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第七十一話 ホウリ第一回戦 ネコと和解せよ
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───獣人───
獣人とは魔族の1種である。普段は人と同じ格好をしているが、戦闘になると獣化により獣へと姿を変える。獣の姿になるとステータスが大幅に向上により、全種族一番の戦闘力を誇る。しかし、獣の姿は消耗が激しいらしく、長時間の獣化は体への負担が大きい。なお、獣化していなくても耳や尻尾が出ている者もいて、そういう者は獣化しなくてもある程度は獣の能力を使用することが出来る。なお、ミエルの友人であるラッカも獣人である。──────Maoupediaより抜粋
☆ ☆ ☆ ☆
大会当日、僕ら4人は観客席に座って緊張していました。人国にあるどの建物よりも大きい闘技場、そんな建物の中が観客のざわめきで埋め尽くされている中、僕はポツリと呟きます。
「……いよいよですね」
「この戦いの結末で全てが決まる」
「まずはホウリの番か」
自分の番ではないに関わらず、心臓が高鳴って仕方がない。心を落ち着ける為に僕はパンフレットを取り出して読んでみます。
初めのページはこの大会のルールが書いてあります。この大会のルールは重要な点は大きく分けて3つ、戦闘不能になった方が負け、魔道具の持ち込み禁止、ポーションによる強化禁止です。他にも細かいルールがありますが、フェアな試合にするための事なので普通に戦う分には問題ないでしょう。
次のページには闘技大会の歴史が書いてあります。どうやらこの大会は最初の人が開催したものが今まで引き継がれているらしい。歴史は2000年と長く魔国が出来た時と同じくらいみたいですね。
直近の優勝者の情報も書いてありますね。前回の優勝者は剣士みたいですね。なんでも切れ、太刀筋は誰も捕えることは出来ない。遠距離攻撃は無かったみたいですが、素早く距離を詰めて攻撃を行っているみたいです。
パンフレットのページをパラパラと捲って、以前の優勝者達の情報を見てみます。どの優勝者を見ても僕が優勝出来る気がしません。……いや、気持ちで負けちゃダメだ。僕達には前に優勝するしかないんです。自分の為にも、皆の為にも。
「……よし、がんばろう」
「覚悟は決まったか?」
僕の呟きにフランさんが質問してきます。僕はその質問に笑顔で答えます。
「はい、僕は負けません」
「その意気じゃ」
「そういえばさ、このパンフレットに対戦の順番は書いてないね?なんで書いてないの?」
パンフレットを読みながらノエルちゃんが不思議そうな声を出す。そういえば、ノエルちゃんはあまりイベント事については詳しくなかったですね。
不思議そうなノエルちゃんにミエルさんが説明をします。
「この闘技大会はトーナメント形式で優勝を決める。だが、第一回戦の組み合わせだけは直前まで公表されないのだ」
「なんで?」
「その方が盛り上がるから」
「大きな大会なんだよね?それでいいの?」
「1000年前からこうなっているみたいだし、問題ないんだろう」
流石に出場者には知らされてますが、公表したら失格になります。なので、出場者は組み合わせの流出に関しては人一倍注意しています。
「ふーん、じゃあホウリお兄ちゃんがいつ出るかも分からないんだ」
「僕らは知ってますが言えませんね。不用意に言っちゃって失格にったら困りますし」
「そう遠くなく出番になるかもしれないぞ?」
「そうなんだ」
ノエルちゃんはパンフレットを閉じて戦場へとわくわくとした視線を向ける。そんなノエルちゃんにフランさんは小型の魔道具を渡す。ノエルちゃんは不思議そうな顔をしながら魔道具を受け取る。
「何これ?」
「耳に入れれば解説席の声が聞こえる魔道具じゃ。皆の分もあるぞ」
僕らはフランさんから魔道具を受け取って耳に入れます。すると、正常に使えるか確かめるためか穏やかなクラシックが聞こえてきます。
「これって結構高かった気がしますけど、どうしたんですか?」
「ホウリから受け取ってな。出所はしらん」
「ホウリさんなら合法的に調達したんでしょう」
「どうだか。まあ、この際出所はどうでもいい。有難く使うとしよう」
ミエルさんが耳に魔道具を入れます。
「この実況は中々面白くてな。試合の解説は勿論、出場者のちょっとした情報も聞くことが出来る」
「へーそうなんだ。ありがとう、フランお姉ちゃん」
「むふふ、何か必要なものが有ったら言うのだぞ」
そうこうしている間に、会場のスピーカーから大音量で開始5分前のサイレンが鳴り響きます。それと同時に魔道具から解説の人の声が流れてきます。
『皆さん!お待たせいたしました!まもなく、闘技大会、第一回戦を始めます!』
大歓声の中でも聞き取りやすい声ですね。これなら会場の熱気も感じつつ解説も堪能できそうです。……あれ?この声どこかで聞いたことあるような?
