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第八章 公爵夫人の計画
3 公爵夫人と恋愛小説
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翌日、ベルティーユは実家であるカルサティ侯爵邸を訪問した。
新婚旅行から戻った際には土産物を携えて両親と兄に報告も兼ねてオリヴィエールと一緒に訪ねたが、今回はひとりだ。
「あら、お父様とお母様は?」
午後のお茶の時刻に合わせてベルティーユはカルサティ侯爵邸に向かったが、あいにく両親は不在だった。
「三日前からルードへ湯治に出掛けた」
出迎えてくれた兄が素っ気なく告げる。
「まぁ、そう……」
話をしたかったのは兄なので、両親の不在は特に不都合ではなかったが、いないとなるとなんだか寂しかった。
侯爵夫妻が不在のためか、なんだか邸内は閑散としている。
暖炉を焚いている部屋が少ないためか、雪が降る外から入ってきても、あまり温かく感じない。
居間に通されてようやく、外套を脱いでも肌寒く感じなくなったくらいだ。
「お兄様は一緒に行こうと誘われませんでしたの?」
「断った。――読みたい本があったから」
ルードはラルジュ王国の南部にある温泉保養地だ。
冬のこの時期でも雪はほとんど降らず、湯治のための温泉がいつくもあるため、冬になると王侯貴族の多くはルードに向かう。ラルジュ王国の冬の社交場と呼ばれるほどだ。
王都で仕事をしている者はエテルネルに残るが、シルヴェストルのように要職に就いていない者は若くてもルードに行くものだ。
特に、未婚の者は将来の相手を探しに出向く。
「本ばかり読んでいないで、行けばよろしかったのでは? ここに籠もっていても、将来の侯爵夫人は訪ねてきてはくれないと思いますわよ」
「――母上と同じことを言うのだな。これまでは、ベルがいつ王妃になれるかばかりが我が家の心配ごとで私のことは放っておいてくれたのに、娘が嫁いだ途端に息子のことを心配し出すのだから、親というものは心配の種が尽きないものだな」
「お父様もお母様も、お兄様のことはずっと心配していらしたわ。ただ、あまりおっしゃらなかっただけで……」
これまで、カルサティ侯爵家でのベルティーユの結婚に関する心配事は、いつ娘が正式に国王と婚約できるかということだけだった。
多少婚期が遅くなろうと、王妃になれるのであればそれは王家と国家の事情があるのだから仕方ないと考えていた。
結果としてベルティーユは王妃にはなれなかったが、ダンビエール公爵夫人になった。
カルサティ侯爵夫妻からすれば、多額の持参金を要求されることもなく、娘が結婚適齢期ぎりぎりでなんとか条件の良い相手に嫁げたのだから、この結婚についてはかなり満足できるものだった。
一方の嫡男は、社交界に親しい貴婦人がいるわけではなく、いつも屋敷に籠もって本を読んでいることが多い。放蕩者でないのは良いことだが、侯爵家の将来を考えると、そろそろ結婚を考えて欲しいと両親が心配を始めるのも当然だった。
なにしろ、現実主義のベルティーユと違い、シルヴェストルは少々物語の世界と現実の世界を混同しがちなところがあったから――。
「お兄様は、もしかして恋愛結婚をご希望なのかしら?」
居間の長椅子に座ると、女中が運んできた紅茶に口を付けながらベルティーユは訊ねた。
「な、なんでそういう話になるんだ」
「だって、お兄様っていつも恋愛小説を読んでいらっしゃるじゃないの。恋愛結婚に憧れていて、『将来の妻とこんな出会いをしてみたい!』って夢を見ているんじゃないの?」
「物語は物語だよ。木の上から可愛らしいお転婆の御令嬢が落ちてきたり、公園を歩いていたら父親に結婚を無理強いされている御令嬢とぶつかったりするなんて、現実にはないことだよ」
紅茶を噴き出し掛けながら、シルヴェストルは答えた。
「現実にはなくても、憧れているということね?」
