわけ? 何回も言ってるでしょ! 私はこの台本通りに台詞を言って動くだけ。それが私の受けたオファーなの。相手に合わせるとか意味不な作業は入ってねーから!」
そんな物言いに高尾さんはしゃべれなくなってしまう。
「ほら、どきなさいよ。二流タレント」
ミーナさんは高尾さんの肩を押しのけ、荷物を持って稽古場を出て行ってしまった。
その場の空気が凍りついたように、時間が止まってしまったかのように静かになる。
「落ち込んでたって、しょうがないよ。俺たちはやれることをやろう」
そう言って、手を叩いたのは圭吾だった。
「けど、ソフィア役がああなっちまったら……」
高尾さんが悔しそうに歯噛みする。
今回、みんなのやる気がアップして、いいものを作り上げようという雰囲気になったことを一番喜んでいたのが高尾さんだった。
その分、ああ言われてしまったら、ショックは大きいだろう。
「切り離して考えようよ。ソフィアがしゃべるシーンは台本通り。逆に言えばそれが意外は自由にやれるってことでしょ?」
「でも、それじゃ、舞台自体がちぐはぐになっちまうよ」
皆川さんが首を横に振る。
「いいんじゃない? ちぐはぐでも」
「なっ!?」
「誰もこの舞台には期待していない。多少、失敗してもいいってくらいなんだから」
「けど……けど……」
皆川さんは役者が本業だ。
わかっていても、そうそう割り切れるものじゃないんだろう。
「私は全力でやりたいな! せっかく、ここまでみんなで作ってきたんだし~!」
そう言って、あははと笑ったのはひめめちゃんだった。
「わ、私も……」
「俺も」
他のキャストさんたちも次々と声を上げ始めた。
ここまで自分たちで作り上げてきたものを捨てるなんて勿体なくてできない。
その気持ちは私にも痛いほどわかる。
「……皆川さんには悪いけどさ。やっぱり、俺も全力を出したい」
高尾さんが絞り出すように言う。
「……結局、今回は俺がババを引いたってわけか」
「すみません」
圭吾が苦笑いをする。
皆川さんはミーナさんとほぼペアのようなものだ。
ミーナさんに合わせるなら、台本通りにやるしかない。
今回はほとんど、自分を出すことはできなくなる。
「じゃあ、最初から通しでやってみよう。……赤井さん。ソフィア役、お願いできるかな?」
「はい、わかりました」
高尾さんに言われて、頷く私。
ミーナさんはほとんど稽古に出て来ないので、逆にここでは私の方がソフィアを演じている時間が長くなっている。
「あと、悪いんだけど、ソフィアの台詞は台本に忠実にお願いできないかな?」
高尾さんが申し訳なさそうに言った。
当然だろう。
本番ではミーナさんは台本通りにしか演じないというのだから、その練習は台本通りにしなくてはならない。
少し残念だけど、こんなところで私が我がままを言うのは筋が違う。
代役をさせてもらえるだけ、感謝しなくては。
「わかりました」
私がそう言った瞬間だった。
「いや、いい。いつも通り、全力で来てくれ」
「……皆川さん?」
「俺もプロだ。台本はちゃんと頭に入ってる。本番じゃ、ちゃんと台本通りにやるさ。けど、今だけは……練習だけは、せめて全力でやらせてほしい」
その場の全員が頷いた。
こうして、通しの稽古が始まった。
みんな、本番のような緊迫感を持ったまま進めていく。
当然、私も全力で演じ、それに皆川さんも応えてくれる。
そして、クライマックス。
ビリーがソフィアを庇って死ぬ場面にさしかかる。
「……どうして、ビリー」
そう呟き、ビリーにすがりついた。
その時だった。
「ダメだ! やり直せ!」
突如、聞いたことのない声が稽古場に響いたのだった。
一致団結。
一つのものを作り上げるため、みんなが自分の全てを出し切っている。
より良くするため。
試行錯誤を繰り返していく。
そのために、時には言い争いをしながらも、その中で相手の考えがわかる。
自分の想いも相手に伝わる。
それが良い方向に向かっていた。
――はずだった。
「ねえ、皆川くん。変な台詞入れないでくれる?」
本番に近い、通し稽古でもいきなり芝居をぶった切ってくる。
「いや、ミーナさん。ここは前に変えるって言ってあったでしょ?」
「そうだっけ? でも、私、この台本で覚えてるから変えられると嫌なんだけど」
「それは覚えてくださいよ」
「だーかーら! これでもう覚えちゃったって言ってるでしょ? なんで、そんなめんどいことしないとならないのよ」
「よりいいものに仕上げたいと思わないんですか?」
「思わない」
「なっ!」
モデルのミーナさんは、キャラクターに似ているからという理由で選ばれ、自分の知名度アップを見込んで仕事を受けたと言っている。
そこにはいい演技をしようだとか、良い舞台にしようとかは含まれていない。
「私はこの台本通りにしゃべって、動いてくれればいいって話でオファーを受けたの」
「けど……」
ミーナさんの演じる役はソフィア。
そして、そのソフィアの相棒であるビリー役を演じるのが皆川さんだ。
いくら皆川さんが良い演技をしようとしても、こうやって演技の途中で止められてしまったら元もこうもない。
もし、それを本番でやられたとしたらと考えるとゾッとする。
「てかさー、なんでみんなそんなにやる気出してるの? 超ウザいんだけど」
「せっかく、みんなでいいものを作り上げようとしてるんです。少しくらい協力してくれてもいいんじゃないんですか?」
あまりにもやる気のないミーナさんの態度に、私はついイラっとして口を開いてしまった。
「はあ? それがウザいんだって言ってんの。勝手に盛り上がるのはいいけど、人に押し付けないでくれない?」
「でも……」
「100万」
「え?」
「新しくオファーしたいなら、100万払って。そしたら、新しい台本でも覚えてあげる」
「そ、そんなの……」
「私はビジネスとして、ここに来てるの」
今まで高まっていた雰囲気が日に日に下がって、冷えていく。
毎回、こんなふうに水を掛けられればそうなるのも当たり前だ。
稽古場が静まり返る。
「はあー。うっざ。私、もう帰るわね」
「待てって。もう本番も近い。今は通し稽古を1回でも多くやっておかないと」
この舞台の主役である高尾さんが帰ろうとするミーナさんを止めるために前に回り込む。
「完璧だから」
「え?」
「言ったでしょ。私、ビジネスで来てるの。100パーセント台詞と動きは頭に入ってる。だからこれ以上、練習する必要はないっての」
「けど、相手と合わせる練習をしないと……」
高尾さんの言葉にイラつき、大げさにため息をつくミーナさん。
「あんたら、日本語通じないわけ? 何回も言ってるでしょ! 私はこの台本通りに台詞を言って動くだけ。それが私の受けたオファーなの。相手に合わせるとか意味不な作業は入ってねーから!」
そんな物言いに高尾さんはしゃべれなくなってしまう。
「ほら、どきなさいよ。二流タレント」
ミーナさんは高尾さんの肩を押しのけ、荷物を持って稽古場を出て行ってしまった。
その場の空気が凍りついたように、時間が止まってしまったかのように静かになる。
「落ち込んでたって、しょうがないよ。俺たちはやれることをやろう」
そう言って、手を叩いたのは圭吾だった。
「けど、ソフィア役がああなっちまったら……」
高尾さんが悔しそうに歯噛みする。
今回、みんなのやる気がアップして、いいものを作り上げようという雰囲気になったことを一番喜んでいたのが高尾さんだった。
その分、ああ言われてしまったら、ショックは大きいだろう。
「切り離して考えようよ。ソフィアがしゃべるシーンは台本通り。逆に言えばそれが意外は自由にやれるってことでしょ?」
「でも、それじゃ、舞台自体がちぐはぐになっちまうよ」
皆川さんが首を横に振る。
「いいんじゃない? ちぐはぐでも」
「なっ!?」
「誰もこの舞台には期待していない。多少、失敗してもいいってくらいなんだから」
「けど……けど……」
皆川さんは役者が本業だ。
わかっていても、そうそう割り切れるものじゃないんだろう。
「私は全力でやりたいな! せっかく、ここまでみんなで作ってきたんだし~!」
そう言って、あははと笑ったのはひめめちゃんだった。
「わ、私も……」
「俺も」
他のキャストさんたちも次々と声を上げ始めた。
ここまで自分たちで作り上げてきたものを捨てるなんて勿体なくてできない。
その気持ちは私にも痛いほどわかる。
「……皆川さんには悪いけどさ。やっぱり、俺も全力を出したい」
高尾さんが絞り出すように言う。
「……結局、今回は俺がババを引いたってわけか」
「すみません」
圭吾が苦笑いをする。
皆川さんはミーナさんとほぼペアのようなものだ。
ミーナさんに合わせるなら、台本通りにやるしかない。
今回はほとんど、自分を出すことはできなくなる。
「じゃあ、最初から通しでやってみよう。……赤井さん。ソフィア役、お願いできるかな?」
「はい、わかりました」
高尾さんに言われて、頷く私。
ミーナさんはほとんど稽古に出て来ないので、逆にここでは私の方がソフィアを演じている時間が長くなっている。
「あと、悪いんだけど、ソフィアの台詞は台本に忠実にお願いできないかな?」
高尾さんが申し訳なさそうに言った。
当然だろう。
本番ではミーナさんは台本通りにしか演じないというのだから、その練習は台本通りにしなくてはならない。
少し残念だけど、こんなところで私が我がままを言うのは筋が違う。
代役をさせてもらえるだけ、感謝しなくては。
「わかりました」
私がそう言った瞬間だった。
「いや、いい。いつも通り、全力で来てくれ」
「……皆川さん?」
「俺もプロだ。台本はちゃんと頭に入ってる。本番じゃ、ちゃんと台本通りにやるさ。けど、今だけは……練習だけは、せめて全力でやらせてほしい」
その場の全員が頷いた。
こうして、通しの稽古が始まった。
みんな、本番のような緊迫感を持ったまま進めていく。
当然、私も全力で演じ、それに皆川さんも応えてくれる。
そして、クライマックス。
ビリーがソフィアを庇って死ぬ場面にさしかかる。
「……どうして、ビリー」
そう呟き、ビリーにすがりついた。
その時だった。
「ダメだ! やり直せ!」
突如、聞いたことのない声が稽古場に響いたのだった。
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