僕は不思議に思いつつも解説を聞き続けます。
『解説は私、トレット・タタンと』
『……チフール・タタンでお送りしますわ』
(ドンガラガッシャーン!)
「大丈夫かロワ!」
思わず客席から転げ落ちた僕にミエルさんが心配そうに手を差し出してきました。僕はミエルさんの手を取りながら答えます。
「……大丈夫じゃないかもしれません」
「何があったんだ!?」
何とか客席に着いた僕は背もたれにもたれながら説明します。
「この解説の人達、僕の父さんと姉さんなんです」
「な!?ロワのご家族の方なのか!?挨拶はいつすればいのだ!?結納の日付は……」
「びっくりしているのは分かりますが、落ち着いてください」
僕よりも取り乱しているミエルさんを落ち着けます。
「なんだかミエルさんを見ていると逆に落ち着いてきました」
「自分よりも慌てている奴を見ると自分は落ち着く理論じゃな」
「菓子折りは持っていた方が?その前に孫の顔を?
「ミエルも落ち着け」(ドスッ)
「……っは!私は何を?」
フランさんの手刀でミエルさんは我を取り戻しました。
「大丈夫ですかミエルさん?」
「あ、ああ。問題ない」
良かった、いつものミエルさんみ戻ったみたいですね。
僕らがなんやかんやしている間にも父さんと姉さんによる解説は続きます。
『それにしても久しぶりだなトレット。何年ぶりだ?』
『6年ぐらいですわね。私としては2度と会うつもりは無かったのですが』
『なんでだよ。親子なんだから楽しく会話しようぜ?』
『そこなんです。なんで私と父が一緒に解説をしないといけませんの?』
『さあな。運営委員会の誰かが「親子で解説って面白くね?」とか言ったんじゃねぇの?』
『今すぐ企画した奴を呼びなさい。父と一緒に葬ってやるわ』
『そいつはともかく、俺を葬るのはおかしんじゃないか?』
『その発言もおかしいのですけどね』
何これ!?いつも家でやってる会話じゃないですか!?というか、姉さんはともかくなんで父さんがいるんですか!?オファーした人何考えているんですか!?
『とりあえず、解説の仕事がある以上はあなたを葬る事は先送りにします。有難く思いなさい』
『葬る事は決定しているんだな』
『当たり前です、今見逃されているだけでも感謝されるべき事なのですよ?』
『実の娘に命を狙われてる時点で感謝する事はない』
ダメだ、2人のやり取りを聞いているだけで頭が痛くなってきた。
「……お主も苦労しとるんじゃな」
「そうだな、何かあったら私らに相談するといい」
2人のやり取りを聞いていたフランさんとミエルさんが憐みの視線を向けてきました。正直、魔道具を耳から取り外したいですが、せっかくホウリさんが用意したものですから付けておきましょう。
『そういえば、雑談するだけでいいのか?何か解説っぽい事でも言った方がいいか?』
『そうですわね、この話は終わってからにしましょう。あなたからは何かありますか?』
『雑な振りだな。そうだな、優勝候補予想とかそれっぽくないか?』
『そんなの決まってますわ。ロワ・タタン選手が優勝に決まってますわ』
「やめて!そんな事言われたら無駄にプレッシャーがかかる!」
姉さんの言葉で顔が真っ赤になっていくことが分かる。聞いている人が少ないとは言え、優勝候補として僕を出すのは止めて欲しい。
案の定、姉さんの言葉を聞いた父さんは呆れたように言う。
『弟を贔屓したいのは分かるが露骨すぎないか?』
『これくらい当然ですわ。あなたはロワ選手に勝って欲しくないのですか?』
『勝って欲しいが、この大会には猛者が集まっているからな。組み合わせによっては良い所まで行くかもしれないが、優勝は厳しいかもしれないな』
父さんの言葉で火照った顔が急激に冷えていくのを感じる。父さんは人を見る目はかなり優れています。そんな父さんが優勝出来ないというのなら……
『ただ』
『ただ?』
『俺が知ってるロワ選手は努力の天才だ。努力し対策を怠らず、自分の力を100%出し切れたのなら優勝の可能性も十分ある』
『ではロワさm……ロワ選手が優勝すると?』
『さあな、可能性はあるがどう転ぶかは戦いが終わってからしか分からない。実際の所、優勝者予想なんて意味が無いのかもしれないな』
『あなたが言い出したことでしょう』
『小さい事は気にするな。そういう訳だ、がんばれよロワ』
『私たちはロワを応援してますわ。今出せる力を全てぶつけてきなさい』
父さんと姉さんの言葉を聞いた僕はお腹に冷たいものが降りてくるのを感じた。頭も冴えている、プレッシャーも小さくないが快く思えます。
