幽刀星

氷翠

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歩・二「罪」

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俺の名はアラン・ヴィルー。 何度も死にかけたが、結局はまだ生きている。
 今回はただ、狼を狩ってきただけだった。 それ以上でも、それ以下でもない。
 戻ってきたのは、港町ダアト。 七万人が入り乱れ、汗と潮と煙草の匂いが混じる、騒がしくて、どこか気の抜ける街だ。

「でさ、あの最後のやつ、俺の盾をぶち抜こうとしてたんだぜ?」
「それを受け止めたベンの顔、めっちゃ引きつってたわよ」
「うるせえ、あれは不意打ちだったんだよ!」

 冗談を交えながら、俺たちはギルドに戻った。 報酬と、次の依頼のために。
 ギルドの扉を開けると、いつもの喧騒が広がっていた。 酒の匂い。安い笑い声。冒険者が、剣の代わりに言葉を振り回す戦場。

「おかえり、アラン」

 受付嬢のルーが、穏やかな笑みで帳簿を差し出す。

「三十六体討伐。うち一体は統率種。……報告にはなかった個体ね」
「そういうのが最近、多い」 俺は短く返す。
「だよなぁ。まったく、あんなのが群れの中にいるとか聞いてねえよ」

 ベンが肩を回しながらこぼす。

「記録には残しておいた方がいい。似たような案件、今後も出るわ」

 カサレアが言うと、レミエルも頷いた。

「魔力の濁りが強すぎる。もはや自然の現象じゃない気がする」

 俺はそれ以上、何も言わなかった。 何かが違っている。だが、それを言葉にするには、まだ断片が足りなかった。
 帳簿を返し、報告を終えたそのときだった。
 ギルドのドアが乱暴に開かれる音がした。 全員の視線が入口に集中する。
 踏み込んできたのは、銀色の紋章を胸に刻んだ数名の衛兵。 その中心にいた、一人の男が俺をまっすぐに指差した。

「アラン・ヴィルー、貴様には暴行罪の嫌疑がかかっている。同行してもらおう」

 ……最初は、聞き間違いだと思った。
 だが、空気が一気に冷え込むのを肌が感じた。

「は?」

 俺の口から出たのは、それだけだった。

「事実だ。ネツァク・ホド伯爵の令嬢、アギ殿が暴行を受けた。その目撃証言が上がっている」
「冗談じゃねえ、俺たちは昨日まで街の外でクエストに出てたぞ!」

 ベンの声が、怒鳴り声に近かった。

「それでも、目撃証言がある。アラン・ヴィルーが、アギ令嬢と揉めていたと」

 ……あり得ない。 そんな人物の顔も思い出せないほど、接点がない。 俺が? 令嬢と? 暴行?
 胸の奥に、ゆっくりと重いものが沈んでいくのを感じた。
 誰かが嘘をついている。 それとも、誰かが俺にこの罪を着せようとしている。
 だが、ここで抵抗すればどうなるか。 この状況、この空気の中で暴れたら、罪を認めたも同然に思われる。
 腕を取られたとき、反射的に振り払おうとした。 が、その手を止めた。
 ここで暴れても、何も変わらない。 信じたい者すら、信じられなくなる。

「アラン……」

  レミエルが、絞るような声で名を呼んだ。

「信じてるわけじゃないけど……でも、あなたがそんなことするとは思えないの」

 カサレアが、小さく呟いた。
 だが、ベンの目だけは違った。 冷たい。 仲間を見る目じゃない。もう既に、俺を『そういう奴』と決めつけている。
 そんな目を向けられてまで、俺は何かを叫ぶ気にはなれなかった。
 沈黙のまま、衛兵に連行されていく。
 俺の中で、何かが静かに折れる音がした。
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