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歩・五十五「迫」
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その日は、朝から妙に静かだった。
音が消えたわけではない。ただ、街の音が揃いすぎている。
人の足音、荷車の軋み、遠くの呼び声――すべてが、決められた拍子で鳴っているように感じられた。
今日は、終わらせる日だ。
そう意識した瞬間、胸の奥が重く沈んだ。
*
宿を出ると、すでにベンが待っていた。
盾を背負い、鎧の留め具を確かめている。
「来たな」
「ああ」
それだけで十分だった。
余計な言葉は、剣の切れ味を鈍らせる。
少し歩いた先で、エンカイ子爵と合流する。
その背後には、見慣れない男がいた。
「王国より派遣されました。ペヌエル・ヤコブと申します」
年齢は四十を越えているだろう。
装いは質素だが、隙がない。
剣を持たない代わりに、言葉で人を縛る男だと直感した。
その後ろには、数名の兵士。
人間だけではない。
耳の尖った者、体格の大きな者、肌の色が異なる者。
王国が本気で動いている証だった。
*
歩き出す。
街の中心へ向かうにつれ、空気が変わる。
露店は半分以上が畳まれている。
人々は通りに立っているが、誰も声を上げない。
視線だけが、こちらに集まってくる。
恐れ。
期待。
好奇心。
そのすべてが混ざった視線を浴びながら、俺は歩いた。
――俺は、何をしに来た?
復讐か。
それとも、終わらせるためか。
答えは、まだはっきりしない。
だが一つだけ分かっている。
今日は、逃げ場がない。
*
ホド伯爵の邸宅が見えてきた。
高い塀。
重厚な門。
門は、固く閉ざされている。
「……閉めてやがるな」
ベンが低く呟く。
俺は、周囲に視線を走らせた。
窓の奥、人影が動いている。
兵でも使用人でもない。
慌ただしさが、壁越しに伝わってくる。
中では、何かが進んでいる。
次の一手を考えているのだろう。
あるいは、逃げ道を探しているのかもしれない。
だが、もう遅い。
*
「伯爵は、書斎にいるはずです」
ペヌエル・ヤコブが淡々と言う。
「現在も書類に目を通しているとのことでした。
――最後まで、状況を理解しようとしているのでしょう」
最後まで。
その言葉が、妙に引っかかった。
理解したところで、もう選べる道はない。
それでも人は、紙の上に答えを探す。
俺も、同じだ。
*
門の前に立つ。
兵士が合図を送り、扉が叩かれる。
重い音が、邸宅に響いた。
中から、慌てた足音。
使用人の声。
そして、伝令が走る気配。
「エンカイ子爵が来訪された、と伯爵に伝えろ!」
誰かの声が響いた。
俺は、深く息を吸う。
影身は、静かだ。
剣も、まだ抜いていない。
だが、心は確かに前へ進んでいる。
*
――これが、追い詰めるということか。
剣を振ることじゃない。
血を流すことでもない。
逃げ道を消し、時間を奪い、選択肢を一つに絞る。
そうして、相手に“決断”を強いる。
*
門が、ゆっくりと開いた。
邸宅の中へ、一歩踏み出す。
エンカイ子爵が先頭に立ち、その背後にペヌエル・ヤコブ。
ベンと俺は、半歩下がって続く。
廊下の奥。
書斎の扉。
その向こうに、ネツァク・ホド伯爵がいる。
書類に目を通し、次の策を考え、まだ、抗えると思っている男が。
*
扉の前で、足を止めた。
ここから先は、もう戻れない。
だが――
それでいい。
「……行こう」
エンカイ子爵が言う。
その声と同時に、扉が開かれた。
音が消えたわけではない。ただ、街の音が揃いすぎている。
人の足音、荷車の軋み、遠くの呼び声――すべてが、決められた拍子で鳴っているように感じられた。
今日は、終わらせる日だ。
そう意識した瞬間、胸の奥が重く沈んだ。
*
宿を出ると、すでにベンが待っていた。
盾を背負い、鎧の留め具を確かめている。
「来たな」
「ああ」
それだけで十分だった。
余計な言葉は、剣の切れ味を鈍らせる。
少し歩いた先で、エンカイ子爵と合流する。
その背後には、見慣れない男がいた。
「王国より派遣されました。ペヌエル・ヤコブと申します」
年齢は四十を越えているだろう。
装いは質素だが、隙がない。
剣を持たない代わりに、言葉で人を縛る男だと直感した。
その後ろには、数名の兵士。
人間だけではない。
耳の尖った者、体格の大きな者、肌の色が異なる者。
王国が本気で動いている証だった。
*
歩き出す。
街の中心へ向かうにつれ、空気が変わる。
露店は半分以上が畳まれている。
人々は通りに立っているが、誰も声を上げない。
視線だけが、こちらに集まってくる。
恐れ。
期待。
好奇心。
そのすべてが混ざった視線を浴びながら、俺は歩いた。
――俺は、何をしに来た?
復讐か。
それとも、終わらせるためか。
答えは、まだはっきりしない。
だが一つだけ分かっている。
今日は、逃げ場がない。
*
ホド伯爵の邸宅が見えてきた。
高い塀。
重厚な門。
門は、固く閉ざされている。
「……閉めてやがるな」
ベンが低く呟く。
俺は、周囲に視線を走らせた。
窓の奥、人影が動いている。
兵でも使用人でもない。
慌ただしさが、壁越しに伝わってくる。
中では、何かが進んでいる。
次の一手を考えているのだろう。
あるいは、逃げ道を探しているのかもしれない。
だが、もう遅い。
*
「伯爵は、書斎にいるはずです」
ペヌエル・ヤコブが淡々と言う。
「現在も書類に目を通しているとのことでした。
――最後まで、状況を理解しようとしているのでしょう」
最後まで。
その言葉が、妙に引っかかった。
理解したところで、もう選べる道はない。
それでも人は、紙の上に答えを探す。
俺も、同じだ。
*
門の前に立つ。
兵士が合図を送り、扉が叩かれる。
重い音が、邸宅に響いた。
中から、慌てた足音。
使用人の声。
そして、伝令が走る気配。
「エンカイ子爵が来訪された、と伯爵に伝えろ!」
誰かの声が響いた。
俺は、深く息を吸う。
影身は、静かだ。
剣も、まだ抜いていない。
だが、心は確かに前へ進んでいる。
*
――これが、追い詰めるということか。
剣を振ることじゃない。
血を流すことでもない。
逃げ道を消し、時間を奪い、選択肢を一つに絞る。
そうして、相手に“決断”を強いる。
*
門が、ゆっくりと開いた。
邸宅の中へ、一歩踏み出す。
エンカイ子爵が先頭に立ち、その背後にペヌエル・ヤコブ。
ベンと俺は、半歩下がって続く。
廊下の奥。
書斎の扉。
その向こうに、ネツァク・ホド伯爵がいる。
書類に目を通し、次の策を考え、まだ、抗えると思っている男が。
*
扉の前で、足を止めた。
ここから先は、もう戻れない。
だが――
それでいい。
「……行こう」
エンカイ子爵が言う。
その声と同時に、扉が開かれた。
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