「さっきの言葉を撤回しよう。良い家族じゃな」
「そうだな。少し羨ましい」
フランさんとミエルに向かって僕は満面の笑みで答えます。
「はい!自慢の家族です!」
☆ ☆ ☆ ☆
父さんと姉さんのエールから数分、再び闘技場内にサイレンが鳴り響きました。選手入場の合図です。
それと同時にアナウンスがスピーカーから流れてきました。
『皆さん、お待たせしました!第一試合、選手入場です!』
アナウンスに会場の熱気が一気に最高潮になります。会場の熱気に負けないように大音量で選手が紹介されます。
『一人目はこいつだ!獣人一の暴れん坊!強靭な肉体で全てを粉砕する!ステル・ナタ!』
「ぐおおおおおお!」
吠えながら入場してきたのは真っ赤な髪の大柄の男だった。顔つきは荒々しく、いかにも戦いを好みそうな顔をしている。だが、見た目は普通の人族とは変わらない。
その姿に疑問を持ったノエルちゃんがフランさんに質問をする。
「ねえねえ、あの人獣人なんだよね?もふもふしてないけど本当に獣人なの?」
「獣人は普段は人の形態をとっておる。じゃがな、戦う時には獣の姿になり強靭な肉体で戦うんじゃ」
「戦う時にもふもふになるってこと?」
「そうじゃな。人の時は獣の特性は薄いが獣化した後はほとんど獣と同じになる。闘争心も上がるから厄介じゃな」
「そういえば、僕も獣人が戦うのを見るのは初めてですね。楽しみです」
ステルさんの雄たけびに呼応するかのように、会場の熱気も高まっていく中、もう一人の選手が入場してきた。
『二人目はこいつだ!経歴、戦闘スタイル、素顔、一切不明!今大会のダークホースとなりえるのか!パイナ選手!』
もう一人の選手はローブに身を包み、顔を鉄仮面で覆った銀髪の人でした。ステルさんとは違って物静かに入場してきます。
『さあ、両選手入場しました!それぞれの位置に付き次第、試合が開始されます!』
ステルさんがパイナさんを睨みつけながら指定の位置へ移動する。対するパイナさんは我関せずといった様子で指定の位置へと歩く。
その様子を見ていたフランさんは何かに気が付いた表情になる。そして、僕らに念話で話しかけてきました。
『もしかして、パイナってホウリか?』
『名前が明かされていないのはパイナだけだ。確実にパイナがホウリだろう』
『あれは変装と言えるのか?』
『正体が分からなければ変装じゃないですか?』
『ホウリが考えそうなことじゃ』
両者が指定の位置に付きお互いを見据える。
『それでは、試合開始ぃぃぃぃ!』
(うおおおおお!)
最高の熱気の中、先に仕掛けたのはステルさんでした。
「はああああ!」
ホウリさん……パイナさんに向かって全力で駆けていき、そのままの勢いで殴りかかります。パイナさんはステルさんの拳を後ろに飛びのくことでかわしました。
『まず仕掛けたのはステル選手、大ぶりの攻撃だったためかパイナ選手は難なく避けましたわね』
『ステル選手の攻撃は様子見の意味合いが強いんだろう。相手の様子を見てどの程度本気を出すかさぐっているんだな』
「しゃあおら!」
再びパイナさんに殴りかかるステルさん。すると、パイナさんは後ろに下がらず逆に前に身を乗り出しました。
ステルさんの攻撃がパイナさんに直撃すると思った瞬間、パイナさんはステルさんの懐に潜り込み顔を鷲掴みにしました。そして、ステルさんの足を払って体制を崩し、そのまま地面へと後頭部を叩きつけました。
『ほう、上手いな』
『大ぶりの攻撃は体制が崩れやすいので、そこを突いた攻撃ですわね。しかも自分の力も加えている分、威力も大きくなってますわ。並みの選手ではこれで終わりですわね』
よかった、2人ともちゃんと解説している。っと、そんな事より試合に集中しないと。
ステルさんを叩きつけたパイナさんはすぐさま後ろに飛びのいて体勢を整えます。姉さんの言う通り、普通の選手だったらこれで終わるんだろう。だけど、事前に聞いている通りの選手だったら……。
「ふ、あはははははは!」
ステルさんが大声で笑いながらゆっくりと起き上がってきます。やっぱり獣化していなくてもタフですね。ダメージはほとんどないみたいです。
ステルさんは起き上がっても笑いをやめません。
「あははははは!いいぞ!その非力な体での戦いかたとしては満点に近い!」
「…………」
ステルさんの言葉にパイナさんは何も言いません。多分無口キャラで行くつもりなんでしょう。
パイナさんは話さないのですが、ステルさんは益々上機嫌になります。
「だが、貴様のその技は人間にしか通用しない。そうだな?」
「…………」
「ならば、こういう時はどうする?」
