戦乱の世は終結せり〜天下人の弟は楽隠居希望!?〜

くろこん

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甲斐編

嫌な予感だけ大体当たる

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「ほぉ、これは...」

  極楽を思わせるような真白い霧が、私たち2人を包んでいる。湯煙の先には幻想郷を思わせる壮大な景色が広がっており、見ている私たちの眼を飽きさせないでくれていた。

 私と幸村、ただ今全裸です。

「下部温泉、湯治場の名湯として有名な場所だ。かつてこの地を治めていた武田信玄殿の隠し湯とされている」

「そうなのですか!」

「あぁ、どうしてもここには来ておきたかったのだ」

  下部温泉にどうしても来たかった私は、準備がある慶次を置いて行き、たった2人で温泉へと来ていた。

 身体を流し終わった後に湯に浸かる。自然にほぅという声が出て、私は湯船に体を沈めた。

 幸村も私の真似をして同じことをしようとする。

 しかし残念、背丈が足りないかな、基本的にこの時代にバリアフリーとか無いしなぁ。

 底が深いから、子供の背丈じゃキツイだろう。

 それを証拠にと言ってはなんなのだが、ブクブクと幸村は首を通り越して鼻まで沈んで行った。あわてて幸村は正座で温泉に浸かり始める。ちょっと可笑しいが、それをいちいち指摘するほど私は意地悪では無い。

 それを取り繕うように、幸村は私に質問して来る。

 笑いそうになったがなんとか堪えられた。良かった私の表情筋は仕事をしてくれたようだ。

 「ご隠居様、この温泉は古くからここにあるのですか?」

「あぁ、ある書物によると、承和3年に熊野権現が現れて温泉が湧いたということらしい」

 昔の温泉は人の手が介在していない、要するに勝手に湧いているケースが多い。

 流石に今浸かっている下部温泉には人の手が少しだけ入ってはいるが、それでもその辺の岩が複数並べてあり囲ってあるだけのシンプルなデザインだし、元の世界にある流し台や身体を流すシャワーも無い。

 熊野権現なんてもんも当然嘘だ、昔の誰かが下部温泉に箔をつける為にやったんだろうな。

 まさに天然の温泉という奴だ、最高だね。

「湯治の為に訪れる者が多かったと言う、幸村は川中島での戦を知っているか?」

「確か、長尾景虎様と武田信玄殿が起こした戦と伝えられております」

「その認識で間違いは無い」

 この世界でも川中島の戦いは起こっている。

 史実での武田と今川の関係は、桶狭間で兄義元が死んだ後、寿桂尼母上の死によって今川と武田の外交関係は手切れとなり、今川に武田が攻め込むというのが大まかなストーリーだ。

 だが、こちらの世界では兄義元が生存している。

 母上が亡くなり、武田家と手切れになった瞬間、史実とは逆に今川は、武田に向かって攻め込んだ。

 武田は、上杉と今川の両方を相手にすることになり滅亡。

 その背景には将軍家と武田の折り合いが悪すぎたところがあるのだが、まぁその辺は置いておこう。

 「この湯は、川中島の戦いで手傷を負った者たちの治療所としても使われていたと言う」

 ちなみに、撮影中にケガした俳優、石原裕次郎が1カ月湯治に訪れたこともあるとか。

 まぁこれは幸村に話してもわからんだろう、未来の話だからな。
 
「そうなのですか、私には矢傷が無いですから。いつか父上のような男の傷を負いたいです!」

「ほぅ、幸村の父上は...昌幸殿か」

「はい、真田安房守昌幸さなだあわのかみまさゆき。それが父の名です」

  「そうか、彼も今川と武田の戦に参加していたな」

「はい、ご隠居様の前で言うのは憚られますが...」

「構わぬ、申せ。」

「裏切って武田に大損害を与えてやったと自慢しておりました」

 幸村が恥ずかしそうに言う。

 まぁ、それは自慢できることじゃあねぇな。

 真田は今川と武田が戦を始めた際に真っ先に裏切った国人領主の筆頭だ。

 流石真田昌幸、表裏比興の者と言われた裏切りっぷりは伊達じゃねぇ。

 当然、私は全く関与してないけどね!

「ご隠居様は手傷など負っておられぬのですね」

 幸村は、私の傷1つ無い体を見て呆然とそう言う。

「あぁ、私は戦場で傷を負ったことなど無い」

「なんと!」

 戦場に出たことが無いからな。

 ちなみにだが、避けていたわけでは無いぞ。

 私の立場というものは非常に不安定だ、この戦国の世は血縁者ですら容易に下剋上を行う時代だ。

 かの織田信長も弟に反乱を起こされたりしててその辺は大分苦労している。武田信玄も親父を追放して領主になっているし、上杉謙信も自分が急死したことで後継者争いが起きていた筈だ。

 つまりだ、私は兄に警戒心を抱かせないよう気遣って引きこもっていたに過ぎない!

