勇者と魔王の明るい農村計画―最強魔王は最弱になり、勇者と共に開拓する―

灰色人

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勇者と魔王の村作り4

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 翌朝、ルシアは一人でベルディアを尋ねるために、街へと来ていた。

 まだ早朝だが扉の中からは人の気配がするが、コンコンと扉を叩いたところでギルドからの返答はない。ルシアはユノが前回扉を開けた時にノックをしていなかったことを思い出して、扉を無造作に開けた。

「おい、ベルディアいるか?」

「なんだい……ユノのところの新米冒険者じゃないか、朝っぱらから騒がしいね」

 ぶっきらぼうなルシアの態度に、何も感じていないような表情で頭を掻きながら奥の部屋からベルディアが顔を出す。

 どうやら、疲れ気味のようで目の下にクマを作り、若干だが肌も荒れているように見える。

「本を読ませてもらおうと思ってな」

「こんな朝っぱらから来ることもないだろ……」

 冷やかな視線を浴びせながらも、こっちへ来いと言うようなジャスチャーでルシアを奥の部屋へとベルディアは招き入れてくれた。

「わざわざ、こんな時間に来るんだ。大事な用件なんだろ?」

 前回来た時と同じ椅子にルシアが腰掛けたのを確認して、目の前の机の上にベルディアは水をコップに汲んで置くと怪訝な表情でルシアを見る。

「大事だな。家を作りたいんだが、その関係の知識が乗っている本が読みたくてな」

「んな大層な用事じゃないじゃないか……あたしだって忙しいんだよ……」

 真っ赤な髪の毛を撫でながら、ベルディアはルシアに対して抗議するような視線を向ける。

 よく見れば、髪もボサボサで寝起きと言われても納得してしまいそうだ。

「大事だ。こっちは家が作れなければ、野ざらしの平原で毎日を過ごさないといけないからな」

「はぁ? 何で……」

 ルシアの言葉にベルディアの顔が再び変化して、呆れたような表情を作る。

「何でと言われても……」

 村を作っている最中だからとしか答えられないがという続きの言葉を飲み込んで、ベルディアの言葉の続きを待つ。

「いや、昨日ダンジョン討伐のお金結構あったでしょ? 何に使ったの宿で止まってないの? まったく、何をしているんだいあの娘は……」

 額に手の甲を当てて、暗い表情になるベルディアを変な奴だなと置かれたコップの中の水を飲み干した。そこでふと前回来たときの会話を頭の中で反芻して思い出したようにルシアは口を開く。

「ベルディア。ユノが村を作ろうとしていること、知っているか?」

 そもそも根本的な部分を知っていないのではないかと思い尋ねてみた。

「なんだいそりゃ……あの娘そんなことしようとしているのかい?」

「やっぱりか……」

 どおりでどこかしら会話がかみ合わないわけだとルシアはため息をつく。

「それでも、家を一軒建てるくらいだったら大工でも雇った方がいいじゃないかい?」

「今後も家を建ててくことになるかもしれない。技術は持っていて悪いことはないだろう」

 ――魔族がいるからまず無理だが。

 人を雇う案も考えてはいたが、正直今はヴォーパルバニーのアリスがいる状況で数日間家を建てるという名目でも何も知らない人間がくるのはまずいだろうとルシアは考えた。

「そりゃ、そうだね。まったく、ユノのパーティーメンバーなのにあんたとあのお嬢ちゃんはやっぱりどこか違うね」

「違う?」

 何の事だと思い、ルシアが首をかしげた。ユノの元々の話など聞いたことがなかったからだ。

「聞いてないのかい?」

「何の事だ?」

「あの娘は勇者だった。それは知っているよね?」

 ベルディアの言葉に肯定を伝えるために、ルシアは首を縦に振る。

「別に面白くもない有名な話なんだが、あの子の元々のパーティーメンバーはそれはそれは個性派ぞろいでね。基本的には狂戦士ぞろいだったんだよ、中でもあの娘が一番狂っててね……」

