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歩・五「噂」
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へー村―― 名を聞いたときは拍子抜けしたが、実際に訪れてみれば、小さな村なりに整った集落だった。
木造の家々。干された野菜。通りを走る子どもたちの声。
久しぶりに、俺は“人の営み”を目にした気がした。
けれど、そうした景色の裏にある空気は、俺の肌を刺すように冷たかった。
まずは、水と少しばかりの保存食、それに薬草が欲しかった。街道を離れれば、次に物資を補給できるのはいつになるかわからない。
だから、商店通りに向かった。
朝の日差しは優しく、空は晴れていた。しかし、俺の歩く先にある扉は、音もなく閉ざされた。
最初の店では、若い女性が店頭にいた。
「……すみません。旅人なのですが、水と乾き物を少し」
一瞬、こちらを見た。そして、何も言わずに店の奥へ消えた。
やがて、年配の男性が出てきた。
「……うちは、もう閉めるところでな」
「そうですか。失礼しました」
次の店では、店主が商品棚からわざわざ物を下げて見えなくしていた。三軒目では、声をかける前に「お引き取り願えますか」と言われた。
四軒目。ようやく話を聞いてくれた老夫婦がいた。
「旅の方かい?」
「そうです。水と食料を少し、買わせてもらえれば」
老婆は俺の顔を見つめ、少し間を置いてから、棚の奥から瓶詰めの果物と干し肉を出してくれた。
「噂がね、回ってるよ」
「……でしょうね」
「けど、あたしは信じないよ。見もせずに人を決めつけるほど、歳はとってないつもりさ」
ありがたかった。 その言葉が、心にしみた。
でも、五軒目では、商品に手を伸ばしただけで怒鳴られた。
「触るな。お前……ダアトから来た冒険者だろう? いや、“元”か」
「……」
「もう聞いてるんだよ。貴族様に手ぇ出したんだってな。穢れるんだよ、こういうのは」
罵声までは浴びなかったが、あきらかな拒絶だった。背中に視線が突き刺さっていた。振り返らなくても分かる。通りの奥で、何人かの村人がこちらを見ていた。目が合えば逸らすが、それは“見ていない”という意思表示ではなかった。“見てしまった”という反射的な動き。
まるで、何か得体の知れないものを見るような目。
俺の顔は、誰かの語った物語に染まっている。もう“俺”ではない。
自分が何をしたかよりも、“何をしたと言われているか”が、この世では力を持つ。
昼過ぎには、俺はこの村を出ることを決めていた。
最低限の食料と水を持ち、背を向けて歩く。
門を抜けるとき、門番はさほど変わった様子もなかった。ただ、その横に立っていた若い娘が、小声で誰かに何かを告げていた。
たぶん、また噂が広がる。
ここにも居場所はない。
何もしていない。だが、それは何も意味しない。
通りを歩くあいだ、すれ違う人々の中に、俺を知る者はいないはずだった。それでも、いくつもの視線が刺さっていた。
無言。 無表情。 ただ、“異物を見る目”。
その重さは、剣では振り払えない。
……俺は、この国から押し出されているのだ。
村を出た後、しばらくは何も考えられなかった。草の匂い、風の音、鳥の声。それらがすべて、別の世界の出来事のように思えた。
歩く。ただ、それだけ。
振り返らない。振り返る理由も、場所も、もうない。
“追放”とは、罪ではない。
だが、それは“生きていてはいけない”という無言の断罪に似ていた。
木造の家々。干された野菜。通りを走る子どもたちの声。
久しぶりに、俺は“人の営み”を目にした気がした。
けれど、そうした景色の裏にある空気は、俺の肌を刺すように冷たかった。
まずは、水と少しばかりの保存食、それに薬草が欲しかった。街道を離れれば、次に物資を補給できるのはいつになるかわからない。
だから、商店通りに向かった。
朝の日差しは優しく、空は晴れていた。しかし、俺の歩く先にある扉は、音もなく閉ざされた。
最初の店では、若い女性が店頭にいた。
「……すみません。旅人なのですが、水と乾き物を少し」
一瞬、こちらを見た。そして、何も言わずに店の奥へ消えた。
やがて、年配の男性が出てきた。
「……うちは、もう閉めるところでな」
「そうですか。失礼しました」
次の店では、店主が商品棚からわざわざ物を下げて見えなくしていた。三軒目では、声をかける前に「お引き取り願えますか」と言われた。
四軒目。ようやく話を聞いてくれた老夫婦がいた。
「旅の方かい?」
「そうです。水と食料を少し、買わせてもらえれば」
老婆は俺の顔を見つめ、少し間を置いてから、棚の奥から瓶詰めの果物と干し肉を出してくれた。
「噂がね、回ってるよ」
「……でしょうね」
「けど、あたしは信じないよ。見もせずに人を決めつけるほど、歳はとってないつもりさ」
ありがたかった。 その言葉が、心にしみた。
でも、五軒目では、商品に手を伸ばしただけで怒鳴られた。
「触るな。お前……ダアトから来た冒険者だろう? いや、“元”か」
「……」
「もう聞いてるんだよ。貴族様に手ぇ出したんだってな。穢れるんだよ、こういうのは」
罵声までは浴びなかったが、あきらかな拒絶だった。背中に視線が突き刺さっていた。振り返らなくても分かる。通りの奥で、何人かの村人がこちらを見ていた。目が合えば逸らすが、それは“見ていない”という意思表示ではなかった。“見てしまった”という反射的な動き。
まるで、何か得体の知れないものを見るような目。
俺の顔は、誰かの語った物語に染まっている。もう“俺”ではない。
自分が何をしたかよりも、“何をしたと言われているか”が、この世では力を持つ。
昼過ぎには、俺はこの村を出ることを決めていた。
最低限の食料と水を持ち、背を向けて歩く。
門を抜けるとき、門番はさほど変わった様子もなかった。ただ、その横に立っていた若い娘が、小声で誰かに何かを告げていた。
たぶん、また噂が広がる。
ここにも居場所はない。
何もしていない。だが、それは何も意味しない。
通りを歩くあいだ、すれ違う人々の中に、俺を知る者はいないはずだった。それでも、いくつもの視線が刺さっていた。
無言。 無表情。 ただ、“異物を見る目”。
その重さは、剣では振り払えない。
……俺は、この国から押し出されているのだ。
村を出た後、しばらくは何も考えられなかった。草の匂い、風の音、鳥の声。それらがすべて、別の世界の出来事のように思えた。
歩く。ただ、それだけ。
振り返らない。振り返る理由も、場所も、もうない。
“追放”とは、罪ではない。
だが、それは“生きていてはいけない”という無言の断罪に似ていた。
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