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歩・一「斬」
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草が、揺れない。
港町ダアトから北へ二十リーグ。古街道に隣接した低い丘陵地帯。
吹き荒れていた風がぴたりと止まり、空気が、裂ける前の紙のように張りつめる。
「……来たな」
アラン・ヴィルーは、そう呟くこともなく刀に手をかけた。
見渡せば乾いた草原と潰れた岩の並ぶ野地。
その向こうから、地を裂くような低い唸りが響いてきた。
――魔物。狼の姿をした、獣の理を捨てた魔力の成れの果て。
三十を超える影が、丘の斜面を這い降りてくる。
「おい、数、多くねぇか?」
巨大な盾を構えたベン・クラマックスが、肩を回して唸った。
「この数じゃ“中級”ってレベルじゃねぇだろ、これ」
「まあ……ギルドの依頼なんて、そんなもんよ」
レミエル・シグは、腰の薬袋からガラス瓶を一本取り出しながら、乾いた声で笑った。
「こいつら、魔力で身体が変質してる。完全な魔物――相当厄介」
「動きがまとまりすぎてる」
魔法使いのカサレア・アグリッパが、静かに詠唱を始めながら目を細める。
「群れの中心に、知性のある“核”がいる。多分――“統率種”」
その言葉と同時に、狼たちが動いた。
先陣の六体が牙を剥き、一直線に突撃してくる。
その奥、残りの群れが扇状に展開し、側面から回り込む動きを見せていた。
「ベン、左面を取れ。レミ、中央に爆煙を」
命令は不要だった。アランが言う前に、彼らは動いていた。
ベンが全力で駆ける。巨躯が地面を揺らし、盾が風を裂く。
突進してきた一体の狼を受け止め、衝撃で二歩ほど後退しながらも、他の三体を横なぎに薙ぎ払う。
その背後で、レミエルが薬瓶を放る。
ガラスが砕けた瞬間、紫の煙があたりに広がり、狼たちの目が鈍る。
「カサ!」
「《水紋・氷網》」
唱えられた呪文に応じて、足元ににじむ水気が瞬時に氷結し、滑る地に転倒する魔物たち。
その瞬間――
アランが、動いた。
歩幅。
重心。
沈黙。
右足を静かに踏み出す。
《踏星・斬下》
次の瞬間には、二体の狼が、断たれていた。
誰にも聞こえぬ、空気の裂ける音。
それは剣ではなく、“斬撃そのもの”が立っていた。
「……沈黙」
アランはただ、小さく呟いた。
刀は納めず、目の前に残る三体に視線を送る。
それは、見るのではなく、“測る”ような眼差し。
動き、呼吸、気配――すべてを、足元に伝える。
一歩。
斜め。
踏み込み。
腰を落とし、刀を横薙ぎに。
刃が、火のように走る。
三体の魔物は、反応すら許されぬまま崩れた。
「六体、処理完了」
呟きに応じる者はいない。
だが彼はそれでいい。戦場において、言葉は余分だ。
――風が、止まった。
その刹那、茂みがざわめく。
次の波が来る。
そして、その先頭。
他の個体よりも二まわりも大きく、銀色の毛皮と、赤い呪痕を全身に帯びた異形。
「……出たな、“統率種”」
アランが足を止める。
「ギルド、話してなかったよね? こういうの」
レミエルが皮肉めいた声で呟く。
「アラン、いける?」
カサレアが詠唱の手を止めずに訊いた。
「――斬る」
風とともに、踏み込む。
“統率種”の瞳が、一瞬だけ人間のように細められる。
知性を持つ魔物。だが、応じる必要はない。
《踏星・返し波》
斬撃が、弧を描く。
しかし、魔物の体が霧散する――
「……幻影」
右側。
直感で避ける。
背筋をかすめる風。鋭い爪が空を裂く。
反転。
斬り上げ。
視界に残像が焼きつく。
「レミ!」
カサレアの声に、レミエルが小瓶を投げた。
爆発。
「水網!」
氷の鎖が、統率種の四肢を縛る。
動きが止まる――
そこに、アランの踏み込み。
《踏星・刃止》
沈黙の中、刀が喉を貫いた。
斬撃のあとに、風だけが残る。
アランは、刀を納める。
「……任務、完了」
彼の声に、誰も返事をしない。
返すべき言葉がないほど、すべてが終わっていた。
カサレアが、統率種の死体に近づく。
「この赤痕……呪術じゃない。体の内側から魔力をねじ込まれてる。これは……」
「――報告に戻ろう」
