21 / 55
歩・二十一「屍」
しおりを挟む
俺は、チャドを見つめていた。
仰向けに倒れたその身体は、あまりにも鮮明だった。
血はすでに乾きかけている。だが、腐敗の匂いはまだしない。
つい、数時間前の出来事なのだろう。
「……まさか、こんな形で終わるとはね……」
そう呟いたのはカサレアだった。彼女の手には魔法の光球が灯っている。
倉庫の暗がりをほのかに照らす、柔らかな青い光。
俺はチャドの遺体に視線を落とした。
首元、胸元、腹部──まるで刃物で切り裂かれたかのように見えるが、どこか違和感がある。
「……妙だな」
俺はつぶやいた。
「この傷、刃の切れ味とも、爪や牙とも違う。均一すぎる……まるで“何か細いもので、一気に断たれた”みたいな……」
「糸?」とカサレアが言ったが、それは思考の中で即座に否定された。
糸で人の身体をこんな風に断てるはずがない。
だが、皮膚も筋肉も骨も、まるで“熱”も“摩擦”もないまま断たれたような滑らかさで切られている。
「これ……人間の技じゃない」
俺の口から、そんな言葉が漏れた。
この異様な傷跡は、レミエルのときもあった。
あのときも、争った形跡がないまま、ただ“切断”されていた。
まるで、誰にも触れられず、誰にも知られず、ただ“消された”ように。
俺は無意識に墓地で見た“黒い影”のことを思い出していた。
──まさか。
奴らが……?
「まるで“存在そのもの”を断ち切られたみたいだ……」
チャド・ゴールドマン。
こいつから引き出せた情報は、決して少なくなかった。
レミエルを殺した奴はヨゼフの仲間で、闇ギルドに属していた。
だが──アランを尾行していた者、カサレアを狙っていた者、それぞれが別の闇ギルドの関係者。
そして、それらを繋いでいたのが、どうやらチャドだった。
だからこそ、チャドは“口封じ”されたのだ。
「何か……手がかりを」
俺とカサレアは、倉庫の中をくまなく探った。
だが、何もない。指紋も、足跡も、血痕の引きずりも──
まるで、誰にも触れられずに、誰にも見られずに殺されたような……
「本当に、“人間”の仕業か?」
思わず口にした疑問に、カサレアが不安げに振り返る。
「どういうこと?」
「この傷、俺が知ってる人間の技とは……違う」
目に焼き付いたのは、レミエルの時と同じ、あの“無音の惨殺”。
血は溢れているのに、周囲の空気は不思議と静かで、死の実感すら希薄だ。
「黒い影のような気配が、ここにもあったのかも」
俺は数日前の、墓地での出来事を思い出す。
あの時、影たちは敵意を見せなかった。だが、だからといって、すべての影が“無害”とは限らない。
「アラン……」
カサレアが俺の肩に手を置いた。
「これって、もしかして……魔物?」
「わからない。だけど、今は“人間の犯行”として、衛兵に報告するしかない」
「じゃあ……チャドは?」
「このままじゃ、殺されたこと自体が“なかった”ことにされるかもしれない」
ギルドも、衛兵も、そして……背後にいる貴族たちも。
真実を歪めることに長けた者たちが、この国には多すぎる。
*
翌朝、俺たちはチャドの遺体を届けるために、衛兵詰所へ向かった。
応対に出たのは、飾り気のない皮鎧を着た若い衛兵だった。
「殺された……? それは……確認のため、遺体を見せてください」
彼は目を見開いて、俺の報告を繰り返した。
「確かに、彼には指名手配の情報がありましたが……死んでいたとは……」
俺は、言葉を抑えて静かに頷く。
下手に多くを語れば、チャドが俺たちに殺されたと解釈されかねない。
「証人として、カサレアが同席している。必要ならギルドにも記録が残っているはずだ」
「……確認を取ります。ですが、この件はおそらく、上に報告されることになるでしょう」
「構わない。むしろ、その方が都合がいい」
俺はそう言い残し、詰所を出た。
カサレアも、それ以上は何も言わなかった。
*
その夜、俺たちはギルドの休憩室で、静かに次の一手を考えていた。
「チャドを殺した犯人が、この街にまだいると思う?」
「確証はない。だが、レミエルを殺した時と、チャドを殺した時。どちらにも、共通点が一つある」
「“黒い影”……だね」
ああ、そうだ。
まるで煙のような、それでいて意思を持った何か。
俺の中で何かが、少しずつつながり始めていた。
けれど、まだ確信はない。
ただ、次に狙われるのが誰なのか──その可能性だけが、冷たく胸を締めつけていた。
仰向けに倒れたその身体は、あまりにも鮮明だった。
血はすでに乾きかけている。だが、腐敗の匂いはまだしない。
つい、数時間前の出来事なのだろう。
「……まさか、こんな形で終わるとはね……」
そう呟いたのはカサレアだった。彼女の手には魔法の光球が灯っている。
倉庫の暗がりをほのかに照らす、柔らかな青い光。
俺はチャドの遺体に視線を落とした。
首元、胸元、腹部──まるで刃物で切り裂かれたかのように見えるが、どこか違和感がある。
「……妙だな」
俺はつぶやいた。
「この傷、刃の切れ味とも、爪や牙とも違う。均一すぎる……まるで“何か細いもので、一気に断たれた”みたいな……」
「糸?」とカサレアが言ったが、それは思考の中で即座に否定された。
糸で人の身体をこんな風に断てるはずがない。
だが、皮膚も筋肉も骨も、まるで“熱”も“摩擦”もないまま断たれたような滑らかさで切られている。
「これ……人間の技じゃない」
俺の口から、そんな言葉が漏れた。
この異様な傷跡は、レミエルのときもあった。
あのときも、争った形跡がないまま、ただ“切断”されていた。
まるで、誰にも触れられず、誰にも知られず、ただ“消された”ように。
俺は無意識に墓地で見た“黒い影”のことを思い出していた。
──まさか。
奴らが……?
