霧と魔眼のファタ・モルガーナ

氷翠

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26話「失踪の影」

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 サウナリアに来てから数日が経った。ジブリールとサリエル、そしてサンダルフォンは、毎日のように冒険者ギルドへ赴き、薬草採取やモンスターの討伐といった地味ながらも確実に報酬がもらえる仕事をこなしていた。
 ある日の昼下がり、三人は宿屋「カロカロ亭」の食堂で、薄味のスープを啜りながら談笑していた。だが、隣の席から聞こえてきた町民たちの会話が、ふとその空気を変えた。

「……また誰か、消えたらしいよ。今度は北門のあたりの雑貨屋の若い娘さんだって」
「最近、やけに多くない? 子供から老人まで、何の前触れもなくいなくなってる。門番も何も見てないって言うし……」
「でも、みんな共通点がないんだよなぁ……不気味だよ」

 その一言に、サリエルはスプーンを置いて、静かにジブリールとサンダルフォンを見る。

「……聞こえたか?」

 ジブリールが頷く。

「うん、失踪事件て……。気になりますよね。普通、これだけ起きていればギルドの依頼にも出てるはずですよね?」
「そう。なのに、俺たちは一度もそれを見てない」

 サリエルが腕を組む。

「これ、ちょっと調べてみた方がよさそうだ」

 サンダルフォンは湯気の立つカップを手に取りながら、ぼそっと言った。

「気配を感じておる……普通の人の仕業ではない、何か、禍々しいものの匂いじゃな……」

 三人は食事を終え、冒険者ギルドへと足を運んだ。午後のギルドはいつもより静かで、カウンターの奥にはおなじみの受付嬢、アニィの姿があった。彼女は無表情で、だが優しい声で彼らを迎えた。

「いらっしゃい。依頼の確認ですか?」

 サリエルが一歩前に出て、声を落とした。

「今日は少し話を聞きに来た。……最近、町の中で人が消えてるって話を聞いたんだ。ギルドでは何か掴んでないか?」

 アニィの瞳がほんのわずかに細められる。

「……それについては、私たちも気になっております。しかし、正式な依頼はまだ届いておりません。町の衛兵たちも調査をしているようですが、具体的な動きは見えません」
「依頼がないって……こんなに噂になってるのに?」
「はい。通常なら、家族や知人が失踪した場合、捜索依頼がギルドに届きます。しかし今回は、誰も依頼を出してこないのです。まるで……何かに口を塞がれているかのように」

 ジブリールが眉をひそめた。

「脅されてる……とか?」

 アニィは一瞬言葉を止めたが、やがて淡々と答えた。

「その可能性もあります。ただ、奇妙なのは、失踪者たちに明確な共通点がないこと。年齢、性別、職業、家族構成……すべてバラバラです。ただ、一部の冒険者の間では“夜に出歩いた者が消える”という話がまことしやかに囁かれています」

 サンダルフォンがゆっくりと目を閉じた。

「夜の影に潜む何かか……それとも、この町のどこかに“喰らうもの”がいるのかもしれんな」

 サリエルはカウンターに肘をつき、低く言った。

「この件、調べる価値がありそうだ。俺たちでできること、あるか?」

 アニィは一瞬考えるそぶりを見せ、そして机の下から一枚の紙を取り出した。

「……これは、未発表の依頼です。本来、公開してはいけないのですが……あなたたちなら、信頼できます」

 そこには「サウナリア北部・下層区域にて不審な気配あり。夜間調査求む」とだけ書かれていた。報酬額は記載されていない。完全な、内部調査向けの記録だ。
「この件に関しては、私たち受付も詳細を知らされておりません。ただ、このメモがギルドマスターから私のもとに届きました。何かが……この町の地下で起きているかもしれません」
 サリエルはその紙を静かに読み、サンダルフォンとジブリールに視線を向けた。

「やるか?」

 ジブリールは頷いた。

「もちろん。」

 サンダルフォンはいつものようにゆったりと笑う。

「夜は冷えるから、上着を忘れぬようにな」

 アニィはほんの少しだけ表情を和らげると、最後に一言だけ付け加えた。

「……どうか、無理はなさらないでください。貴方たちまで、消えてしまうことが……ありませんように」

 ギルドの扉が軋む音とともに、三人の影が夕暮れの街路に消えていった。
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