「そんな突飛な出会いがあったら、私でも恋に落ちるだろうかと考えることはあるけどね」
「まぁ! お兄様でもそんな状況なら相手の御令嬢に恋をするのね! ところで、恋ってなにかしら!」
ベルティーユの話が飛躍したので、シルヴェストルは目を丸くした。
「どうしたんだ、突然」
「恋とはどういうものかしらと昨日から考えているの。わたし、よく考えたら恋がどんなものかよくわからないの。オリヴィエールはわたしが……陛下に……ずっと恋をしているのだと言うのだけど……」
最後は小声になりながらベルティーユは告白した。
「お兄様は恋愛小説をたくさん読んでいるからご存じではなくて? わたし、陛下とロザージュ王国の王女様が恋をすれば、きっとおふたりのご結婚はうまくいくと思うの」
「おふたりのご結婚がうまくいくと、今後おふたりの間に割り込む予定のベルの出番はないのでは?」
「そこは、どうなるかわからないわ」
「陛下と王女の恋愛計画を練ったり、愛妾になる計画を立てたり、とことん無茶苦茶だな」
「でも、将来がどうなるかなんてわからないでしょう? わたしは陛下が王女様とお幸せになれれば一番良いと思うし、王太后様もそれを願われているようだけれど」
「あぁ、そういえば、王太后様がお前を王宮に呼び出したらしいとい噂を聞いたけれど、あれは事実だったんだ。――なるほど」
得心がいったという顔でシルヴェストルは頷いた。
「王太后様は陛下と王女の結婚が破綻すれば、ラルジュ王国との和平も破られることを承知していらっしゃる。だから、ご自身は手を出されないが、おふたりが結婚して幸せに暮らしましたというお伽話のような結末を期待されているわけでもない。王太后様は王宮内をラルジュ王国の大使が大きな顔をして歩き回ることを厭がられているからね」
「お兄様って、家に籠もって本を読んでいるだけにしては、事情通ねぇ」
「王宮の図書館に通っているから、王宮の廊下を歩いているだけでいろいろと聞こえてくるものなんだよ」
王宮という場所は、どこに目があり耳があるかわかったものではない。
人の姿がないからと言って、誰にも行動を見られない場所、会話が聞かれない場所などないのだ。
「王太后様のご実家の領地は、以前ラルジュ王国によって一部が占領されたことがあるんだ。いまは取り戻したけれど、王太后様はそれ以来、ラルジュ王国を毛嫌いされている。前のラルジュ王国との戦争が起きたのも、王太后様が陛下や大臣たちを焚き付けたせいだという話もある。結果として、王太后様が一番嫌っているラルジュ王国の王族を宮殿に迎えることになってしまったわけだけれどもね。だから、王太后様はお前を味方につけて、なんとかして陛下に対する王女の影響力を弱めたいと考えておいでなのだろう。もし陛下がお前を寵愛すれば、王妃となった王女の立場は弱くなるだろうしね」
「王太后様は、王女様をよくご存じではないから毛嫌いをされているだけではないのかしら」
「そうだとしても、王太后様は王女様と親しくなさろうと努力をされることはないだろうね。王女様も矜持がおありだろうし、ご自身は人質として嫁いできたくらいの感覚かもしれない」
「だとしたら、なおさら陛下と王女様は恋をするべきではないかしら?」
妹の提案に、シルヴェストルは首を傾げた。
「どんな恋?」
「どんな恋って……恋に種類があるものなの?」
「例えば、ゆっくりと時間を掛けて育む恋とか、急に一目惚れをする恋とか、憎しみがある日いきなり恋に変わるとか――」
「お兄様のお薦めの恋がたくさんあることはわかったわ」
いきなり複数の例を挙げられて戸惑ったベルティーユは、さらに恋の種類を列挙しようとするシルヴェストルを押し止めた。
「でも、どれが陛下と王女様にはぴったりなのかしら。わたし、陛下に恋愛小説をお薦めしてはどうかと思うの。それで、王女様と『この小説のような恋をしてみてはどうですか』って言うのよ」
「ベルが?」
「そうねぇ。わたしが薦めるよりは、お兄様がお薦めした方が良いようには思うのだけど、お兄様は陛下にお会いする機会はあるの? それとも、伯父様から陛下へ渡していただいた方が良いかしら」
