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嫁探し編

人間か?この人

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「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 「いや、2度目な?流石の俺も少しは傷つくぞ。」

 素っ頓狂な声を出す幸村の頭を、金髪の男がごちんという音と共に殴る。

 父親が小学生の息子を叱るときにするような優しい小突きは、幸村の視界を瞬時にクリアにさせた。

 顔を振り、前を向く。

 まだ意識がぼんやりとしている幸村の目の前には金髪の男が立っている、真正面から見ても大きいな。

 そんな気持ちのまま、幸村は言葉を紡いでいく。

 「あ、貴方は何者なのですか?」

 「俺か?俺は...そうひょうだな、キョウとでも呼んひょんでくれ。お前おみゃえは?」

 キョウ、そう自らを称した男は肉を食いながらそう答えた。

 「真田安房守が次男、真田源次郎幸村と申します。」

 「真田、幸村ってマジか!?なんでそんな有名人がこんなところにいるんだよ!?」

 真田幸村、その名前を聞いた瞬間に男は 飛び跳ねるように驚く。

 コロコロと変動の激しいその顔は、彼の朗らかな性格を表しているのか。

 「私の名前を知っているのですか?」

 「あぁ、逆に誰が知らないってんだ?」

 そんなことは無い、そう思いながらも幸村は下を向き赤面する。

 今川輝宗、その越後での騒動は日本中に知れ渡っているだろう。その家臣の1人である自分の名前など商人の言伝では殆ど伝わっていないに違いない。

 故に、キョウの言葉はお世辞かたまたまの可能性が高い。それを勘定に入れていても、自分が知らない人から知られているというのは幸村にとって気分が良いことではあった。

 「なるほどな~幸村...真田幸村とはな、腹減ってるだろ。食うか?」

 「あ、頂きます。」

  腹が空いているのを見透かされていたのだろうか、木を削った棒に刺さる肉を分けてくれた。

 単なる肉だ、焼いてある以外特別な加工は何もされていないように見える。

 先程の熊肉だろうか?

 味はーー

 「美味しい!」

 「ハハッだろお?料理は焼けばなんでも美味いんだよ!」

 「キョウ殿はどうしてこんなところに?」

 「え、道に迷った。」

 「私もです!」

 「どっちも迷子かよ!まぁいいや、似たモン通しこの場では協力しようや!」

 そう言うと、顔を付き合わせて2人は笑う。

 吹き出すようなキョウの笑いに、幸村もつられて笑みを止められない。

 カリスマ、と言うのだろうか。

 状況は絶望である、たった1人川に流され、自らの主の姿は無し。

 にも関わらずここまで焦らず事態に対応できているのは、この異人の男 (年齢がいくつかわからないが、若く見える。)のおかげだ。

 そんな幸村に向かい、徐ろにキョウが飛びかかって来た。









 「危ねぇ!」

 キョウの素早い動きに対応できず、そのまま組み敷かれるように幸村は倒れこむ。

 ドゴムという肉同士がぶつかる音と、体に伝わる軽い衝撃だけか幸村に与えられた情報だ。

 何が起きた?

 慌てて起き上がる、すぐに後ろにはキョウが立っており、腕と脇の間から2本の牙が伸びている。

 これは、猪だ!

 「オイオイ、猪かよ。今日は大量だなっと!」

 ギシリ、という音がした。

 それは、キョウの鍛え上げられた筋肉から出た悲鳴だったのか、それとも猪の肉体が力できしんだ音だったのか。

 わかったことは、猪が持ち上げられていることだけだ。

 「くたばりやがれ!」

 そんな気合の声とともに、キョウは砲丸投げの要領で猪をぶん投げる。

 猪は岩にぶつけられ、そのままズルズルと崩れ落ちた。

恐らく即死だろう。

いや、 馬鹿な!

 そんな幸村の心の叫びは空虚の中に消えていく。

 猪の突進力は、人間にとってかなりの脅威になり得る。猪の突進のスピードはおよそ40キロと呼ばれており、その最大値は固体にもよるが470キロにもなると言う。

 そんな猪の突進を体で受け止める?

 トラックに轢かれるのとほぼ同じことだろう、良くて両腕が骨折し悪ければ苦しみながら死ぬ。

 それを、この人は...!!

 「あ、今ので思い出したわ。俺真田幸村に会ったら質問したかったことがあるんだよ。」

 目の前で起きたことが、まるでなんでも無かったかのようにキョウは幸村に向き合う。

 あくまでも、普通に。喜びも、怒りも、なんの感情も無いようにキョウは尋ねた。

 まるで、明日の天気を聞くように、自然と。

 そんな質問に、幸村は首を縦に振ることしかできなかった。

 「?」


◇◇◇◇


 あー疲れたー

 もう無理だわ、疲れたわ。歩くの怠いわ~

 生い茂る森の中、今川輝宗はあても無く森を彷徨い続ける。

 その身体は鉛のように重い、一度休憩をと思ったがもう少しだけと心が急く。

 そもそも、千代が落とそうとするからこうなったのだ。

 結果的に落ちたのは千代のせいだ、あの野郎絶対に後でしばいてやるからな!

 運良く近くの木がクッションになって大きな怪我はしなかったが、それでも体の節々は痛い。

 もー無理!休憩してやる!

 まぁこの辺りで座っていればお藤や慶次あたりが助けに来てくれるだろう、多分。

 そう思い、輝宗はゆっくりと石に腰を下ろす。

 本当、どうしてこうなったのやら。

 理由は明白で、考察は無意味だ。

 千代が私を落とそうとしたのは、私が生き残ると確信しているからだ。

 愚かとは言わないが阿呆だな、前世とは違うということを理解していないのだ。

 それでも私はは思わずにはいられない、昔とは違う。

 そう、かつての自分はもういないのだから。

 「最強の傭兵ねぇ...やべぇ、殆ど覚えて無いぞ。」

 千代、ハンゾー、加藤。

 彼らの輝かしい功績、輝かしい足跡の殆どを私は覚えていると思う。

 だが、私は

 朧げだ、前世の記憶の殆どは夢の記憶の如く霞み今では会っているのかどうかわからないというのもまた真実だ。

 この世界に1番長くいるということもあるのだろう、千代は10代、ハンゾーもまだ20代だ。

 私だけ爺だからな...

 「よし、そろそろ行こうかな。」

 自らを叱咤させる、対策も対応もこれから考えれば良いのだ。

 親友に会えた嬉しさでそういったことを放り投げて来たが、そろそろこの話題を持ち出すべきなのかも知れない。

 自分は、もう何も出来ないのだと。

 というか、本当にみんなに知って欲しい...

 私凡人だからね!?そんな神みたいに崇められても困るんだ!

 落ち着け、取り敢えずこういった話はまた今度考えるべきだな。

 よっこらせ、そんな音と共に立ち上がる。

 ギシリという体の軋みと共に、

 「なんなんだ本当!」

 叫びたくなる気持ちを抑え、私は前を向く。

 そこには、縛られて気絶した男の姿があった。

 いや違う、これは木のツタなのか?

 たまたま絡まって、落ちてきた...のかな?

 男は、真っ黒の一目見ればわかるような忍び装束 (と輝宗が勘違いしているもの)を着ている。

 あれ、これ服部半蔵じゃね?
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