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しおりを挟む「はぁ、文字なのに声より強いって困るなぁ……」
そう呟いて持っていた本を閉じベッドから立ち上がる。きょとんとするツーツェイに微笑みかけてから、消えかけていた蝋燭の灯火をふっと消した。明け方の僅かな日差しだけになり、少しだけ暗くなる部屋。
「ツェイ……」
(『ツェイ』? これは……私の愛称……?)
ツーツェイがそう気がついたとき、テオドールがまた手を上にかざして魔唱を唱えると頭上から眩い光が溢れて粒が落ちて部屋を照らしている。治癒の白魔術とは違うようで、怪我をしていないところも温かく包まれている。
(これはなんの魔術だろう?)
温かく優しい気持ちに包まれる気がする。それに今まで見せてもらった白魔術の中でも一番美しい。光の輝きが数倍にも違っていた。
「ありがとう、ツェイ」
――――ドクン。
その光の中で微笑むテオドールに心臓が音を立てる。たまらず胸をぎゅっと掴んで目を逸らしてしまう。
そんなツーツェイに不思議そうにしつつも『仕事があるから』と部屋から出ていった。
◇◇◇
(あの人は危ない……その気がないくせに簡単に女性を虜にする)
恋愛経験はまったくなかったが、ツーツェイは直感でそう感じていた。使用人たちとの会話の中でもそういった話はあった。テオドールが勤めている魔術省で『勘違い製造機』という彼の裏の異名があるらしい。
(私もまんまとその勘違い製造機に製造されつつある?)
いや、いけない。彼は誰も愛することはないのに……そう、むっと顔をしかめて釜で焼いている昼食用のパンの焼き加減をみる。
ツーツェイの焼くパンは好評で使用人たちの間で取り合いとなるほどの一品だった。
最近は朝の掃除をしたあとにパンを焼いて、その焼いている間は読書に勤しむのがルーティンとかしていた。熱を放つ大きな釜から離れて額から流れる汗をハンカチで拭く。外を見れば暑い季節に変わっていて、虫の鳴き声が響いている。
「ツーツェイ様、どこかお出かけになりますか?」
外をじっと眺めていたせいか、隣でパンを焼くのを手伝ってくれていた執事のリチャードがそう提案してくれる。
(どこか……だとしたら、魔術省に行ってみたいかも)
その提案にふとそう思う。魔術省は見たことがなかったが、テオドールが働いていることは知っている。国の魔術師たちが集まるところで一度は見てみたいと興味があった。
それにテオドールから『職場には婚約したことを伝えてある』と言われていた。ならば魔術省に行っても不審がられることはないだろう。それに……。
――――『勘違い製造機』
との異名がついているから、ツーツェイがパンを焼いている、いまこの時もテオドールは魔術省で女性を虜にしているかもしれないと思う。白魔術師の女性の割合は八割であり、女性の多い職場だということも知っていた。
むむっとまた顔を顰めてしまう。なぜ自分はこんなに苛立っているんだろうとその感情に首を傾げる。そんな気持ちが悪い感情に急かされるように、カリカリとボードのペンを走らせた。
『魔術省にパンを持って行ってもいいでしょうか?』
その一文にいつも冷静沈着なリチャードの瞳が少しだけ開かれる。
『だめですか? 魔術師以外が入ることは許されていませんか?』
「いえ、婚約者であれば入ることはできます……ですが……」
なら入れる?とぱぁっと顔を綻ばせたツーツェイとは逆にリチャードの表情がみるみると曇っていく。
「ツーツェイ様。やはり今日は暑いので屋敷でゆっくりなさってください」
『暑くありません、慣れてます』
「だめです。倒れられても困ります。せっかく心配がなくなるほど元気になられたのに」
(ん~、心配性だな。リチャードは)
本来であれば、リチャードの頑なに魔術省に行かせないようにしてくるのを不審に思うところだがポジティブなツーツェイにはそれがわからなかった。ただ単純にリチャードが自分の心配をしているだけだと思うのみ。
『わかりました。部屋で本を読んでおります』
そうボードに書けば、リチャードが安心したように笑う。そんなリチャードに罪悪感を抱きつつも笑顔を返した。
(ふふっ、このパンを持っていけばテオドール様や他の魔術師の方に喜ばれるかも)
焼きあがったパンに群がる使用人たちの間をすり抜けて厨房から出て、自分の部屋とは逆の裏口へと向かった。
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