「伯父上が陛下に恋愛小説を渡そうものなら、陛下はどんな陰謀が王宮内で進行しているのかと疑心暗鬼になられるだろうね。実際は陛下と王女様が仲良くなるようにという作戦だとしても」
宰相がにこやかに恋愛小説を王の執務室まで運ぶ姿を想像し、兄妹は黙り込んだ。
不気味すぎる。
「じゃあ、とりあえずお兄様のお薦めの恋愛小説を何冊が紹介してちょうだいな。それをなんとか手を回して陛下へお届けするようにするわ」
王の朗読係になるとしても、しばらく先になるだろうから、まずは国王と王女の間に恋愛の種を蒔いておくべきだろうとベルティーユは考えた。
「お薦め、ねぇ。どういう恋愛が陛下の理想なのか、お好みなのかによるな」
恋愛小説を薦めるとなった途端、シルヴェストルは渋い表情になった。
「もちろん、大団円が良いのだろうけど、王と王女の恋愛ものというのは案外少なくてね。すでに王妃がいる王が愛した貴族令嬢と結ばれる話とか、王太子と貴族令嬢が結ばれずに悲恋のまま終わる話とかが多くて」
「ないなら、書いて」
「――は?」
妹の唐突な無茶振りに、シルヴェストルは固まった。
「理想の恋愛小説がないなら、書けば良いのよ! そう! お兄様が、これまで恋愛小説を読み漁った読書歴のすべてを注ぎ込んで、政略結婚で夫婦となった陛下と王女が恋に落ちて幸せになる小説を書けば良いのよ!」
「十日やそこらで書けるものではないから、王と王妃が恋をして大団円になる小説を探しておくよ。それなら十日もかからないだろうしね」
十日では書けないとシルヴェストルは言ったが、まったく書けないとは言わなかった。
つまり、シルヴェストルは恋愛小説を書くことそのものはできるというわけだ。
(案外、お兄様ったらわたしに内緒で恋愛小説を書いたりしているんじゃないかしら。いつも恋愛に夢を見ていることだし、怪しいわね)
とはいえ、いまのベルティーユは兄の趣味を詮索している場合ではない。
「お願いしますね、お兄様」
あとは、どのように恋愛小説を国王に届けるかが問題だった。
新婚旅行から戻った際には土産物を携えて両親と兄に報告も兼ねてオリヴィエールと一緒に訪ねたが、今回はひとりだ。
「あら、お父様とお母様は?」
午後のお茶の時刻に合わせてベルティーユはカルサティ侯爵邸に向かったが、あいにく両親は不在だった。
「三日前からルードへ湯治に出掛けた」
出迎えてくれた兄が素っ気なく告げる。
「まぁ、そう……」
話をしたかったのは兄なので、両親の不在は特に不都合ではなかったが、いないとなるとなんだか寂しかった。
侯爵夫妻が不在のためか、なんだか邸内は閑散としている。
暖炉を焚いている部屋が少ないためか、雪が降る外から入ってきても、あまり温かく感じない。
居間に通されてようやく、外套を脱いでも肌寒く感じなくなったくらいだ。
「お兄様は一緒に行こうと誘われませんでしたの?」
「断った。――読みたい本があったから」
ルードはラルジュ王国の南部にある温泉保養地だ。
冬のこの時期でも雪はほとんど降らず、湯治のための温泉がいつくもあるため、冬になると王侯貴族の多くはルードに向かう。ラルジュ王国の冬の社交場と呼ばれるほどだ。
王都で仕事をしている者はエテルネルに残るが、シルヴェストルのように要職に就いていない者は若くてもルードに行くものだ。
特に、未婚の者は将来の相手を探しに出向く。
「本ばかり読んでいないで、行けばよろしかったのでは? ここに籠もっていても、将来の侯爵夫人は訪ねてきてはくれないと思いますわよ」
「――母上と同じことを言うのだな。これまでは、ベルがいつ王妃になれるかばかりが我が家の心配ごとで私のことは放っておいてくれたのに、娘が嫁いだ途端に息子のことを心配し出すのだから、親というものは心配の種が尽きないものだな」
「お父様もお母様も、お兄様のことはずっと心配していらしたわ。ただ、あまりおっしゃらなかっただけで……」
これまで、カルサティ侯爵家でのベルティーユの結婚に関する心配事は、いつ娘が正式に国王と婚約できるかということだけだった。
多少婚期が遅くなろうと、王妃になれるのであればそれは王家と国家の事情があるのだから仕方ないと考えていた。
結果としてベルティーユは王妃にはなれなかったが、ダンビエール公爵夫人になった。
カルサティ侯爵夫妻からすれば、多額の持参金を要求されることもなく、娘が結婚適齢期ぎりぎりでなんとか条件の良い相手に嫁げたのだから、この結婚についてはかなり満足できるものだった。
一方の嫡男は、社交界に親しい貴婦人がいるわけではなく、いつも屋敷に籠もって本を読んでいることが多い。放蕩者でないのは良いことだが、侯爵家の将来を考えると、そろそろ結婚を考えて欲しいと両親が心配を始めるのも当然だった。
なにしろ、現実主義のベルティーユと違い、シルヴェストルは少々物語の世界と現実の世界を混同しがちなところがあったから――。
「お兄様は、もしかして恋愛結婚をご希望なのかしら?」
居間の長椅子に座ると、女中が運んできた紅茶に口を付けながらベルティーユは訊ねた。
「な、なんでそういう話になるんだ」
「だって、お兄様っていつも恋愛小説を読んでいらっしゃるじゃないの。恋愛結婚に憧れていて、『将来の妻とこんな出会いをしてみたい!』って夢を見ているんじゃないの?」
「物語は物語だよ。木の上から可愛らしいお転婆の御令嬢が落ちてきたり、公園を歩いていたら父親に結婚を無理強いされている御令嬢とぶつかったりするなんて、現実にはないことだよ」
紅茶を噴き出し掛けながら、シルヴェストルは答えた。
「現実にはなくても、憧れているということね?」
「そんな突飛な出会いがあったら、私でも恋に落ちるだろうかと考えることはあるけどね」
「まぁ! お兄様でもそんな状況なら相手の御令嬢に恋をするのね! ところで、恋ってなにかしら!」
ベルティーユの話が飛躍したので、シルヴェストルは目を丸くした。
「どうしたんだ、突然」
「恋とはどういうものかしらと昨日から考えているの。わたし、よく考えたら恋がどんなものかよくわからないの。オリヴィエールはわたしが……陛下に……ずっと恋をしているのだと言うのだけど……」
最後は小声になりながらベルティーユは告白した。
「お兄様は恋愛小説をたくさん読んでいるからご存じではなくて? わたし、陛下とロザージュ王国の王女様が恋をすれば、きっとおふたりのご結婚はうまくいくと思うの」
「おふたりのご結婚がうまくいくと、今後おふたりの間に割り込む予定のベルの出番はないのでは?」
「そこは、どうなるかわからないわ」
「陛下と王女の恋愛計画を練ったり、愛妾になる計画を立てたり、とことん無茶苦茶だな」
「でも、将来がどうなるかなんてわからないでしょう? わたしは陛下が王女様とお幸せになれれば一番良いと思うし、王太后様もそれを願われているようだけれど」
「あぁ、そういえば、王太后様がお前を王宮に呼び出したらしいとい噂を聞いたけれど、あれは事実だったんだ。――なるほど」
得心がいったという顔でシルヴェストルは頷いた。
「王太后様は陛下と王女の結婚が破綻すれば、ラルジュ王国との和平も破られることを承知していらっしゃる。だから、ご自身は手を出されないが、おふたりが結婚して幸せに暮らしましたというお伽話のような結末を期待されているわけでもない。王太后様は王宮内をラルジュ王国の大使が大きな顔をして歩き回ることを厭がられているからね」
「お兄様って、家に籠もって本を読んでいるだけにしては、事情通ねぇ」
「王宮の図書館に通っているから、王宮の廊下を歩いているだけでいろいろと聞こえてくるものなんだよ」
王宮という場所は、どこに目があり耳があるかわかったものではない。
人の姿がないからと言って、誰にも行動を見られない場所、会話が聞かれない場所などないのだ。
「王太后様のご実家の領地は、以前ラルジュ王国によって一部が占領されたことがあるんだ。いまは取り戻したけれど、王太后様はそれ以来、ラルジュ王国を毛嫌いされている。前のラルジュ王国との戦争が起きたのも、王太后様が陛下や大臣たちを焚き付けたせいだという話もある。結果として、王太后様が一番嫌っているラルジュ王国の王族を宮殿に迎えることになってしまったわけだけれどもね。だから、王太后様はお前を味方につけて、なんとかして陛下に対する王女の影響力を弱めたいと考えておいでなのだろう。もし陛下がお前を寵愛すれば、王妃となった王女の立場は弱くなるだろうしね」
「王太后様は、王女様をよくご存じではないから毛嫌いをされているだけではないのかしら」
「そうだとしても、王太后様は王女様と親しくなさろうと努力をされることはないだろうね。王女様も矜持がおありだろうし、ご自身は人質として嫁いできたくらいの感覚かもしれない」
「だとしたら、なおさら陛下と王女様は恋をするべきではないかしら?」
妹の提案に、シルヴェストルは首を傾げた。
「どんな恋?」
「どんな恋って……恋に種類があるものなの?」
「例えば、ゆっくりと時間を掛けて育む恋とか、急に一目惚れをする恋とか、憎しみがある日いきなり恋に変わるとか――」
「お兄様のお薦めの恋がたくさんあることはわかったわ」
いきなり複数の例を挙げられて戸惑ったベルティーユは、さらに恋の種類を列挙しようとするシルヴェストルを押し止めた。
「でも、どれが陛下と王女様にはぴったりなのかしら。わたし、陛下に恋愛小説をお薦めしてはどうかと思うの。それで、王女様と『この小説のような恋をしてみてはどうですか』って言うのよ」
「ベルが?」
「そうねぇ。わたしが薦めるよりは、お兄様がお薦めした方が良いようには思うのだけど、お兄様は陛下にお会いする機会はあるの? それとも、伯父様から陛下へ渡していただいた方が良いかしら」
「伯父上が陛下に恋愛小説を渡そうものなら、陛下はどんな陰謀が王宮内で進行しているのかと疑心暗鬼になられるだろうね。実際は陛下と王女様が仲良くなるようにという作戦だとしても」
宰相がにこやかに恋愛小説を王の執務室まで運ぶ姿を想像し、兄妹は黙り込んだ。
不気味すぎる。
「じゃあ、とりあえずお兄様のお薦めの恋愛小説を何冊が紹介してちょうだいな。それをなんとか手を回して陛下へお届けするようにするわ」
王の朗読係になるとしても、しばらく先になるだろうから、まずは国王と王女の間に恋愛の種を蒔いておくべきだろうとベルティーユは考えた。
「お薦め、ねぇ。どういう恋愛が陛下の理想なのか、お好みなのかによるな」
恋愛小説を薦めるとなった途端、シルヴェストルは渋い表情になった。
「もちろん、大団円が良いのだろうけど、王と王女の恋愛ものというのは案外少なくてね。すでに王妃がいる王が愛した貴族令嬢と結ばれる話とか、王太子と貴族令嬢が結ばれずに悲恋のまま終わる話とかが多くて」
「ないなら、書いて」
「――は?」
妹の唐突な無茶振りに、シルヴェストルは固まった。
「理想の恋愛小説がないなら、書けば良いのよ! そう! お兄様が、これまで恋愛小説を読み漁った読書歴のすべてを注ぎ込んで、政略結婚で夫婦となった陛下と王女が恋に落ちて幸せになる小説を書けば良いのよ!」
「十日やそこらで書けるものではないから、王と王妃が恋をして大団円になる小説を探しておくよ。それなら十日もかからないだろうしね」
十日では書けないとシルヴェストルは言ったが、まったく書けないとは言わなかった。
つまり、シルヴェストルは恋愛小説を書くことそのものはできるというわけだ。
(案外、お兄様ったらわたしに内緒で恋愛小説を書いたりしているんじゃないかしら。いつも恋愛に夢を見ていることだし、怪しいわね)
とはいえ、いまのベルティーユは兄の趣味を詮索している場合ではない。
「お願いしますね、お兄様」
あとは、どのように恋愛小説を国王に届けるかが問題だった。
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