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歩・三「囚」
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狭い部屋だった。寝返りすら満足に打てないほどの石の床。壁はひんやりと湿っていて、鉄格子から差し込む光はほとんど届かない。
これが、俺に与えられた空間。罪人としての空間。
俺は、膝を抱えて壁にもたれながら、ずっと考えていた。
なぜ、あんな証言が出たのか。なぜ、俺なのか。
だが何度考えても、答えは浮かばない。
アギという名の貴族令嬢。会った覚えすらない。声も顔も、記憶にない。どこで、誰と、何をしたというのか。……誰が、何を見たというのか。
想像しようにも、空白しか出てこない。
この部屋に閉じ込められて、何時間が過ぎただろう。体感では、すでに一日が経ったように思えるが、実際はまだ数時間かもしれない。時間の感覚が、壁に染みて消えていく。
思考が渦巻いては、空に消える。疲れて眠ろうとしても、まぶたの裏には、ベンのあの目が焼きついていた。
――冷たく、疑いをそのまま投げつけてくる視線。
レミエルとカサレアの姿も浮かぶ。揺れる瞳。信じたいが、確信が持てないという顔。
仕方がない。
誰だってそうなる。
何かを言えば、言い訳にしかならない。黙っていれば、黙秘と受け取られる。
俺は、ただ座っていた。ひたすら、時をやり過ごすように。
……このまま、何も起きなければ、どうなる? 俺は、どうなる?
そんな問いすら、答えはない。
*
ダアトの中心にそびえる石造りの館。ネツァク・ホド伯爵の私邸には、昼を過ぎた頃、ある男が訪れていた。
「例の件、無事に進みました。アラン・ヴィルーという男が確保され、現在拘束中です」
その報告に、ホド伯爵は椅子に深く腰を下ろしたまま、ゆっくりと口元を歪めた。
「……そうか。ご苦労だったな」
その声には、温度がなかった。
男はうやうやしく頭を下げる。
「目撃証言はひとつだが、令嬢の証言と合致しております。ギルド側も動きが取れないようです」
「それでいい。それでいいのだ」
ホド伯爵は窓の外に視線を向ける。広がる街の景色。騒がしくも平和そうな港町。だが、その裏で、確実にひとつの駒が動いた。
「エンカイ子爵……あやつの目の上の瘤も、これで幾分か沈むだろう」
エンカイ子爵。このダアトの冒険者ギルドを統括している男。規律と実力を重視し、貴族の命令にも屈しない稀有な存在。ホド伯爵にとっては、何よりも邪魔な壁だった。
そこへ舞い降りたのが、“罪人”アランの存在。
貴族の令嬢への暴行。それが真実かどうかは、重要ではない。「貴族に逆らう冒険者の罪」――それだけで十分だった。
「さあ、崩してやる。あの鬱陶しい組織もろとも」
ホドの口元には、笑みが浮かんでいた。それは、確信の笑み。
そして、その動きなど何も知らない俺は、未だに拘置所の中で膝を抱えていた。
眠っていないのに、夢のように時間が流れていた。心の芯が、どこか遠くへ行ってしまったような感覚。
俺は罪人なのか。
違う。
だが、俺は罪人として扱われている。
その事実だけが、鉄のように重く、胸に突き刺さっていた。
……ガチャリ。
鉄の扉が開いた。
「起きろ。お前に伝えることがある」
顔を上げると、見慣れない若い衛兵が立っていた。その目は、あまりに無機質で、何の感情もなかった。
「決まったぞ。お前の処分についてな」
これが、俺に与えられた空間。罪人としての空間。
俺は、膝を抱えて壁にもたれながら、ずっと考えていた。
なぜ、あんな証言が出たのか。なぜ、俺なのか。
だが何度考えても、答えは浮かばない。
アギという名の貴族令嬢。会った覚えすらない。声も顔も、記憶にない。どこで、誰と、何をしたというのか。……誰が、何を見たというのか。
想像しようにも、空白しか出てこない。
この部屋に閉じ込められて、何時間が過ぎただろう。体感では、すでに一日が経ったように思えるが、実際はまだ数時間かもしれない。時間の感覚が、壁に染みて消えていく。
思考が渦巻いては、空に消える。疲れて眠ろうとしても、まぶたの裏には、ベンのあの目が焼きついていた。
――冷たく、疑いをそのまま投げつけてくる視線。
レミエルとカサレアの姿も浮かぶ。揺れる瞳。信じたいが、確信が持てないという顔。
仕方がない。
誰だってそうなる。
何かを言えば、言い訳にしかならない。黙っていれば、黙秘と受け取られる。
俺は、ただ座っていた。ひたすら、時をやり過ごすように。
……このまま、何も起きなければ、どうなる? 俺は、どうなる?
そんな問いすら、答えはない。
*
ダアトの中心にそびえる石造りの館。ネツァク・ホド伯爵の私邸には、昼を過ぎた頃、ある男が訪れていた。
「例の件、無事に進みました。アラン・ヴィルーという男が確保され、現在拘束中です」
その報告に、ホド伯爵は椅子に深く腰を下ろしたまま、ゆっくりと口元を歪めた。
「……そうか。ご苦労だったな」
その声には、温度がなかった。
男はうやうやしく頭を下げる。
「目撃証言はひとつだが、令嬢の証言と合致しております。ギルド側も動きが取れないようです」
「それでいい。それでいいのだ」
ホド伯爵は窓の外に視線を向ける。広がる街の景色。騒がしくも平和そうな港町。だが、その裏で、確実にひとつの駒が動いた。
「エンカイ子爵……あやつの目の上の瘤も、これで幾分か沈むだろう」
エンカイ子爵。このダアトの冒険者ギルドを統括している男。規律と実力を重視し、貴族の命令にも屈しない稀有な存在。ホド伯爵にとっては、何よりも邪魔な壁だった。
そこへ舞い降りたのが、“罪人”アランの存在。
貴族の令嬢への暴行。それが真実かどうかは、重要ではない。「貴族に逆らう冒険者の罪」――それだけで十分だった。
「さあ、崩してやる。あの鬱陶しい組織もろとも」
ホドの口元には、笑みが浮かんでいた。それは、確信の笑み。
そして、その動きなど何も知らない俺は、未だに拘置所の中で膝を抱えていた。
眠っていないのに、夢のように時間が流れていた。心の芯が、どこか遠くへ行ってしまったような感覚。
俺は罪人なのか。
違う。
だが、俺は罪人として扱われている。
その事実だけが、鉄のように重く、胸に突き刺さっていた。
……ガチャリ。
鉄の扉が開いた。
「起きろ。お前に伝えることがある」
顔を上げると、見慣れない若い衛兵が立っていた。その目は、あまりに無機質で、何の感情もなかった。
「決まったぞ。お前の処分についてな」
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