「まるで“存在そのもの”を断ち切られたみたいだ……」
チャド・ゴールドマン。
こいつから引き出せた情報は、決して少なくなかった。
レミエルを殺した奴はヨゼフの仲間で、闇ギルドに属していた。
だが──アランを尾行していた者、カサレアを狙っていた者、それぞれが別の闇ギルドの関係者。
そして、それらを繋いでいたのが、どうやらチャドだった。
だからこそ、チャドは“口封じ”されたのだ。
「何か……手がかりを」
俺とカサレアは、倉庫の中をくまなく探った。
だが、何もない。指紋も、足跡も、血痕の引きずりも──
まるで、誰にも触れられずに、誰にも見られずに殺されたような……
「本当に、“人間”の仕業か?」
思わず口にした疑問に、カサレアが不安げに振り返る。
「どういうこと?」
「この傷、俺が知ってる人間の技とは……違う」
目に焼き付いたのは、レミエルの時と同じ、あの“無音の惨殺”。
血は溢れているのに、周囲の空気は不思議と静かで、死の実感すら希薄だ。
「黒い影のような気配が、ここにもあったのかも」
俺は数日前の、墓地での出来事を思い出す。
あの時、影たちは敵意を見せなかった。だが、だからといって、すべての影が“無害”とは限らない。
「アラン……」
カサレアが俺の肩に手を置いた。
「これって、もしかして……魔物?」
「わからない。だけど、今は“人間の犯行”として、衛兵に報告するしかない」
「じゃあ……チャドは?」
「このままじゃ、殺されたこと自体が“なかった”ことにされるかもしれない」
ギルドも、衛兵も、そして……背後にいる貴族たちも。
真実を歪めることに長けた者たちが、この国には多すぎる。
*
翌朝、俺たちはチャドの遺体を届けるために、衛兵詰所へ向かった。
応対に出たのは、飾り気のない皮鎧を着た若い衛兵だった。
「殺された……? それは……確認のため、遺体を見せてください」
彼は目を見開いて、俺の報告を繰り返した。
「確かに、彼には指名手配の情報がありましたが……死んでいたとは……」
俺は、言葉を抑えて静かに頷く。
下手に多くを語れば、チャドが俺たちに殺されたと解釈されかねない。
「証人として、カサレアが同席している。必要ならギルドにも記録が残っているはずだ」
「……確認を取ります。ですが、この件はおそらく、上に報告されることになるでしょう」
「構わない。むしろ、その方が都合がいい」
俺はそう言い残し、詰所を出た。
カサレアも、それ以上は何も言わなかった。
*
その夜、俺たちはギルドの休憩室で、静かに次の一手を考えていた。
「チャドを殺した犯人が、この街にまだいると思う?」
「確証はない。だが、レミエルを殺した時と、チャドを殺した時。どちらにも、共通点が一つある」
「“黒い影”……だね」
ああ、そうだ。
まるで煙のような、それでいて意思を持った何か。
俺の中で何かが、少しずつつながり始めていた。
けれど、まだ確信はない。
ただ、次に狙われるのが誰なのか──その可能性だけが、冷たく胸を締めつけていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ゆう
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
蒼穹に溶けた約束 ―記憶を失った勇者と終焉の魔女―
usako
ファンタジー
目を覚ましたとき、名前も記憶も失っていた――。
少年は滅びゆく世界で、ただ一人の「魔女」に拾われる。
世界を救うと呼ばれた勇者は、なぜすべてを忘れたのか。
魔女が背負う「終焉の呪い」とは何か。
過去を思い出すたび、二人は哀しみの真実に近づいていく。
これは、滅びの運命に抗う二人の再生の物語。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる