落ちた少女の海洋都市《アトランティス》

石狩鍋

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01 美しき都市と優しい瞳

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 海洋都市アトランティス。彼はかつて栄えた都市と言っていたのだが、そんな物は一度も聞いたことがない。恐らくどの文献にも載っていないだろう。捨てられる前に勉学の為様々な帝国史文献を読み漁った為、それは間違いない。
 ですが、今こうして私はその地を歩んでいる。ただの都市なら特別信用する事なんてしなかったが、海底に存在しているという明らかに異常すぎる事実を目の当たりにしている今、信用するなと言う方がおかしい話だ。

 屋敷へと案内されている間、私は彼に質問を投げかけます。

「何故、この都市は海底にあるのですか?」
「百年前に起きたとされる、大聖戦の話は知っているかな?」
「は、はい……たしか、世界規模で起こった大戦争、ですよね」

 大聖戦。通称『偽りの聖戦』。
 百年前に世界規模で行われた大戦争。その過去でも未来でも幾多の戦争が起こってきたが、未だこれを越える規模の戦争は存在しないといえば、いかに大聖戦が大きな物なのかが想像できるだろう。
 事の発端は、各国の貴族たちによる政府への反乱だっただろうか? それがやがて貴族連合軍と政府軍の戦いとして広まっていき、規模が拡大していったとかなんとか。
 一千万を超える死者、そして幾多の村や街、そして国が滅んだという文献は残されてはいたけれど。

「……まさか、ここが?」
「ええ。海洋都市アトランティス。かつて帝国と関わりの深かった場所で、とても美しい港町でした」

 美しい場所だったというのは、海底に沈んだ今でも分かる。所々破損してはいるものの、白く綺麗な石材で建てられた住居に出店、そして広場には繊細な意匠が施された噴水と、海底という背景も相まってそれは美しいとしか言葉が出ない程の良い景観であった。
 沈む前の街も見てみたくなってしまう。それはもう叶わない事なのだろうけど。

「帝国との取引も盛んにおこなわれ、観光地としての人気も高くなっていたある日――その大聖戦は起こってしまった」
「そんな、でも、これほど大きな街を海底に沈める事なんて……」
「残念なことに、それは起きてしまったのです。今は失われた秘術なのですが」

 彼は悲しそうな表情をして語ってくれました。
 この海洋都市は、不運にも貴族連合軍と政府軍の陣地境界に位置していた為に、幾多の襲撃を受けてしまった過去を持っていた。しかしそこはさすが海洋都市と呼ばれる巨大な港町、帝国の支援もあり、軍事力は中々の物を誇っていた為に、何度も追い返す事に成功していたのだ。

 ――しかし、悲劇は終わらなかった。
 大聖戦が熾烈を極める頃、軍事力の強化として海洋都市の軍を一時期移動させる事を帝国は決定したのです。その際帝国は下級軍人を少数派遣し、警備に当たらせたのだが、これがそもそもの間違いであったのだ。
 そう、それは表状の契約。帝国の裏では、その間に海洋都市を襲撃し、政府軍の拠点にするように仕向けたのだ。海産の資源、及び近隣にそびえる鉱山の存在、それは拠点に選ばれるのも当然だ。つまりアトランティスに起きた悲劇とは、帝国による裏切りに他ならなかった。
 政府軍が密かに送った刺客により、住民は当時いなかった者を除き全員虐殺され、美しかった都市は一夜にして血で濡れる事となった。

「それがこの街に起きた事全てです。戦後、帝国はこの街を無かった事にしようと、隠された禁呪を使い、街ごと海底に落とした。地図や文献からもはく奪され、知っているのは帝国の上層部だけでしょう」
「……酷い」
「ふふ、でも、もう過ぎた事です。さて、色々話したことですし、こちらも事情を聞くとしましょう」

 気づけば私達は、最奥に位置する屋敷へとたどり着いていた。曰く、この男性は現在ここに住んでいるらしい。
 元々この屋敷は、都市の管理者の物らしく、現在もその用途で使われている。つまり、この男性はこの海洋都市の現市長なのである。

「何故、貴方はここに? 袋に詰まれていた事と、手足を縛られていた点を踏まえれば、ただの事情には思えませんが。――罪人だったり?」
「ち、違いますっ! ……親に、捨てられたんです。役立たずだって……」
「役立たず、ですか?」

 私はこれまでの経緯を洗いざらい語った。完全に味方を失った事で混乱してしまっていたのかもしれない。こんな事、普通は見知らぬ赤の他人に喋ることなど出来ない筈でしょう。
 愚痴に近いその内容にもかかわらず、男は暖かいまなざしを向けながら、うんうんと頷いていた。