そう言うとステルさんは腕をクロスさせた後、勢いよく手を広げました。瞬間、ステルさんの体を赤色の毛が覆いつくしていき、大きな獅子へと変化しました。見ただけで強靭だと分かる肉体、並みの攻撃ではダメージは与えらないでしょうし、かなり素早そうです。
獣化したステルさんはニヤリと笑って話し始めます。
「この体は人型よりもより強靭に、より素早くなっている。しかも4足歩行のため、さっきの技は通用しない。さて、貴様はどうやってしのぐ?」
「…………」
ステルさんの言葉にパイナさんは黙ってステルさんを見据えます。
「まあ、答えなくてもいい。実践して貰うだけだ!」
そう言うとステルさんはさっきとは比べ物にならない程の速度でパイナさんへ突進します。
「グオオオオオ!」
ステルさんが迫ってくるなか、パイナさんは懐から何かを取り出します。あれは……試験管?中には何かの液体が入っているようですが、何かまでは分かりません。
『パイナ選手、これは何をしようとしているのでしょうか?』
『獣化した奴に毒は効きにくいし、効いたとしても突進で吹っ飛ばされて終わりだ。正直さっぱり分からん』
皆が不思議に思いながら見ていると、パイナさんは試験管を真横に投げました。すると、地面に落ちた衝撃で試験管の蓋が外れ、中の液体がこぼれます。
そうしている間にもステルさんはパイナさんに迫ってきます。2人の距離が1mを切り、ステルさんがパイナさんに襲い掛かろうと後ろ脚に力を入れました。瞬間、
「にゃああああん!」
ステルさんは試験管に入っていた液体に向きを変えて突進していきました。そして、液体を舐めると機嫌がよさそうにゴロゴロと喉を鳴らします。
「は?へ?何が起こっているんですか?」
「わしに聞くな。奴の考える事など分かる訳無いじゃろ」
フランさんが分からないのであれば僕も分かりません。
まるで日向ぼっこをしている猫のようにリラックスしているステルさんにパイナさんが近付いていきます。そして、懐から丸い何か……大型の猫用のボールを取り出してステルさんの前にボールを放り投げました。
すると、ステロさんは興奮したようにボールで遊び始めました。その様子は普通の猫と変わりまりません。
『私たちは何を見せられてるんですの?』
『…………あ、なるほど、そういう事か。あっはっはっは!面白い事を考えるな!』
『何か分かりましたの?私にも教えてくださいまし』
『あっはっはっは!お腹痛い、面白すぎる』
『あーもう!私だけ分からないままは嫌ですわ!さっさと教えてくださいまし!』
『あっはっはっは!い、息が出来ない』
『ちょっとお父さん!教えてよ!』
気になり過ぎて姉さんが素に戻っている。というか、父さんは何か分かったみたいだ。
会場の雰囲気も変になっているし、さっきからざわめきが収まらない。本当に何が起こってるんだろうか?
結局、数分間ボールにじゃれていたステルさんはそのまま気持ちよさそうに眠りにつきました。
ステルさんが寝た事を確認したパイナさんは、そのまま戦場の出口へと向かっていきます。見ている人がぽかんとしている中、スピーカーから大音量でアナウンスが流れた。
『ステル・ナタ選手戦闘不能により、勝者、パイナ選手!』
勝利宣言後も会場が盛り上がる事はなく、妙な空気の中で第一試合は終幕したのでした。
☆ ☆ ☆ ☆
『あー、面白かった。今まで見た試合の中で一番笑ったかもしれねえ』
『落ち着いたのであれば何が起こったか説明してくださいます?あの液体はなんだったのです?』
『あれはマタタビを濃縮したエキスだ。パイナ選手はそれを振りまいたんだよ』
『マタタビ?確かネコ科の動物が舐めるとリラックスするっていう植物……まさか?』
『ああ、その植物を濃縮したのがさっきのエキスだ。おまけにボールにもたっぷり染み込ませていたんだろうよ』
『濃縮されたマタタビを摂取したステル選手はリラックスしてしまい、そのまま寝てしまったと?』
『そういう事。獣化した獣人は体質が獅子に近くなる。獣化していない状況じゃ効果がなかっただろうから、早々に獣化したのはパイナ選手にとって好都合だったんだろう』
『というか、パイナ選手はマタタビとボールを申請していたのですか?獣人と当たるか分からないのに?』
『そうなんだろうよ。申請していないアイテムを使ったら審判が黙っていない筈だ』
『今までに見たことが無い出場者ですねわね』
『そうだな。案外こういう奴が優勝するかもしれねぇぞ?』
『私としては歓迎できませんわね』
