勇者と魔王の明るい農村計画―最強魔王は最弱になり、勇者と共に開拓する―

灰色人

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勇者と魔王のダンジョン攻略4

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 噛み砕いた破片が口の中へと消えた。

「まあ、本当はなこんな所で姿をさらす気などなかったんだが……」

 闇に包まれていくルシアの体長は膨れ上がる。魔力による衣服の変換。

「仕方がないな……」

 野太く、そして力強い慟哭が響いた。まるで竜に睨まれるかのように、ヴォーパルバニーは萎縮する。

 地面に深く埋もれる重厚な足と爪。バキバキと肩を鳴らしながら、ルシアはヴォーパルバニーへと近づいていく。

 ――足りないな……封印される前の十分の一程度か……。

 二本の角と一対の黒い翼。封印されて全盛期の力にまったく及ばないが、それでも他を圧倒するには十分すぎる魔力だ。

「魔王……様?」

 呟くようなクレアの一言がルシアの翼が開く音でかき消された。

「おい、野うさぎ……なんでお前、人間界にいる?」

 一歩踏み出す。その一歩で周りの空気が重くなり、周りの岩肌はパラパラと地面へと落ちていく。

 ヴォーパルバニーの足がすくみ、ガタガタとゆれ始める。

「俺が聞いている、答えろ」

 再び一歩歩みを進める。紅い瞳孔が細くなり、ヴォーパルバニーの体が、圧力に耐え切れずに地面へと崩れた。

「なんだ? 答えられないのか?」

 更に一歩、ルシアは地面に踏みしめる。ヴォーパルバニーが更に地面へとめり込んでいく。

 それは圧倒的な力の象徴といわれる魔王然とした姿だった。

「ん……?」

 そうして、ひれ伏させてからヴォーパルバニーの異変に気がつく。

「なるほど……やってくれるな人間……」

 そういいながら、ルシアは目の前にひれ伏すヴォーパルバニーの首を掴んで起こしあげる。すでに気絶しているようで、口の端から泡を吹いて痙攣していた。

 ヴォーパルバニーの首についていた首輪をいともたやすくルシアは自らの爪で切って外す。

「こいつが原因みたいだな……」

 いいながら、ヴォーパルバニーを地面へと降ろして首輪をまじまじと見つめる。

 シンプルなデザインの赤い色をした首輪だが、その真ん中には紫色の宝玉があしらわれている。

「――ッ! もう時間切れか……」

 体から魔力が抜け落ちていく感覚を覚えて一瞬で先ほどまでの人間の姿に戻ってしまったので、仕方なく弓も閉まう。

 ――ひとまず大丈夫だろう。

「ま、魔王様……」

 ふと、後ろから恐々とかけられた声に振り返ると、小刻みに震えながらクレアが立っていた。

「どうした?」

 何気なく、先ほどまでと同じように返した瞬間、急にクレアは地面に片膝をついて下を向く。どこかの国の岸のようだが、その顔は見るまでもなく恐怖に怯えていた。

「ぃ、今までのご無礼、誠に……誠に申し訳ございませぬ。不詳この命を持って償わせていただく所存です!」

 そう言いながら、どこからか取り出した短刀で自分の腹を突き刺そうと勢いよく振りかぶる。

「待て待て待てっ!」

 ――いったい何をする気だ。

 内心でため息をつきながら、必死に今にも自分を殺そうとしているクレアの腕に飛び掛る。

「やめてくださいませ魔王様っ! 魔王様への口の聞き方、わらわはわらわが許せませぬっ!」

 しかし、やはり魔力で強化されていない体はクレアの手を止めるどころかクレアが自分の腕を振り回すたびに、つられてからだが揺られてしまう。

「ちょっ……ちょっとまっ、腕……止めて……お願い……」

 取り乱してクレアが揺れるたびに体ごと揺られてしまうルシアの顔面は真っ青になっていた。

「本当に……もう……む……り」

 勢いよく振り回されて腕も吐き気も限界になったルシアは舞った。朝食べた胃の中身を吐き出しながら、岩肌に叩きつけられる。

「魔王様っ!」

 ルシアが岩に叩きつけられて目を回したことでようやく正気を取り戻したクレアが、慌ててルシアの元へと駆け出していく。

「むり……本当に無理……」

「申し訳ありませぬ。わらわが主……」

 目を回したルシアの傍らで、クレアがその頭を膝に乗せてちょこんと座る。

「ですが、ようやく見つけましたぞ」

 そっと、ルシアの額で口付けを落とすクレアに気がつかないまま時間は過ぎていった。

 ※

「あれ……気を失っていたか……」

 ――どれくらいたった……あれ、やわらかい?