「狂ってた?」

 今のユノのイメージから縁遠い言葉を聞いてルシアは先ほどと同じように首をかしげる。

「敵の攻撃を受けても一切怯まないんだよ。そして、返り血まみれになって帰ってくるもんだから、ついた通り名が”血染めの勇者アルトリーゼ”って言ってね、恐怖の対象だったわけ」

 そこで一旦言葉を区切って、ベルディアもルシアと同じように手に持っていたコップから水を一口口の中に含む。

「こんな逸話があってね……王国騎士団との御前試合をしたときの話さ。本当は騎士団長とあの娘の一騎打ちのはずだったんだけど、騎士団員が自分たちも倒せないようならば、勇者の資格なしと言うことで百数十人の騎士団員に一斉に戦いを挑まれたんだ。もちろん、その中に騎士団長もいたわけなんだけどね。観客たちは思った、この人数では例え勇者だとしても無事では済まないだろうってね」

 再び、ベルディアは水を一口飲む。

「だけど、終わってみれば酷い有様だったよ、数多あまたの騎士団員を再起不能にした上でその返り血を浴びて、その死屍累々の騎士団員の山の上であの娘は王様に笑いかけていたんだ。身震いしたよあたしは……勇者じゃなくて死神を呼んでしまったのではないかってね」

「そんなことは……」

 出会ってから今までの間で、ユノ自身がそんなことをするような人間にルシア自身思えなかった。

「話はそれだけじゃないよ。騎士団員のほとんどが腕と足の骨を折られた上で何か所も斬りつけられている。反撃したところで、剣を素手で掴まれて地面に転がされて……ってな、文字通り、虫の息の状態だった。ほとんどの騎士団員があの娘に恐怖してしまって騎士団を脱退してしまった。精鋭と言われた王国騎士団がたった一人の少女ゆうしゃ相手に壊滅したんだ」

 そう言って話しはじめたベルディアの言葉にルシアは身震いを起こした。さすがに魔王と言われた自分でもそこまではしない。

「怖すぎるだろ勇者っ!」

 思わず席から立ち、声を荒げてしまう。よくよく考えてみれば、ユノと合流した際に返り血だらけだった事を思い出し、ルシアは若干だが納得した。

「まあ、雑談はこれくらいでいいだろう。本を持ってくるから待ってな」

 立ち去っていくベルディアの背中を目で追いかけながら、ルシアは以前にユノが行っていたことを思い出す。

 ――私は戦いしか知らないからとか言ってたな……。

 その言葉の裏にどんな意図があるのかルシアは知らないが、ルシア自身は面倒を見てくれているユノに感謝をしていた。自分に危害が加えられなければ、何も知らない人間よりもユノを優先するだろう。

「待たせたね……」

 そうこう考えている間にベルディアが両手に大量の本を抱えて戻ってきた。

「多いな」

 簡単に数えただけでも二十冊くらいはありそうだ。どこにそんな力があるのだろうかとも思ったが、ルシアは今は気にしないことにしてベルディアが机の上に置いてくれた本に手を伸ばす。

 パラパラとページをめくりながら、できるだけ詳細に頭の中へと内容をたたき込んでいく。

「それにしても良くやるね……あの娘に惚れたのかい?」

「何を馬鹿なことを」

 本を読む手を止めることなく、ルシアはベルディアの軽口をいなす。

「でも、そんくらいしかあの娘にあんたみたいな真人間が協力するような理由が見当たらなくてね」

「命の恩人だからだ。別に惚れてるとかそういうわけじゃない」

 読み終えた一冊目を空いているスペースに置きながら、ルシアは何でもないようにベルディアに返す。

「命の恩人か……」

 どこか含みのあるベルディアの言葉を耳にいれながら、部屋に入ってくる恐らくギルドの職員にあいさつをする。

 そろそろ仕事が始めるようだ。

「いいのか、ここにいて」

「本はここから持ち出せないからね。いいよ別に」

 入ってきた職員が自分の椅子につき、作業するのを眺めながらルシアは水を手にとって口の中に流し込んだ。
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