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第五章 新婚旅行

2 再会

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「まぁ! 本当に久しぶりね! どうしてここにいるの?」

 腰に剣を携え帽子をかぶったディスは、一見すると地味な格好だ。
 しかし、かなり大柄である彼は、服装が質素でも目立つ。また、額に大きな切り傷がある風貌は黙っていても周囲を威圧していた。

「護衛として雇われまして、御夫妻の旅のお供をさせていただくことになりました」
「あら、そうなのね! あなたが一緒なら、心強いわ」
「ありがとうございます。俺と一緒にペランもお供いたしますので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく」

 ディスの後ろに立つ、すこしだけ小柄な青年が、帽子を手にして軽く頭を下げる。
 ディスに比べてすこしだけ背が低い、というだけなので、ペランもかなり身長はある。
 ほぼ一年ぶりに会ったせいか、以前よりも逞しくなったように見えた。

「ベル、知り合いかい?」

 雇った護衛と親しげなベルティーユの態度に、玄関から出てきたオリヴィエールが訊ねる。

「以前、ときどき護衛をしてもらっていた傭兵団の人よ。伯父様のお知り合いが傭兵団の団長をしていて、王妃候補には護衛が必要だって伯父様がおっしゃるから、なんどか護衛をお願いしたことがあるの。ふたりとも、とても腕が立つそうよ。でも、ふたりが護衛してくれていると悪い人は近づいてきたりしないから、どんなに強いのかは見たことがないの」

 嬉しそうにベルティーユが答えると、オリヴィエールは「へぇ、そうなんだ」と淡泊な返事をした。
 興味がないというよりは、なにか考えている風な顔だ。

「……シルヴェストルめ」
「どうかなさった?」

 オリヴィエールの口から兄の名前が出たような気がして、ベルティーユは訊ねたが、「いや、別に」とあっさりかわされた。

「最近、各地の街道で強盗が出るらしくてね。特に貴族の馬車が狙われるそうだから、用心のために護衛を雇ったんだが、まさか貴女と顔見知りだったとはね」
「そうだったのね。ディスとここで会うなんて思ってもみなかったから、驚いたわ」
「ずいぶんと親しいようだね」
「えぇ。彼は強面だけど、中身はとても陽気なの。傭兵として大陸の各地に出向いているからいろんなことを見聞きしていて博学だし、各国の事情に精通しているし、有能なの。傭兵をしているのが勿体ないくらいの人材なのだけれど、傭兵の仕事が好きなんですって」

 宰相の知人が団長を務めるトマ傭兵団は、精鋭揃いであるとベルティーユは聞いていた。
 その中でもディスとペランは、優秀な傭兵らしい。
 トマ傭兵団以外の傭兵を知らないベルティーユは他と比べようがなかったが、伯父が優秀だと言うのだからそうなのだろうと信頼していた。

「オリヴィエールは護衛を雇うのは初めて?」
「初めてだね。遠出をほとんどしたことがないし、強盗の心配をしたこともなかったし」
「最近は物騒なのね」
「そのようだね」

 なにやら思案げな表情を浮かべたオリヴィエールは、家令に荷物の相談をされて屋敷の中に戻っていった。
 まだ旅装ではないところからして、出発に時間がかかりそうだ。
 ベルティーユは外套を羽織り、帽子をかぶり、いつでも馬車に乗って出発できる状態ではある。
 ミネットが使用人たちと一緒にたくさんの荷物を馬車に運び込んでいるので、邪魔にならないよう車止めの隅でその様子を眺めていた。
 ディスたちも馬車の上に荷物を積む手伝いをしている。

(確かに、これだけ大荷物の馬車なら、強盗に狙われる心配もあるわよね)

 馬車の上にはベルティーユのドレスや靴、帽子などを収めた鞄が幾つも積み上げられている。
 旅先で招待してくれている貴族の館を訪ねる際の訪問着や晩餐用のドレスを数着準備していた。装飾品類はすべて宝石箱に入れてミネットが持つことになっている。
 紋章は付いていないが、一目で貴族が乗っていることがわかる立派な馬車だ。
 これだけの大荷物の馬車を見逃す強盗はまずいないだろう。

(でも、本当に強盗だけを心配しているのかしら?)

 地方へ旅をする際、治安が悪い地域へ向かうのであれば護衛を雇う貴族がいることは知っている。
 宰相である伯父は常に傭兵を雇って身辺警護をさせているが、貴族はそう頻繁に傭兵を雇ったりはしない。
 ダンビエール公爵領までのみちのりは、比較的豊かな土地が多い。
 それでも万が一ということはあるので、オリヴィエールの心配はわからないでもないが――。

(傭兵団がディスとペランを貸し出すなんて、滅多にないことだわ。わたしが王都内で移動するために半日借りるのとはわけが違うもの。いくらダンビエール公爵家が契約金を言い値で支払ったとしても、新規の客にあのふたりを貸すなんて団長はなにを考えているのかしら?)

 ディスとペランは戦場に赴けば『血まみれのひぐま』と恐れられているらしい。
 体格が熊のようだというだけではなく、自分に向かってくる敵を容赦なく倒し、相手の血を全身で浴びてもひたすら熊のように突進してくるところからついた異名らしい。
 街道沿いで旅の馬車を襲うような強盗相手であれば、片手で倒せるようなつわものだ。

(あのふたりが一緒なら確かに安心ではあるけれど、この旅行はなにかが起こるのかもしれないってこと、よね。襲ってくるのが強盗だけであれば良いけれど)

 荷物が次々と馬車に運び込まれるのを眺めながら、ベルティーユはぼんやりと考えた。
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