獣人とは魔族の1種である。普段は人と同じ格好をしているが、戦闘になると獣化により獣へと姿を変える。獣の姿になるとステータスが大幅に向上により、全種族一番の戦闘力を誇る。しかし、獣の姿は消耗が激しいらしく、長時間の獣化は体への負担が大きい。なお、獣化していなくても耳や尻尾が出ている者もいて、そういう者は獣化しなくてもある程度は獣の能力を使用することが出来る。なお、ミエルの友人であるラッカも獣人である。──────Maoupediaより抜粋
☆ ☆ ☆ ☆
大会当日、僕ら4人は観客席に座って緊張していました。人国にあるどの建物よりも大きい闘技場、そんな建物の中が観客のざわめきで埋め尽くされている中、僕はポツリと呟きます。
「……いよいよですね」
「この戦いの結末で全てが決まる」
「まずはホウリの番か」
自分の番ではないに関わらず、心臓が高鳴って仕方がない。心を落ち着ける為に僕はパンフレットを取り出して読んでみます。
初めのページはこの大会のルールが書いてあります。この大会のルールは重要な点は大きく分けて3つ、戦闘不能になった方が負け、魔道具の持ち込み禁止、ポーションによる強化禁止です。他にも細かいルールがありますが、フェアな試合にするための事なので普通に戦う分には問題ないでしょう。
次のページには闘技大会の歴史が書いてあります。どうやらこの大会は最初の人が開催したものが今まで引き継がれているらしい。歴史は2000年と長く魔国が出来た時と同じくらいみたいですね。
直近の優勝者の情報も書いてありますね。前回の優勝者は剣士みたいですね。なんでも切れ、太刀筋は誰も捕えることは出来ない。遠距離攻撃は無かったみたいですが、素早く距離を詰めて攻撃を行っているみたいです。
パンフレットのページをパラパラと捲って、以前の優勝者達の情報を見てみます。どの優勝者を見ても僕が優勝出来る気がしません。……いや、気持ちで負けちゃダメだ。僕達には前に優勝するしかないんです。自分の為にも、皆の為にも。
「……よし、がんばろう」
「覚悟は決まったか?」
僕の呟きにフランさんが質問してきます。僕はその質問に笑顔で答えます。
「はい、僕は負けません」
「その意気じゃ」
「そういえばさ、このパンフレットに対戦の順番は書いてないね?なんで書いてないの?」
パンフレットを読みながらノエルちゃんが不思議そうな声を出す。そういえば、ノエルちゃんはあまりイベント事については詳しくなかったですね。
不思議そうなノエルちゃんにミエルさんが説明をします。
「この闘技大会はトーナメント形式で優勝を決める。だが、第一回戦の組み合わせだけは直前まで公表されないのだ」
「なんで?」
「その方が盛り上がるから」
「大きな大会なんだよね?それでいいの?」
「1000年前からこうなっているみたいだし、問題ないんだろう」
流石に出場者には知らされてますが、公表したら失格になります。なので、出場者は組み合わせの流出に関しては人一倍注意しています。
「ふーん、じゃあホウリお兄ちゃんがいつ出るかも分からないんだ」
「僕らは知ってますが言えませんね。不用意に言っちゃって失格にったら困りますし」
「そう遠くなく出番になるかもしれないぞ?」
「そうなんだ」
ノエルちゃんはパンフレットを閉じて戦場へとわくわくとした視線を向ける。そんなノエルちゃんにフランさんは小型の魔道具を渡す。ノエルちゃんは不思議そうな顔をしながら魔道具を受け取る。
「何これ?」
「耳に入れれば解説席の声が聞こえる魔道具じゃ。皆の分もあるぞ」
僕らはフランさんから魔道具を受け取って耳に入れます。すると、正常に使えるか確かめるためか穏やかなクラシックが聞こえてきます。
「これって結構高かった気がしますけど、どうしたんですか?」
「ホウリから受け取ってな。出所はしらん」
「ホウリさんなら合法的に調達したんでしょう」
「どうだか。まあ、この際出所はどうでもいい。有難く使うとしよう」
ミエルさんが耳に魔道具を入れます。
「この実況は中々面白くてな。試合の解説は勿論、出場者のちょっとした情報も聞くことが出来る」
「へーそうなんだ。ありがとう、フランお姉ちゃん」
「むふふ、何か必要なものが有ったら言うのだぞ」
そうこうしている間に、会場のスピーカーから大音量で開始5分前のサイレンが鳴り響きます。それと同時に魔道具から解説の人の声が流れてきます。
『皆さん!お待たせいたしました!まもなく、闘技大会、第一回戦を始めます!』
大歓声の中でも聞き取りやすい声ですね。これなら会場の熱気も感じつつ解説も堪能できそうです。……あれ?この声どこかで聞いたことあるような?
