幽刀星

氷翠

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歩・四「追」

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追放―― その言葉が、あれほど静かに響くとは思わなかった。

「アラン・ヴィルー、汝は本件に関する証拠不十分、かつこれまでの功績を鑑み、死罪及び長期禁固を見送る。 その代わりに、本日をもってダアト領内からの追放を命ずる」

 淡々と読み上げられる文書。その声に怒りも哀れみもない。

「また、ギルドへの所属はこの時点で破棄。証明書も抹消とする」

 それが、俺に下された処分だった。
 死ではない。投獄でもない。だが、それは冒険者という肩書を失うことを意味していた。
 俺の名は、ギルドに刻まれた記録から消される。この街では、俺はもう“誰でもない”。
 追放者は、通行税の減免も受けられない。身元保証も無効になる。
 つまり、この街を出た瞬間から、俺は“社会の外”に放り出されるということだ。

 ……それが、功績への“情け”だというのなら、笑える話だった。

 荷物を受け取った。剣、少量の水、干し肉、着替え、火打石。どれも最低限。それすら、ひとつずつ検査を受けた。
 街の門前に立ったとき、視線が集まっていた。
 ベン。レミエル。カサレア。
 そして、ギルドの冒険者たち。見知った顔も、知らない顔も、等しく俺を見ていた。

「アラン……」

  レミエルが何か言いかけたが、声が震えていた。

「……信じてるよ。今も。だけど……」

 カサレアの言葉は、途中で途切れた。
 ベンは、何も言わなかった。ただ、腕を組み、黙って俺を見ていた。
 それでいい。もう言葉なんて、必要なかった。
 門が開いた。
 木の軋む音と、衛兵の号令。それが俺をこの街から押し出す最後の音だった。
 俺は、振り返らなかった。
 そして、歩き出した。



 街を出て、草原を越え、林を抜ける。
 足音だけが、俺の伴だった。
 初日の夜。林の縁で野営した。
 火を起こし、干し肉をかじる。味は、しなかった。
 空を見上げる。星は、やけに遠かった。

……ああ、そうか。俺は、今、“冒険者”ですらないのか。

 心のどこかで、まだどこかに帰れると思っていた。ギルドがあって、仲間がいて。何かの間違いだったと、いつか証明されると。
 でも、それはもう意味がない。記録から消されたということは、俺が何を証明しようが、誰も耳を貸さないということだ。
 そんな夜が、何夜か続いた。
 二日目の午後。
 小さな谷間を越えたあたりで、魔物に遭遇した。
 牙の長い、熊のような体躯の四足獣。だが、瞳は異常に膨張し、皮膚が斑に剥がれていた。
 “魔力変質型”。
 刀を抜いた。

《踏星》の構え。

 一撃で仕留めるべきだったが、感覚が鈍っていた。久しぶりの“戦場”で、俺の心が一歩遅れていた。
 右肩を掠られた。痛みは、皮膚よりも深い。
 それでも、切り裂いた。

《踏星・裂牙》

 喉元に斜めの切り込み。肉が裂け、魔物が咆哮をあげて崩れ落ちた。
 肩に包帯を巻く。薬はない。
 ……ギルドがあれば、治療師がいた。もう、それはない。
 その後も、道すがら三度ほど魔物と交戦した。
 いずれも単独だったが、魔力の濁りが強い。なぜ、ここまで“野に出ている”のか。
 嫌な予感だけが残った。
 四日目の夕暮れ。
 遠くに煙が見えた。
 人の営みの証。
 俺は足を止め、深く息を吐いた。

──“へー”という村だった。人口三千、周囲を森に囲まれた静かな集落。

 光があるだけで、安心するのは、やはり俺も人間なんだなと思う。
 野営を終えた体で、俺は村へ向かった。
 門番はいたが、武装はしていなかった。通行税を払う必要があったが、それすらも妙に淡々としていた。

「……旅の人か」
「そうだ」
 「そうか。まぁ、気をつけてな」

 それだけだった。俺が誰かなど、誰も気にしない。冒険者でも、罪人でもない“名もなき旅人”。
 今の俺には、それで十分だった。
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