「成程……とても辛い思いしたんだね」
「簡単に言うじゃないですか、親に捨てられた気持ちの重さ、貴方に分かるんですか!?」

 涙で瞳を濡らしながら、つい激高してしまった。この人には何の罪もありはしないのに。ああ、嫌な気持ちにさせて怒らせてしまったらどうしよう。また海に放り出させるのだろうか?
 ――でもいいや、赤の他人に捨てられるだけなら、まだ気持ち的にはマシだろうし。

 しかし、彼は私のそんな思いとは真逆に、すっと優しく抱きかかえてきた。

「ちょ、ぁ、ぇ!? な、なんですかっ!?」
「……確かに分からない。でも、僕も故郷を失っているのです、失礼かもしれませんが、気持ちは同じですよ。何せ、親とも呼ぶべき人達から、裏切られたのですから」
「え? あ、貴方」
「信じられないかもしれませんが、この海洋都市アトランティスの生き残りです。最も、襲撃当時僕は、諸事情で都市を離れていただけなんですけれどね」

 彼の瞳から、しんっと涙が一つ零れる。何故泣く? 私、何かやらかしたのでしょうか?
 あわあわと慌てふためく。彼はその様子を見て涙に気づいたのか、はははと苦笑してそれを拭った。

「どうも人には感情的になってしまいます。悪い癖ですね」
「……でも、大聖戦は約百年程前の出来事ですよ? 貴方、相当若いように見えますけれど」
「ははは、確かに。僕はちょっと特殊でね、ふかくは語れないけれど」

 自分は不老不死です、とでも言いたいのだろうか? 馬鹿馬鹿しいにも程がある。そんなのになれる秘術や道具なんか、伝説上でしか語られていない。もしそんなものがあるというのなら、実際に欲しい位だし、見てみたい物だ。
 だがまあ、余りに深く詮索すると頭が混乱する為、聞かない事にしよう。

「貴方、お名前は?」
「……シキ。シキ=リーデンメーク」
「シキ、良い名前です。僕はアラン=ベッカー。もし、帰る場所がないのでしたら、暫くここで暮らしませんか?」
「え?」

 至極当然のように語られた提案に、私は息を飲んだ。赤の他人である女の子に『暮らさない?』の言葉を言えるのは、相当な大物か、度胸ある人物ですよ?

「今あったばっかですよね? 良いのですか?」
「追い返して、また捨てられたりしたら、更に辛い思いをさせてしまいます。それに、貴方は役立たずなんかではありません。優秀な女性ですよ」
「優秀な……女性?」
「そうですね。貴方の魔力回路ならば、星級魔術師に到達するくらいなら容易い筈です」
「せ、星級!?」

 星級魔術師、それは魔術師の階級の中でも頂点に君する存在であり、多くの魔術師見習いの憧れでもあります。私の知っている範囲だと、帝国四星団と呼ばれる組織の長である魔術師が、その地位に値する筈です。
 そんな凄い地位に私が? 俄かには信じられません。

「はい。正確には、厳しい訓練を積めばどんな人間でも星級には到達できます、努力次第ですが。しかし、貴方に至ってはそのスタート地点が他の人達より優れた状態というだけです。きっと、素晴らしい魔術師になれますよ」
「……し、信じられません。何でそんな事が分かるんですか?」
「んーそうだね。僕も一応魔術師ではあるから……その直感って奴かな」

 私が袋に詰められていた時にかけられたであろう魔術。あのような詠唱は、水属性の魔術文献を読んだ私でさえ知らなかった。という事は恐らく、禁呪が秘呪、或るいは彼が独学で作り上げた魔術と言う事になる。どちらにせよ、それを行使できるとなると、相当な腕前の筈。この時点で私は、もう何があっても驚かない事にした。全てが規格外すぎる。

「……」
「面白い顔するね。まさに、信じられないって思う人のする顔だ」
「だって、そんなの規格外すぎるもの」
「そりゃそうだろうね、でも大丈夫だよ。僕が一つ一つ教えてあげるとしましょう。どうかな? 辛い現実にいるより、こういう現実味がない場所で生活するのも、悪くはないと思うけれど」

 彼の言葉一つ一つが、私の心に鋭く突き刺さる。正論なのに、どうして彼の言葉は暖かく感じるのだろうか? 親の正論は、とても冷たく痛かった筈なのに。
 両親によるスパルタ指導が始まってから、私に対する口調は次第に鋭くなっていった。その結果、最終的には罵詈雑言の嵐となっており、優しいの欠片は微塵も感じられなかった。だから私は、再び両親の優しい声を聞く為に努力した。実を結んで、名誉を得れば、両親は喜んでくれるだろうと思ったから。

 しかし、結局その想いは叶う事なんて無かったのだが。

「……本当に、良いんですか?」
「ええ、勿論」
「じ、じゃぁ、お願い、します?」
「うん、決まりだ。――ははは、なんで疑問形なのかな?」
「こ、混乱してるからですっ!」

 こうして、私とアランさん、そして他の住民たちによる、海洋都市での生活が始まったのです。
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