僕は不思議に思いつつも解説を聞き続けます。
『解説は私、トレット・タタンと』
『……チフール・タタンでお送りしますわ』
(ドンガラガッシャーン!)
「大丈夫かロワ!」
思わず客席から転げ落ちた僕にミエルさんが心配そうに手を差し出してきました。僕はミエルさんの手を取りながら答えます。
「……大丈夫じゃないかもしれません」
「何があったんだ!?」
何とか客席に着いた僕は背もたれにもたれながら説明します。
「この解説の人達、僕の父さんと姉さんなんです」
「な!?ロワのご家族の方なのか!?挨拶はいつすればいのだ!?結納の日付は……」
「びっくりしているのは分かりますが、落ち着いてください」
僕よりも取り乱しているミエルさんを落ち着けます。
「なんだかミエルさんを見ていると逆に落ち着いてきました」
「自分よりも慌てている奴を見ると自分は落ち着く理論じゃな」
「菓子折りは持っていた方が?その前に孫の顔を?
「ミエルも落ち着け」(ドスッ)
「……っは!私は何を?」
フランさんの手刀でミエルさんは我を取り戻しました。
「大丈夫ですかミエルさん?」
「あ、ああ。問題ない」
良かった、いつものミエルさんみ戻ったみたいですね。
僕らがなんやかんやしている間にも父さんと姉さんによる解説は続きます。
『それにしても久しぶりだなトレット。何年ぶりだ?』
『6年ぐらいですわね。私としては2度と会うつもりは無かったのですが』
『なんでだよ。親子なんだから楽しく会話しようぜ?』
『そこなんです。なんで私と父が一緒に解説をしないといけませんの?』
『さあな。運営委員会の誰かが「親子で解説って面白くね?」とか言ったんじゃねぇの?』
『今すぐ企画した奴を呼びなさい。父と一緒に葬ってやるわ』
『そいつはともかく、俺を葬るのはおかしんじゃないか?』
『その発言もおかしいのですけどね』
何これ!?いつも家でやってる会話じゃないですか!?というか、姉さんはともかくなんで父さんがいるんですか!?オファーした人何考えているんですか!?
『とりあえず、解説の仕事がある以上はあなたを葬る事は先送りにします。有難く思いなさい』
『葬る事は決定しているんだな』
『当たり前です、今見逃されているだけでも感謝されるべき事なのですよ?』
『実の娘に命を狙われてる時点で感謝する事はない』
ダメだ、2人のやり取りを聞いているだけで頭が痛くなってきた。
「……お主も苦労しとるんじゃな」
「そうだな、何かあったら私らに相談するといい」
2人のやり取りを聞いていたフランさんとミエルさんが憐みの視線を向けてきました。正直、魔道具を耳から取り外したいですが、せっかくホウリさんが用意したものですから付けておきましょう。
『そういえば、雑談するだけでいいのか?何か解説っぽい事でも言った方がいいか?』
『そうですわね、この話は終わってからにしましょう。あなたからは何かありますか?』
『雑な振りだな。そうだな、優勝候補予想とかそれっぽくないか?』
『そんなの決まってますわ。ロワ・タタン選手が優勝に決まってますわ』
「やめて!そんな事言われたら無駄にプレッシャーがかかる!」
姉さんの言葉で顔が真っ赤になっていくことが分かる。聞いている人が少ないとは言え、優勝候補として僕を出すのは止めて欲しい。
案の定、姉さんの言葉を聞いた父さんは呆れたように言う。
『弟を贔屓したいのは分かるが露骨すぎないか?』
『これくらい当然ですわ。あなたはロワ選手に勝って欲しくないのですか?』
『勝って欲しいが、この大会には猛者が集まっているからな。組み合わせによっては良い所まで行くかもしれないが、優勝は厳しいかもしれないな』
父さんの言葉で火照った顔が急激に冷えていくのを感じる。父さんは人を見る目はかなり優れています。そんな父さんが優勝出来ないというのなら……
『ただ』
『ただ?』
『俺が知ってるロワ選手は努力の天才だ。努力し対策を怠らず、自分の力を100%出し切れたのなら優勝の可能性も十分ある』
『ではロワさm……ロワ選手が優勝すると?』
『さあな、可能性はあるがどう転ぶかは戦いが終わってからしか分からない。実際の所、優勝者予想なんて意味が無いのかもしれないな』
『あなたが言い出したことでしょう』
『小さい事は気にするな。そういう訳だ、がんばれよロワ』
『私たちはロワを応援してますわ。今出せる力を全てぶつけてきなさい』
父さんと姉さんの言葉を聞いた僕はお腹に冷たいものが降りてくるのを感じた。頭も冴えている、プレッシャーも小さくないが快く思えます。
「さっきの言葉を撤回しよう。良い家族じゃな」
