公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す

友鳥ことり

文字の大きさ
24 / 73
第五章 新婚旅行

2 再会

しおりを挟む
「まぁ! 本当に久しぶりね! どうしてここにいるの?」

 腰に剣を携え帽子をかぶったディスは、一見すると地味な格好だ。
 しかし、かなり大柄である彼は、服装が質素でも目立つ。また、額に大きな切り傷がある風貌は黙っていても周囲を威圧していた。

「護衛として雇われまして、御夫妻の旅のお供をさせていただくことになりました」
「あら、そうなのね! あなたが一緒なら、心強いわ」
「ありがとうございます。俺と一緒にペランもお供いたしますので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく」

 ディスの後ろに立つ、すこしだけ小柄な青年が、帽子を手にして軽く頭を下げる。
 ディスに比べてすこしだけ背が低い、というだけなので、ペランもかなり身長はある。
 ほぼ一年ぶりに会ったせいか、以前よりも逞しくなったように見えた。

「ベル、知り合いかい?」

 雇った護衛と親しげなベルティーユの態度に、玄関から出てきたオリヴィエールが訊ねる。

「以前、ときどき護衛をしてもらっていた傭兵団の人よ。伯父様のお知り合いが傭兵団の団長をしていて、王妃候補には護衛が必要だって伯父様がおっしゃるから、なんどか護衛をお願いしたことがあるの。ふたりとも、とても腕が立つそうよ。でも、ふたりが護衛してくれていると悪い人は近づいてきたりしないから、どんなに強いのかは見たことがないの」

 嬉しそうにベルティーユが答えると、オリヴィエールは「へぇ、そうなんだ」と淡泊な返事をした。
 興味がないというよりは、なにか考えている風な顔だ。

「……シルヴェストルめ」
「どうかなさった?」

 オリヴィエールの口から兄の名前が出たような気がして、ベルティーユは訊ねたが、「いや、別に」とあっさりかわされた。

「最近、各地の街道で強盗が出るらしくてね。特に貴族の馬車が狙われるそうだから、用心のために護衛を雇ったんだが、まさか貴女と顔見知りだったとはね」
「そうだったのね。ディスとここで会うなんて思ってもみなかったから、驚いたわ」
「ずいぶんと親しいようだね」
「えぇ。彼は強面だけど、中身はとても陽気なの。傭兵として大陸の各地に出向いているからいろんなことを見聞きしていて博学だし、各国の事情に精通しているし、有能なの。傭兵をしているのが勿体ないくらいの人材なのだけれど、傭兵の仕事が好きなんですって」

 宰相の知人が団長を務めるトマ傭兵団は、精鋭揃いであるとベルティーユは聞いていた。
 その中でもディスとペランは、優秀な傭兵らしい。
 トマ傭兵団以外の傭兵を知らないベルティーユは他と比べようがなかったが、伯父が優秀だと言うのだからそうなのだろうと信頼していた。

「オリヴィエールは護衛を雇うのは初めて?」
「初めてだね。遠出をほとんどしたことがないし、強盗の心配をしたこともなかったし」
「最近は物騒なのね」
「そのようだね」

 なにやら思案げな表情を浮かべたオリヴィエールは、家令に荷物の相談をされて屋敷の中に戻っていった。
 まだ旅装ではないところからして、出発に時間がかかりそうだ。
 ベルティーユは外套を羽織り、帽子をかぶり、いつでも馬車に乗って出発できる状態ではある。
 ミネットが使用人たちと一緒にたくさんの荷物を馬車に運び込んでいるので、邪魔にならないよう車止めの隅でその様子を眺めていた。
 ディスたちも馬車の上に荷物を積む手伝いをしている。

(確かに、これだけ大荷物の馬車なら、強盗に狙われる心配もあるわよね)

 馬車の上にはベルティーユのドレスや靴、帽子などを収めた鞄が幾つも積み上げられている。
 旅先で招待してくれている貴族の館を訪ねる際の訪問着や晩餐用のドレスを数着準備していた。装飾品類はすべて宝石箱に入れてミネットが持つことになっている。
 紋章は付いていないが、一目で貴族が乗っていることがわかる立派な馬車だ。
 これだけの大荷物の馬車を見逃す強盗はまずいないだろう。

(でも、本当に強盗だけを心配しているのかしら?)

 地方へ旅をする際、治安が悪い地域へ向かうのであれば護衛を雇う貴族がいることは知っている。
 宰相である伯父は常に傭兵を雇って身辺警護をさせているが、貴族はそう頻繁に傭兵を雇ったりはしない。
 ダンビエール公爵領までのみちのりは、比較的豊かな土地が多い。
 それでも万が一ということはあるので、オリヴィエールの心配はわからないでもないが――。

(傭兵団がディスとペランを貸し出すなんて、滅多にないことだわ。わたしが王都内で移動するために半日借りるのとはわけが違うもの。いくらダンビエール公爵家が契約金を言い値で支払ったとしても、新規の客にあのふたりを貸すなんて団長はなにを考えているのかしら?)

 ディスとペランは戦場に赴けば『血まみれのひぐま』と恐れられているらしい。
 体格が熊のようだというだけではなく、自分に向かってくる敵を容赦なく倒し、相手の血を全身で浴びてもひたすら熊のように突進してくるところからついた異名らしい。
 街道沿いで旅の馬車を襲うような強盗相手であれば、片手で倒せるようなつわものだ。

(あのふたりが一緒なら確かに安心ではあるけれど、この旅行はなにかが起こるのかもしれないってこと、よね。襲ってくるのが強盗だけであれば良いけれど)

 荷物が次々と馬車に運び込まれるのを眺めながら、ベルティーユはぼんやりと考えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...