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真夜中にだってお仕事です(6)
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足音をあまり立てないように気を付けていると、かたり、と物音が響いた。聞き逃しちゃいそうなくらい小さな音だった。
私が立ち止まると、クロノさんが不思議そうな顔をして振り返る。
「クロノさん、今の音聞こえた?」
「音? どこからだ」
「後ろからだと思う」
振り向いてみると、廊下の両サイドに二つの部屋が並んでいる。恐らく診察室だろう。どっちから聞こえたものかわからずに首を傾げると、クロノさんはでかしたと言った。
「右と左、どっちからかはわからないんだな?」
うん、かすかに後ろから聞こえただけだもの。クロノさんには聞こえなかったのかな。
「どうする? どっちから入る? 手分けするか」
「手分けっ? 何かあったらどうするの!」
「ばっか! 大声をだすな! 冗談だ!」
クロノさんの手が私の口をふさぐ。
手、でっか。なにこれ、私の顔全部つつめちゃうんじゃないの。
「ク、クロノさんだって大きい声だよ……」
「あ、おう……」
もごもごとそういうと、確かにという顔をする。それをじっと見ていると、こっちを見るなとおでこを押された。物音は、もう聞こえない。
「今ので逃げられたかな」
「行ってみなきゃわかんねえな。どっちだと思う?」
「え、ええ、わからないよっ」
「勘でいい。ヨミはどっちにいると思う?」
うーん、勘でいいって言われても。自慢じゃないけど、私はくじ運はあまりよくないほうなんだよね。席替えとかでも、なんかやたらと前の方になっちゃたり、体育のペアをつくるくじもあまって先生とになっちゃったり。そんなはずれくじを引くのって逆に珍しいと思うよ。
「何ブツブツ言ってんだ。で、どっちだ。右か、左か」
「み、右!」
根拠はないけど、なんとなく。左じゃないよって言う感じはする。
クロノさんは私の返答を聞くとすぐに歩き出した。
「よし、右から行くぞ。扉開けろ」
いやいや、私はいいですよ。クロノさん、お先にどうぞ。
「ヨミ、お前押し付けてるだろ」
「とんでもない。先輩を立ててるんです。なんだっけこういうの、ねんこーじょれつ?」
「お前のそれはちげえだろ」
クロノさんがブツブツと文句を言いながら扉を開ける様子を、少し離れて眺める。最初の仕事の突風が余りにも怖くて、誰かが扉を開けるときは離れるようになってしまったのだ。
今回は、何もなかったらしい。少ししても静かであることを確認して、クロノさんに近付く。
「誰かいました?」
「ビンゴだ、ヨミ」
クロノさんの後ろから顔をのぞかせる。最初にここに来た時と同じような診察室だ。違うところはデスクの上が比較的綺麗だというところだろう。それと、ベッドに腰かける小さな男の子が一人。私たちを見て、怯えたように目を丸くしている。
「どうだ?」
「小さい、男の子。多分、小学校にも行ってないくらい」
小声で聞いてくるクロノさんに答えると、彼は頷いて歩み寄ろうとした。
「来ないで!」
金切り声が響いて、クロノさんが足を止める。彼にもはっきりきこえるほどの叫びだったのだろう。
「やだ! 来ないで! 食べないで! やめて!」
男の子は手足をじたばたとさせて、身体全体で私たちを拒絶する。
「私達、怖くないよ。落ち着いて?」
「やだ! 食べるんでしょ! やだよ!」
「食べるってなんのこと? ねえ、お願い、落ち着いてよ」
いくら落ち着けようとしても聞く耳を持たない。それどころか時折耳をおさえたくなるよな叫び声をあげる。子供の癇癪そのものだ。こういう子供を、スーパーのお菓子売り場で見たことがある。
私がどうすることもできずにいると、クロノさんが男の子に向かって歩き出した。叫び声はますます大きくなる。正面に立ったクロノさんが、彼の頭より少し上くらいに掌を動かした。
「頭、この辺か?」
「もう少し下だよ」
「ここか」
スイカ割りみたいに、私の指示を聞いて男の子の頭に手を置く。それから、しゃがんで目線を合わせるようにした。クロノさんには光の玉にしか見えていないはずなんだけれど、本当に合っているみたいに思える。
「足、怪我してるのか?」
「え……?」
いきなりそう聞かれて驚いたのか、男の子は、クロノさんを見て泣くのも忘れたようにぽかんと口を開ける。
「いやだって言うくせに、全然逃げないから」
「あのね、僕ね、動けないの……動けないの……」
男の子がか細い声でそう答えた。上手く聞き取れなかったらしく、クロノさんが目線で助けを求めてくる。タマジョは、閻魔見習いの通訳係でもあるのかもしれない。同じようにして男の子の正面に座った。
「あなたは動けないんだね。お名前は?」
「けーすけ」
「けーすけくんか、教えてくれてありがとう。私はこよみ。このお兄さんはクロノさんだよ」
「……けーすけっていうんだな、クロノだ」
できるだけ自然にクロノさんに情報を与えると、彼は優しく微笑んだ。最初に見た意地悪な笑顔と比べて、ずいぶんと優しい。なんていうんだっけ、こういうの。憑き物が落ちた、って感じ。
私が立ち止まると、クロノさんが不思議そうな顔をして振り返る。
「クロノさん、今の音聞こえた?」
「音? どこからだ」
「後ろからだと思う」
振り向いてみると、廊下の両サイドに二つの部屋が並んでいる。恐らく診察室だろう。どっちから聞こえたものかわからずに首を傾げると、クロノさんはでかしたと言った。
「右と左、どっちからかはわからないんだな?」
うん、かすかに後ろから聞こえただけだもの。クロノさんには聞こえなかったのかな。
「どうする? どっちから入る? 手分けするか」
「手分けっ? 何かあったらどうするの!」
「ばっか! 大声をだすな! 冗談だ!」
クロノさんの手が私の口をふさぐ。
手、でっか。なにこれ、私の顔全部つつめちゃうんじゃないの。
「ク、クロノさんだって大きい声だよ……」
「あ、おう……」
もごもごとそういうと、確かにという顔をする。それをじっと見ていると、こっちを見るなとおでこを押された。物音は、もう聞こえない。
「今ので逃げられたかな」
「行ってみなきゃわかんねえな。どっちだと思う?」
「え、ええ、わからないよっ」
「勘でいい。ヨミはどっちにいると思う?」
うーん、勘でいいって言われても。自慢じゃないけど、私はくじ運はあまりよくないほうなんだよね。席替えとかでも、なんかやたらと前の方になっちゃたり、体育のペアをつくるくじもあまって先生とになっちゃったり。そんなはずれくじを引くのって逆に珍しいと思うよ。
「何ブツブツ言ってんだ。で、どっちだ。右か、左か」
「み、右!」
根拠はないけど、なんとなく。左じゃないよって言う感じはする。
クロノさんは私の返答を聞くとすぐに歩き出した。
「よし、右から行くぞ。扉開けろ」
いやいや、私はいいですよ。クロノさん、お先にどうぞ。
「ヨミ、お前押し付けてるだろ」
「とんでもない。先輩を立ててるんです。なんだっけこういうの、ねんこーじょれつ?」
「お前のそれはちげえだろ」
クロノさんがブツブツと文句を言いながら扉を開ける様子を、少し離れて眺める。最初の仕事の突風が余りにも怖くて、誰かが扉を開けるときは離れるようになってしまったのだ。
今回は、何もなかったらしい。少ししても静かであることを確認して、クロノさんに近付く。
「誰かいました?」
「ビンゴだ、ヨミ」
クロノさんの後ろから顔をのぞかせる。最初にここに来た時と同じような診察室だ。違うところはデスクの上が比較的綺麗だというところだろう。それと、ベッドに腰かける小さな男の子が一人。私たちを見て、怯えたように目を丸くしている。
「どうだ?」
「小さい、男の子。多分、小学校にも行ってないくらい」
小声で聞いてくるクロノさんに答えると、彼は頷いて歩み寄ろうとした。
「来ないで!」
金切り声が響いて、クロノさんが足を止める。彼にもはっきりきこえるほどの叫びだったのだろう。
「やだ! 来ないで! 食べないで! やめて!」
男の子は手足をじたばたとさせて、身体全体で私たちを拒絶する。
「私達、怖くないよ。落ち着いて?」
「やだ! 食べるんでしょ! やだよ!」
「食べるってなんのこと? ねえ、お願い、落ち着いてよ」
いくら落ち着けようとしても聞く耳を持たない。それどころか時折耳をおさえたくなるよな叫び声をあげる。子供の癇癪そのものだ。こういう子供を、スーパーのお菓子売り場で見たことがある。
私がどうすることもできずにいると、クロノさんが男の子に向かって歩き出した。叫び声はますます大きくなる。正面に立ったクロノさんが、彼の頭より少し上くらいに掌を動かした。
「頭、この辺か?」
「もう少し下だよ」
「ここか」
スイカ割りみたいに、私の指示を聞いて男の子の頭に手を置く。それから、しゃがんで目線を合わせるようにした。クロノさんには光の玉にしか見えていないはずなんだけれど、本当に合っているみたいに思える。
「足、怪我してるのか?」
「え……?」
いきなりそう聞かれて驚いたのか、男の子は、クロノさんを見て泣くのも忘れたようにぽかんと口を開ける。
「いやだって言うくせに、全然逃げないから」
「あのね、僕ね、動けないの……動けないの……」
男の子がか細い声でそう答えた。上手く聞き取れなかったらしく、クロノさんが目線で助けを求めてくる。タマジョは、閻魔見習いの通訳係でもあるのかもしれない。同じようにして男の子の正面に座った。
「あなたは動けないんだね。お名前は?」
「けーすけ」
「けーすけくんか、教えてくれてありがとう。私はこよみ。このお兄さんはクロノさんだよ」
「……けーすけっていうんだな、クロノだ」
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