「そうだな。少し羨ましい」
フランさんとミエルに向かって僕は満面の笑みで答えます。
「はい!自慢の家族です!」
☆ ☆ ☆ ☆
父さんと姉さんのエールから数分、再び闘技場内にサイレンが鳴り響きました。選手入場の合図です。
それと同時にアナウンスがスピーカーから流れてきました。
『皆さん、お待たせしました!第一試合、選手入場です!』
アナウンスに会場の熱気が一気に最高潮になります。会場の熱気に負けないように大音量で選手が紹介されます。
『一人目はこいつだ!獣人一の暴れん坊!強靭な肉体で全てを粉砕する!ステル・ナタ!』
「ぐおおおおおお!」
吠えながら入場してきたのは真っ赤な髪の大柄の男だった。顔つきは荒々しく、いかにも戦いを好みそうな顔をしている。だが、見た目は普通の人族とは変わらない。
その姿に疑問を持ったノエルちゃんがフランさんに質問をする。
「ねえねえ、あの人獣人なんだよね?もふもふしてないけど本当に獣人なの?」
「獣人は普段は人の形態をとっておる。じゃがな、戦う時には獣の姿になり強靭な肉体で戦うんじゃ」
「戦う時にもふもふになるってこと?」
「そうじゃな。人の時は獣の特性は薄いが獣化した後はほとんど獣と同じになる。闘争心も上がるから厄介じゃな」
「そういえば、僕も獣人が戦うのを見るのは初めてですね。楽しみです」
ステルさんの雄たけびに呼応するかのように、会場の熱気も高まっていく中、もう一人の選手が入場してきた。
『二人目はこいつだ!経歴、戦闘スタイル、素顔、一切不明!今大会のダークホースとなりえるのか!パイナ選手!』
もう一人の選手はローブに身を包み、顔を鉄仮面で覆った銀髪の人でした。ステルさんとは違って物静かに入場してきます。
『さあ、両選手入場しました!それぞれの位置に付き次第、試合が開始されます!』
ステルさんがパイナさんを睨みつけながら指定の位置へ移動する。対するパイナさんは我関せずといった様子で指定の位置へと歩く。
その様子を見ていたフランさんは何かに気が付いた表情になる。そして、僕らに念話で話しかけてきました。
『もしかして、パイナってホウリか?』
『名前が明かされていないのはパイナだけだ。確実にパイナがホウリだろう』
『あれは変装と言えるのか?』
『正体が分からなければ変装じゃないですか?』
『ホウリが考えそうなことじゃ』
両者が指定の位置に付きお互いを見据える。
『それでは、試合開始ぃぃぃぃ!』
(うおおおおお!)
最高の熱気の中、先に仕掛けたのはステルさんでした。
「はああああ!」
ホウリさん……パイナさんに向かって全力で駆けていき、そのままの勢いで殴りかかります。パイナさんはステルさんの拳を後ろに飛びのくことでかわしました。
『まず仕掛けたのはステル選手、大ぶりの攻撃だったためかパイナ選手は難なく避けましたわね』
『ステル選手の攻撃は様子見の意味合いが強いんだろう。相手の様子を見てどの程度本気を出すかさぐっているんだな』
「しゃあおら!」
再びパイナさんに殴りかかるステルさん。すると、パイナさんは後ろに下がらず逆に前に身を乗り出しました。
ステルさんの攻撃がパイナさんに直撃すると思った瞬間、パイナさんはステルさんの懐に潜り込み顔を鷲掴みにしました。そして、ステルさんの足を払って体制を崩し、そのまま地面へと後頭部を叩きつけました。
『ほう、上手いな』
『大ぶりの攻撃は体制が崩れやすいので、そこを突いた攻撃ですわね。しかも自分の力も加えている分、威力も大きくなってますわ。並みの選手ではこれで終わりですわね』
よかった、2人ともちゃんと解説している。っと、そんな事より試合に集中しないと。
ステルさんを叩きつけたパイナさんはすぐさま後ろに飛びのいて体勢を整えます。姉さんの言う通り、普通の選手だったらこれで終わるんだろう。だけど、事前に聞いている通りの選手だったら……。
「ふ、あはははははは!」
ステルさんが大声で笑いながらゆっくりと起き上がってきます。やっぱり獣化していなくてもタフですね。ダメージはほとんどないみたいです。
ステルさんは起き上がっても笑いをやめません。
「あははははは!いいぞ!その非力な体での戦いかたとしては満点に近い!」
「…………」
ステルさんの言葉にパイナさんは何も言いません。多分無口キャラで行くつもりなんでしょう。
パイナさんは話さないのですが、ステルさんは益々上機嫌になります。
「だが、貴様のその技は人間にしか通用しない。そうだな?」
「…………」
「ならば、こういう時はどうする?」
