幽刀星

氷翠

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歩・二十一「屍」

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俺は、チャドを見つめていた。
仰向けに倒れたその身体は、あまりにも鮮明だった。
血はすでに乾きかけている。だが、腐敗の匂いはまだしない。
つい、数時間前の出来事なのだろう。

「……まさか、こんな形で終わるとはね……」

そう呟いたのはカサレアだった。彼女の手には魔法の光球が灯っている。
倉庫の暗がりをほのかに照らす、柔らかな青い光。
俺はチャドの遺体に視線を落とした。
首元、胸元、腹部──まるで刃物で切り裂かれたかのように見えるが、どこか違和感がある。

「……妙だな」

俺はつぶやいた。

「この傷、刃の切れ味とも、爪や牙とも違う。均一すぎる……まるで“何か細いもので、一気に断たれた”みたいな……」
「糸?」とカサレアが言ったが、それは思考の中で即座に否定された。

糸で人の身体をこんな風に断てるはずがない。
だが、皮膚も筋肉も骨も、まるで“熱”も“摩擦”もないまま断たれたような滑らかさで切られている。

「これ……人間の技じゃない」

俺の口から、そんな言葉が漏れた。
この異様な傷跡は、レミエルのときもあった。
あのときも、争った形跡がないまま、ただ“切断”されていた。
まるで、誰にも触れられず、誰にも知られず、ただ“消された”ように。
俺は無意識に墓地で見た“黒い影”のことを思い出していた。

──まさか。

奴らが……?

「まるで“存在そのもの”を断ち切られたみたいだ……」

チャド・ゴールドマン。
こいつから引き出せた情報は、決して少なくなかった。
レミエルを殺した奴はヨゼフの仲間で、闇ギルドに属していた。
だが──アランを尾行していた者、カサレアを狙っていた者、それぞれが別の闇ギルドの関係者。
そして、それらを繋いでいたのが、どうやらチャドだった。
だからこそ、チャドは“口封じ”されたのだ。

「何か……手がかりを」

俺とカサレアは、倉庫の中をくまなく探った。
だが、何もない。指紋も、足跡も、血痕の引きずりも──
まるで、誰にも触れられずに、誰にも見られずに殺されたような……

「本当に、“人間”の仕業か?」

思わず口にした疑問に、カサレアが不安げに振り返る。

「どういうこと?」
「この傷、俺が知ってる人間の技とは……違う」

目に焼き付いたのは、レミエルの時と同じ、あの“無音の惨殺”。
血は溢れているのに、周囲の空気は不思議と静かで、死の実感すら希薄だ。

「黒い影のような気配が、ここにもあったのかも」

俺は数日前の、墓地での出来事を思い出す。
あの時、影たちは敵意を見せなかった。だが、だからといって、すべての影が“無害”とは限らない。

「アラン……」

カサレアが俺の肩に手を置いた。

「これって、もしかして……魔物?」
「わからない。だけど、今は“人間の犯行”として、衛兵に報告するしかない」
「じゃあ……チャドは?」
「このままじゃ、殺されたこと自体が“なかった”ことにされるかもしれない」

ギルドも、衛兵も、そして……背後にいる貴族たちも。
真実を歪めることに長けた者たちが、この国には多すぎる。



翌朝、俺たちはチャドの遺体を届けるために、衛兵詰所へ向かった。
応対に出たのは、飾り気のない皮鎧を着た若い衛兵だった。

「殺された……? それは……確認のため、遺体を見せてください」

彼は目を見開いて、俺の報告を繰り返した。

「確かに、彼には指名手配の情報がありましたが……死んでいたとは……」

俺は、言葉を抑えて静かに頷く。
下手に多くを語れば、チャドが俺たちに殺されたと解釈されかねない。

「証人として、カサレアが同席している。必要ならギルドにも記録が残っているはずだ」
「……確認を取ります。ですが、この件はおそらく、上に報告されることになるでしょう」
「構わない。むしろ、その方が都合がいい」

俺はそう言い残し、詰所を出た。
カサレアも、それ以上は何も言わなかった。



その夜、俺たちはギルドの休憩室で、静かに次の一手を考えていた。

「チャドを殺した犯人が、この街にまだいると思う?」
「確証はない。だが、レミエルを殺した時と、チャドを殺した時。どちらにも、共通点が一つある」
「“黒い影”……だね」

ああ、そうだ。
まるで煙のような、それでいて意思を持った何か。
俺の中で何かが、少しずつつながり始めていた。
けれど、まだ確信はない。
ただ、次に狙われるのが誰なのか──その可能性だけが、冷たく胸を締めつけていた。
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