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真夜中にだってお仕事です(4)
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クロノさんの敬語は、小学生の私にもわかるくらい無茶苦茶だ。もう少し丁寧にすればいいのにと言うと、最近では丁寧すぎると逆に怪しまれてしまうと返ってきた。そんなものなのだろうか。
なんてことのない仕事の話のはずなのに、クロノさんが少しその話題を避けようとしているようにも見えてそれ以上は聞けなかった。
お姉さんは腕を組んだまま私たちを交互に見る。
「でもその子、小学生でしょ。こんな時間に小学生の女の子を連れまわすなんて、あなた……まさか……」
お姉さんの言葉の続きが分かったのか、クロノさんが露骨に顔をしかめる。悪口はよく聞こえる耳を持っているらしい。
確かに私はランドセルを背負っているし、そんな子がスーツの男の人といたら誰だってそういうそうぞうをしてしまうだろう。こういう時、大人が変に弁解すると自体がややこしくなることもよく知っている。
「あの、お姉さん。私、大丈夫です。クロノさんは悪い人じゃないので」
「でも、今は夜中よ! 夜中に小学生を連れ出すなんて……」
あんまり、自分では言いたくないのだけれど。
「私はもう死んでいるので大丈夫です! 幽霊は夜に行動するのが普通でしょう」
さっきクロノさんに言われた言葉を使うと、お姉さんはそうなのと言って眉を下げた。
心底同情するように私のほうを見て、可哀想にと口を開く。
「辛いでしょう。こんな小さいのに、死んじゃうなんて……。私にもあなたくらいの娘がいたの。あなた、お名前は?」
「こよみです。七瀬こよみ」
「こよみちゃんね、今は四年生くらい?」
「五年生でした」
自分の学年を過去形で言う日が来るなんて思ってもいなかったけれど、自然としっくりくる。名前をちゃんと呼ばれるのが久しぶりで、なんだか少し違和感があった。
「私の娘は六年生なんだけどね、中学の受験を控えているの。とってもいい子なのよ。よく勉強するし、いつも気を使ってくれてね。まあ、ちょっと先走りやすいから、心配ではあるんだけど」
お姉さんは本当に楽しそうに、愛しそうに娘の話をしてくれた。聞いている途中でクロノさんのほうを見ると、腕を組んで時折頷いている。
「ああ、でもね」
突然だった。
「えっ! うそ、どこに……」
さっきまで話をしていたお姉さんが、一瞬で光の玉になって消えた。自分からいなくなったというわけじゃない。文字通り、消えたのだ。クロノさんは、信じられないというように細い目をカッと見開いている。ぱちん、と聞きなれた音が鳴る。
「案内完了です」
か細くて、芯のある声が空間を震わせた。ほぼ同時に振り向くと、黒いランドセルを背負った男の子がドアの前に立っていた。
背丈は私より少し低くて、肩より少し短めのストレートヘアーがさらりと揺れているる。まるで糸みたいな黒髪をかき上げた。形のいい薄い唇は健康そうな桃色だ。ぱっちり二重の大きな目がが何度かゆっくりと開閉した。
それはもう、とんでもなく綺麗なの。女子の視線を独り占めしちゃうんじゃないかってくらい。クロノさんがイケメンだとしたら、この子は美人という感じだ。
「どうしました、レイ。何かありましたか?」
その後ろからコツコツという足音とともに、地を這うような声が聞こえてきた。クロノさんが、身構える。レイと呼ばれた少年が、振り向いてサッと膝をついた。
「アカツキ様。案内が完了いたしました」
暗闇から姿を現したのは、クロノさんと同じスーツを身にまとった男の人だった。燃えるような赤い髪が目を引く。レイくんと同じく、綺麗な顔をした人だ。
「アカツキ、お前なんでここに……」
「クロノさん、知り合いなの?」
アカツキさんは私たちを見ると、面白い物でも見つけたかのように顔を変えた。笑顔なんて物じゃないです。もう歪んでいると言ったほうが正しい。
「おやおやおやおやクロノではないですか。このようなところで何を?」
「何を、じゃねえよ。ここはうちの担当地区だ」
「そうは言いましても、こちらの業績が良くないようではないですか。協力しましょう、同じ閻魔補佐として……ああ、違った。閻魔見習いでしたっけ、あなたは」
いきなりでてきてなんなのこの失礼な人は。
内容はわからないけれど、クロノさんのことを悪く言っているってことだけはわかるよ。ちょとムカついちゃう。言い方はすごく丁寧なのに、するどいトゲがあるみたい。
アカツキさんは私なんて見えていないみたいに、話を続ける。
「ここにはあと三、四個のたましいがありそうですからね。私は先を急がせていただきます。行くぞ、レイ」
「はい、アカツキ様」
部屋を出て行くアカツキさんの後を、立ち上がったレイくんが追った。残された私たちは、自然と顔を見合わせる。少し気まずそうなクロノさんは、言葉を選んでいるようで、先に口を開いたのは私だった。
「さっきのお姉さん、きっと娘さんのことで何か未練があったんだろうね」
「ああ」
「最後までお話聞いてあげたかったね」
「そうだな」
私の奥を見つめて気のない返事をするクロノさんの前で、ぱんっと手を叩く。
「っ! お前!」
「やっとこっち見た!」
目を丸くして不快感をあらわにされたけど、不快なのはこっちのほうです。ずっと待ってたけど、もう我慢の限界。
「クロノさん、なんにも話してくれないじゃん。さっきの人、アカツキさんだっけ、すごく嫌なことを言っているのはわかったけど、内容は全然わかんないっ」
「お、おいヨミ、ちょっと落ち着けよ……」
なんてことのない仕事の話のはずなのに、クロノさんが少しその話題を避けようとしているようにも見えてそれ以上は聞けなかった。
お姉さんは腕を組んだまま私たちを交互に見る。
「でもその子、小学生でしょ。こんな時間に小学生の女の子を連れまわすなんて、あなた……まさか……」
お姉さんの言葉の続きが分かったのか、クロノさんが露骨に顔をしかめる。悪口はよく聞こえる耳を持っているらしい。
確かに私はランドセルを背負っているし、そんな子がスーツの男の人といたら誰だってそういうそうぞうをしてしまうだろう。こういう時、大人が変に弁解すると自体がややこしくなることもよく知っている。
「あの、お姉さん。私、大丈夫です。クロノさんは悪い人じゃないので」
「でも、今は夜中よ! 夜中に小学生を連れ出すなんて……」
あんまり、自分では言いたくないのだけれど。
「私はもう死んでいるので大丈夫です! 幽霊は夜に行動するのが普通でしょう」
さっきクロノさんに言われた言葉を使うと、お姉さんはそうなのと言って眉を下げた。
心底同情するように私のほうを見て、可哀想にと口を開く。
「辛いでしょう。こんな小さいのに、死んじゃうなんて……。私にもあなたくらいの娘がいたの。あなた、お名前は?」
「こよみです。七瀬こよみ」
「こよみちゃんね、今は四年生くらい?」
「五年生でした」
自分の学年を過去形で言う日が来るなんて思ってもいなかったけれど、自然としっくりくる。名前をちゃんと呼ばれるのが久しぶりで、なんだか少し違和感があった。
「私の娘は六年生なんだけどね、中学の受験を控えているの。とってもいい子なのよ。よく勉強するし、いつも気を使ってくれてね。まあ、ちょっと先走りやすいから、心配ではあるんだけど」
お姉さんは本当に楽しそうに、愛しそうに娘の話をしてくれた。聞いている途中でクロノさんのほうを見ると、腕を組んで時折頷いている。
「ああ、でもね」
突然だった。
「えっ! うそ、どこに……」
さっきまで話をしていたお姉さんが、一瞬で光の玉になって消えた。自分からいなくなったというわけじゃない。文字通り、消えたのだ。クロノさんは、信じられないというように細い目をカッと見開いている。ぱちん、と聞きなれた音が鳴る。
「案内完了です」
か細くて、芯のある声が空間を震わせた。ほぼ同時に振り向くと、黒いランドセルを背負った男の子がドアの前に立っていた。
背丈は私より少し低くて、肩より少し短めのストレートヘアーがさらりと揺れているる。まるで糸みたいな黒髪をかき上げた。形のいい薄い唇は健康そうな桃色だ。ぱっちり二重の大きな目がが何度かゆっくりと開閉した。
それはもう、とんでもなく綺麗なの。女子の視線を独り占めしちゃうんじゃないかってくらい。クロノさんがイケメンだとしたら、この子は美人という感じだ。
「どうしました、レイ。何かありましたか?」
その後ろからコツコツという足音とともに、地を這うような声が聞こえてきた。クロノさんが、身構える。レイと呼ばれた少年が、振り向いてサッと膝をついた。
「アカツキ様。案内が完了いたしました」
暗闇から姿を現したのは、クロノさんと同じスーツを身にまとった男の人だった。燃えるような赤い髪が目を引く。レイくんと同じく、綺麗な顔をした人だ。
「アカツキ、お前なんでここに……」
「クロノさん、知り合いなの?」
アカツキさんは私たちを見ると、面白い物でも見つけたかのように顔を変えた。笑顔なんて物じゃないです。もう歪んでいると言ったほうが正しい。
「おやおやおやおやクロノではないですか。このようなところで何を?」
「何を、じゃねえよ。ここはうちの担当地区だ」
「そうは言いましても、こちらの業績が良くないようではないですか。協力しましょう、同じ閻魔補佐として……ああ、違った。閻魔見習いでしたっけ、あなたは」
いきなりでてきてなんなのこの失礼な人は。
内容はわからないけれど、クロノさんのことを悪く言っているってことだけはわかるよ。ちょとムカついちゃう。言い方はすごく丁寧なのに、するどいトゲがあるみたい。
アカツキさんは私なんて見えていないみたいに、話を続ける。
「ここにはあと三、四個のたましいがありそうですからね。私は先を急がせていただきます。行くぞ、レイ」
「はい、アカツキ様」
部屋を出て行くアカツキさんの後を、立ち上がったレイくんが追った。残された私たちは、自然と顔を見合わせる。少し気まずそうなクロノさんは、言葉を選んでいるようで、先に口を開いたのは私だった。
「さっきのお姉さん、きっと娘さんのことで何か未練があったんだろうね」
「ああ」
「最後までお話聞いてあげたかったね」
「そうだな」
私の奥を見つめて気のない返事をするクロノさんの前で、ぱんっと手を叩く。
「っ! お前!」
「やっとこっち見た!」
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「お、おいヨミ、ちょっと落ち着けよ……」
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