 目の前に見えるクレアの顔を見て、ルシアは岩肌に叩きつけられたことを思い出して、首をまわして確認する。

「おい……この感触って」

 前にも一度同じような感覚を味わったことを思い出して、その場から立ち上がる。

「ようやく起きましたか、わらわの主様」

「何だよわらわの主様って!」

 出会ってから今までの態度と激変したクレアの態度を怪しみ、クレアに対してルシアは怪訝な表情を向けるた。

「魔王様、わらわの願いは聞いていたでありましょう?」

「聞いてたけどさ……」

 言いながらばつが悪そうに顔を背ける。

 ――使っちまった……。記憶を消しておいたほうが言いか……。

 後ろ手にポケットの中に入れたままにした小瓶の中のものをひとつ手にとってすぐに口に入れられる体制を整える。

「大丈夫なのじゃ。この事は他言いたしませぬ」

 ――正直、信じることはできない。

 自分を裏切った魔族の一員だ。信じられるわけがない。

「わらわは魔王様に……」

 ――だが、本当にそうだろうか。本当に信じることはできないだろうか。

 一度だけ、救いの手を差し伸べてくれたユノと同じように信じてみよう。もし、何かあったとしてもこの薬があれば何とでもなる。

「わかった。このことを他言したら、本当の絶望を味わわせる」

 その一言で十分だろうと、ルシアはクレアに対して突きつけるようにはき捨てる。

「はいっ! 感謝いたしますわらわの主様」

「ここまではいいとして、問題はそこじゃないんだよな」

 ルシアはちらりと転がっているヴォーパルバニーに目を向ける。白い体毛に転がったせいで見える小さく丸い尻尾。どうみても魔族で、それをどうしようかと悩む。

「起きるみたいですぞ、わらわの主」

 かすかに目が動いたことをクレアは見逃さなかったようだ。

「ん……っ、ぁ……?」

 目を覚ますと同時に大人の体つきだったヴォーパルバニーの姿が煙を上げて小さくなっていく。着ていたものはそのままで体だけが小さくなる。

「ぁ……れ……?」

 完全に目を覚まして起き上がった姿は、どうにも子供じみた容姿だ。人間の少女にウサギの耳と尻尾が生えた灰色の少女。一部は体毛が生えているが、ほとんど人間と大差ない。

「ま、魔王様!? も、申し訳ございません……私も混乱していて……あのっ! そのっ!」

 だいぶ混乱しているようで、言葉がうまく出てこないヴォーパルバニーにルシアはやれやれとため息をつく。

「キャッ!? わ、私……は、裸っ! 魔王様、見ないでくださいなのですっ!」

 唐突に自分の状況を理解したのか、ヴォーパルバニーは自分の体を両手で隠し始めた。

「どういうことじゃヴォーパルバニー?」

「原因はコレだな」

 そう言いながらルシアは目の前に転がっている首輪を拾い上げる。先ほどヴォーパルバニーから外した首輪だ。

「それは何でございますか?」

 ヴォーパルバニーに関心をなくして、嬉々として目を輝かせながらこちらに詰め寄ってこようとするクレアの頭を抑えて距離を離す。

「落ち着けっ! これは恐らくだが、魔族を強制的に従わせる道具だな……この真ん中についている魔石にインプットされた内容を実行するようにできている。この様子を見る限りだと、その間の記憶も残っているようだがな」

「ふむ……魔王様の言っていることは本当かのヴォーパルバニー?」

「はい……その通りです。首輪をかけられた瞬間、殺さなければという衝動のようなものに駆られたのです……」

 ヴォーパルバニーの言葉を聴いて、ルシアは首をかしげる。

 ――人間が使うダンジョンに強制的に殺戮衝動を植えつけられた魔族……どうにもきな臭いな。

「そち、名前はなんと申す」

「はい、私はヴォーパルバニー族のアリスと申します……です」

「そうか、アリス。では少し質問をしていいか?」

「はっ、はいっ! 何でもお答えいたします」

 あわあわと慌てるしぐさをしながらもルシアのほうをしっかりと向くアリスにルシアも同じように真剣に見つめる。

「この首輪は誰にかけられたか覚えているか?」

「覚えていないのです……でも、あの靴は人間だったと思うのです……」

「じゃあ、次の質問だ。この死体はアリスがやったのか?」

 未だに奥のほうで転がっている死体を指差しながらルシアが問うとぶんぶんと勢いよくアリスが首を振った。

「違うのです。ここに来たのは昨日なのです……この手の血は、自分の拳が岩にぶつかった時に切れたものなのです……」

「なるほどな」

 ルシアはアリスの言葉に目を細める。本当か嘘か、それを見抜くよりもやらなければ行けないことがある。

 ルシアは着ていた上着をアリスにかけた。
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