 そうだ、私の引き篭もり生活は全て兄の為なのだ。

 これは今川家全体のことを考えた英断と言う奴だ、決してサボりたかったとか引きこもりたかったからではない。

 なお、その兄から何度か戦場に行ってくれと泣きつかれたにも関わらず全部ガン無視したのは秘密。

 私のやる気モチベーションと今川を取り巻く情勢が上手く一致しただけだということも秘密だ。

 この秘密は死んでも墓場まで持って行こう、ボケ老人になった際にポロっと口から出ないようにしないとな。

『是の故に、百戦百勝は、善の善なる者に非るなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』

「孫子ですね」

「そうだ、戦わずして勝つということだな」

「孫子曰く、凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ」

「それも戦わずして勝つという考え方にに準ずるものだ、良く知っておるでは無いか幸村!」

「父に教えて頂きました!」

 良い言葉だ、戦場に立たなくてもそれっぽく聞こえるだろう?

 駄目だな、この手の話題はどうしても憂鬱になる。言い訳がましいからかな、適当な戦場でイエスマンになっておけば勝てた戦もあっただろうから、その辺に参加すれば良かった。

 まぁ今更後悔しても仕方がない、話題を変えよう。

「ここを出たら次は真田の領地へ行くことになるだろうが、真田の領地はどのようなところか?」

「はい、父上が守り天然の要塞と化した沼田の城、森が多くそう易々とは落ちませぬ!」

 いや、そういうことじゃあ無いんだけど。

 私は沼田城には全く興味が無い、幸村が両親に会いたそうにしなければ多分行って無いしな。

 城とかじゃなくてできれば飯とか、温泉とかの話が聞きたいな。そう思った私は、露骨に話題を逸らして幸村を誘導する。

 こういう露骨な反応は大事だ、幸村も私が城の話題などが好きでは無いということをわかってくれるだろう。

 主従関係において従者に求められることは主人がどう思っているか、何をして欲しいかをいかに従者が察せられるかだ。

 それができない従者はそれに相応しく無い、従者として不適正と言うことは家臣となってもいかんだろう。

 相対的に出世にも影響する、幸村にそうした心配は無いと思いたいが。史実の真田幸村って知略や戦場での働きばかりが評価されてて人づき合いとかはあんまり評価されて無いイメージがあるんだよな。

 マイナスと言うわけでは無いのだろうが、脳筋にならないかはかなり心配なところだ。

 「そうか、幸村は故郷の食事で何が一番好きなのだ?」

「ん~特に好き嫌いはありませんでしたが、蕎麦が美味しいと思います!」

「おぉ!そうか蕎麦か!いいなぁ。」

「はい、真田に着いたら是非馳走になりましょう!」

「そうするか。」
 
  真田そばというものの源流はこの世界にも存在するのか、ちなみに真田そばは誰だったかは忘れたが小説の題材にもなっている。

 そのそばというのが「舌がひんまがるような辛いつゆで、そばの味もなにもあったもんじゃない」というほどの辛さらしい。

 ちなみに不味いとは書かれていない、幸村は蕎麦とだけ言っているので真田そばがあるかどうかはわから無いが、是非食べてみたいものだ。

 もちろん無い可能性もあるが、再現すれば良いのだ。大根などはその辺の百姓に銭を持たせれば譲ってくれる可能性は高い。

 そんなことを考えていると、真田に行くのが楽しみにもなっていた。

 温泉で癒されすぎて思考が軟化しているな、まぁ元々こういう目的で旅に出たのだ、悪くは無いだろう。

「いやぁ良い湯だ!」

「そうですね~」

 美味い飯、景色の良い風呂、人の良い大将。これだよこれ、こういうのを待ってんだよ。

 幸村にはこう言ったけど、甲斐国に永住するのも悪く無いかな...


















「どうか、どうか我らの村をお救い下さい!」

 私の目の前に広がるのは土下座する百姓の姿だ、立場上土下座する者たちを数えきれないほど見た私だが、気分は全く良くならない。

 むしろ嫌いなんだ、なんだか自分が偉そうな悪役になった気分になる。男たちが、それぞれ鍬や鎌、そして松明をもってこの場に土下座していた。

 余計悪い、本当なんなんだよ突然。

「落ち着くが良い」

 自分に言い聞かせるように、私は目の前に座る群衆にそう言う。群衆は50を超えている。この夜にこれだけの人数が土下座しているだと?騒ぎになるに決まっているだろう。

 後ろに待機している幸村が私のことをキラキラとした眼で見ていた。

 やめてくれ幸村、その視線は私に効く。

てか、こいつら完全に一揆起こすつもりじゃん。

 ボロボロの衣服、痩せ細った村人。街にそんな姿の人はいなかったから恐らく近くの村にいる百姓だろう。まさかここまで貧困が広がっているとは...

 ここまで情報が揃い、駄目押しの村を救ってくれとの発言。

 これは限界と言うことか、それにしても救ってくれだとは。

 私に何をしろと言うんだい?

 縋るような目で、先頭で土下座をする清吾を見る。少し会ってないうちに老化は進み、何十歳と老けたようになっていた。

 哀れだな、それほど思いつめていたのだろう。

 まぁ、話だけでも聞くか。

「私は確かに今川の人間だが、既に隠居の身だ。お主らに融通してやることは不可能だぞ」

「それは存じておりまする、輝宗様にお願いしたきことは、輝宗様のお知恵を貸して頂ければということでございます!」

 は?やだよ。
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