アランの声は、ただ静かだった。
まるで、誰かの声に応じるように。
港町ダアトから北へ二十リーグ。古街道に隣接した低い丘陵地帯。
吹き荒れていた風がぴたりと止まり、空気が、裂ける前の紙のように張りつめる。
「……来たな」
アラン・ヴィルーは、そう呟くこともなく刀に手をかけた。
見渡せば乾いた草原と潰れた岩の並ぶ野地。
その向こうから、地を裂くような低い唸りが響いてきた。
――魔物。狼の姿をした、獣の理を捨てた魔力の成れの果て。
三十を超える影が、丘の斜面を這い降りてくる。
「おい、数、多くねぇか?」
巨大な盾を構えたベン・クラマックスが、肩を回して唸った。
「この数じゃ“中級”ってレベルじゃねぇだろ、これ」
「まあ……ギルドの依頼なんて、そんなもんよ」
レミエル・シグは、腰の薬袋からガラス瓶を一本取り出しながら、乾いた声で笑った。
「こいつら、魔力で身体が変質してる。完全な魔物――相当厄介」
「動きがまとまりすぎてる」
魔法使いのカサレア・アグリッパが、静かに詠唱を始めながら目を細める。
「群れの中心に、知性のある“核”がいる。多分――“統率種”」
その言葉と同時に、狼たちが動いた。
先陣の六体が牙を剥き、一直線に突撃してくる。
その奥、残りの群れが扇状に展開し、側面から回り込む動きを見せていた。
「ベン、左面を取れ。レミ、中央に爆煙を」
命令は不要だった。アランが言う前に、彼らは動いていた。
ベンが全力で駆ける。巨躯が地面を揺らし、盾が風を裂く。
突進してきた一体の狼を受け止め、衝撃で二歩ほど後退しながらも、他の三体を横なぎに薙ぎ払う。
その背後で、レミエルが薬瓶を放る。
ガラスが砕けた瞬間、紫の煙があたりに広がり、狼たちの目が鈍る。
「カサ!」
「《水紋・氷網》」
唱えられた呪文に応じて、足元ににじむ水気が瞬時に氷結し、滑る地に転倒する魔物たち。
その瞬間――
アランが、動いた。
歩幅。
重心。
沈黙。
右足を静かに踏み出す。
《踏星・斬下》
次の瞬間には、二体の狼が、断たれていた。
誰にも聞こえぬ、空気の裂ける音。
それは剣ではなく、“斬撃そのもの”が立っていた。
「……沈黙」
アランはただ、小さく呟いた。
刀は納めず、目の前に残る三体に視線を送る。
それは、見るのではなく、“測る”ような眼差し。
動き、呼吸、気配――すべてを、足元に伝える。
一歩。
斜め。
踏み込み。
腰を落とし、刀を横薙ぎに。
刃が、火のように走る。
三体の魔物は、反応すら許されぬまま崩れた。
「六体、処理完了」
呟きに応じる者はいない。
だが彼はそれでいい。戦場において、言葉は余分だ。
――風が、止まった。
その刹那、茂みがざわめく。
次の波が来る。
そして、その先頭。
他の個体よりも二まわりも大きく、銀色の毛皮と、赤い呪痕を全身に帯びた異形。
「……出たな、“統率種”」
アランが足を止める。
「ギルド、話してなかったよね? こういうの」
レミエルが皮肉めいた声で呟く。
「アラン、いける?」
カサレアが詠唱の手を止めずに訊いた。
「――斬る」
風とともに、踏み込む。
“統率種”の瞳が、一瞬だけ人間のように細められる。
知性を持つ魔物。だが、応じる必要はない。
《踏星・返し波》
斬撃が、弧を描く。
しかし、魔物の体が霧散する――
「……幻影」
右側。
直感で避ける。
背筋をかすめる風。鋭い爪が空を裂く。
反転。
斬り上げ。
視界に残像が焼きつく。
「レミ!」
カサレアの声に、レミエルが小瓶を投げた。
爆発。
「水網!」
氷の鎖が、統率種の四肢を縛る。
動きが止まる――
そこに、アランの踏み込み。
《踏星・刃止》
沈黙の中、刀が喉を貫いた。
斬撃のあとに、風だけが残る。
アランは、刀を納める。
「……任務、完了」
彼の声に、誰も返事をしない。
返すべき言葉がないほど、すべてが終わっていた。
カサレアが、統率種の死体に近づく。
「この赤痕……呪術じゃない。体の内側から魔力をねじ込まれてる。これは……」
「――報告に戻ろう」
アランの声は、ただ静かだった。
まるで、誰かの声に応じるように。
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