そう言うとステルさんは腕をクロスさせた後、勢いよく手を広げました。瞬間、ステルさんの体を赤色の毛が覆いつくしていき、大きな獅子へと変化しました。見ただけで強靭だと分かる肉体、並みの攻撃ではダメージは与えらないでしょうし、かなり素早そうです。
獣化したステルさんはニヤリと笑って話し始めます。
「この体は人型よりもより強靭に、より素早くなっている。しかも4足歩行のため、さっきの技は通用しない。さて、貴様はどうやってしのぐ?」
「…………」
ステルさんの言葉にパイナさんは黙ってステルさんを見据えます。
「まあ、答えなくてもいい。実践して貰うだけだ!」
そう言うとステルさんはさっきとは比べ物にならない程の速度でパイナさんへ突進します。
「グオオオオオ!」
ステルさんが迫ってくるなか、パイナさんは懐から何かを取り出します。あれは……試験管?中には何かの液体が入っているようですが、何かまでは分かりません。
『パイナ選手、これは何をしようとしているのでしょうか?』
『獣化した奴に毒は効きにくいし、効いたとしても突進で吹っ飛ばされて終わりだ。正直さっぱり分からん』
皆が不思議に思いながら見ていると、パイナさんは試験管を真横に投げました。すると、地面に落ちた衝撃で試験管の蓋が外れ、中の液体がこぼれます。
そうしている間にもステルさんはパイナさんに迫ってきます。2人の距離が1mを切り、ステルさんがパイナさんに襲い掛かろうと後ろ脚に力を入れました。瞬間、
「にゃああああん!」
ステルさんは試験管に入っていた液体に向きを変えて突進していきました。そして、液体を舐めると機嫌がよさそうにゴロゴロと喉を鳴らします。
「は?へ?何が起こっているんですか?」
「わしに聞くな。奴の考える事など分かる訳無いじゃろ」
フランさんが分からないのであれば僕も分かりません。
まるで日向ぼっこをしている猫のようにリラックスしているステルさんにパイナさんが近付いていきます。そして、懐から丸い何か……大型の猫用のボールを取り出してステルさんの前にボールを放り投げました。
すると、ステロさんは興奮したようにボールで遊び始めました。その様子は普通の猫と変わりまりません。
『私たちは何を見せられてるんですの?』
『…………あ、なるほど、そういう事か。あっはっはっは!面白い事を考えるな!』
『何か分かりましたの?私にも教えてくださいまし』
『あっはっはっは!お腹痛い、面白すぎる』
『あーもう!私だけ分からないままは嫌ですわ!さっさと教えてくださいまし!』
『あっはっはっは!い、息が出来ない』
『ちょっとお父さん!教えてよ!』
気になり過ぎて姉さんが素に戻っている。というか、父さんは何か分かったみたいだ。
会場の雰囲気も変になっているし、さっきからざわめきが収まらない。本当に何が起こってるんだろうか?
結局、数分間ボールにじゃれていたステルさんはそのまま気持ちよさそうに眠りにつきました。
ステルさんが寝た事を確認したパイナさんは、そのまま戦場の出口へと向かっていきます。見ている人がぽかんとしている中、スピーカーから大音量でアナウンスが流れた。
『ステル・ナタ選手戦闘不能により、勝者、パイナ選手!』
勝利宣言後も会場が盛り上がる事はなく、妙な空気の中で第一試合は終幕したのでした。
☆ ☆ ☆ ☆
『あー、面白かった。今まで見た試合の中で一番笑ったかもしれねえ』
『落ち着いたのであれば何が起こったか説明してくださいます?あの液体はなんだったのです?』
『あれはマタタビを濃縮したエキスだ。パイナ選手はそれを振りまいたんだよ』
『マタタビ?確かネコ科の動物が舐めるとリラックスするっていう植物……まさか?』
『ああ、その植物を濃縮したのがさっきのエキスだ。おまけにボールにもたっぷり染み込ませていたんだろうよ』
『濃縮されたマタタビを摂取したステル選手はリラックスしてしまい、そのまま寝てしまったと?』
『そういう事。獣化した獣人は体質が獅子に近くなる。獣化していない状況じゃ効果がなかっただろうから、早々に獣化したのはパイナ選手にとって好都合だったんだろう』
『というか、パイナ選手はマタタビとボールを申請していたのですか?獣人と当たるか分からないのに?』
『そうなんだろうよ。申請していないアイテムを使ったら審判が黙っていない筈だ』
『今までに見たことが無い出場者ですねわね』
『そうだな。案外こういう奴が優勝するかもしれねぇぞ?』
『私としては歓迎できませんわね』
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