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第百九十一話 ([∩∩])<遊びは終わりだ
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キュイが特訓を始めて1カ月、ようやくスイーツコンテストの開催日になった。
そういう訳で、わしらはスイーツコンテストに観客として来ていた。時間飛びすぎ?わしがキュイをボコボコにするだけじゃし見なくても良いじゃろ。
「思ったよりも観客が多いのう?」
「決勝戦ですしね。一番注目されていますよ」
「でもさ、なんでホウリお兄ちゃんはいないの?」
ノエルの言う通り、スターダストがそろっている中でホウリだけはいない。隠れているかとも思ったがスキルで探しても観客席にはいないみたいじゃ。
「スイーツの大会にホウリが来ないなんて可笑しいな?」
「大会の事、知らないんでしょうか?」
「そんな訳ないじゃろ。わしがゴブリンに負けるくらいにありえん事じゃ」
「すみません、僕の考えが浅はかでした」
ステージの上には調理に必要な道具や食材があるが、人は誰もいない。ステージの右には審査員席が3つあるが、そこにも人はいない。
「コンテストはいつから始まるんじゃ?」
「そろそろだと思うが……」
ミエルが時間を確認しようとした瞬間、ステージの上にマイクを持った奴が上がってきた。
『お待たせしました!ただいまより、スイーツコンテストを開催します!司会はわたくし、クイントがお送りします!』
「やっとか。1時間は待ったぞ」
「10分くらいしか待ってませんよ」
「そうじゃったか?」
正直な所、奴らの宿命などはどうでも良い。しかし、このコンテストでは勝者のスイーツを食えるらしい。それだけは楽しみじゃ。
『まずは審査員の紹介だ!1人目は老舗和菓子屋の店主、キャルト・ユウギ!』
観客の拍手で迎え入れられ、上品な老年の和服の女性が審査員席に現れる。キャルトは恭しく礼をすると、席に座った。
「続いて、この大会のスポンサーであるアイ・チョルコ!」
「はっはっは!皆の者、楽しんでいってくれ!」
次に現れたのは恰幅が良く豪奢な服装で身を包んだ男だった。アイは観客に手を振ると席にどっかりと腰を下ろす。
この二人は権威や地位が高い者じゃ。となると、最後はどんな奴なんじゃろうか?
『最後はこいつだ、スイーツと言えばこの男、キムラ・ホウリ!』
「なんでお主がおるぅぅぅぅ!?」
ホウリの姿が現れた瞬間、思わず歓声よりも大きな声でツッコんでしまう。
観客の視線がわしに向いているのに気が付き、わしはおずおずと席に座る。
「ホウリの奴が審査員になるとはのう」
「でもさ、ホウリお兄ちゃんだったら観客よりも審査員のほうがピッタリじゃない?」
「確かにそうだね。お客さんとして見てるだけなんてホウリさんらしくないです」
「言われてみればそうじゃな」
わしは状況を飲み込んだところで、ホウリに念話をつなぐ。
『よおフラン。どうした?』
『どうしたもこうしたもあるか!なんで事前に言わんのじゃ!?』
『審査員は審査することを事前に明かしちゃダメなんだよ。参加者と接触するなんてもっての他だ』
『じゃからキュイと合わなかったのか』
決まりと言われると責める気もおきん。
『他に聞きたいことはあるか?』
『無い。何かあれば連絡する』
『了解』
ホウリとの念話を終える。よく考えてみればホウリが審査員だとしても何の問題もない。別に文句を言う事は無いじゃろう。
審査員の紹介が終わるとクイントがステージを指さす。
『次は選手の紹介だ!まずはこいつ!ビスケ流頭首、キュイ・マダン!』
(わあああああ!)
歓声に迎えられキュイがステージ上に上がる。いつも見ていた修行でボロボロの格好とは違い、新品でピカピカの服を着ておる。
『キュイ選手、意気込みをどうぞ!』
「絶対に勝ちます。それだけです」
『クールですが内に熱を秘めているようです!キュイ選手ありがとうございます!次の選手はこいつだ!』
クイントがステージの端を指さすと、キュイと同じような格好をした者が姿を現す。そやつは長い黒髪で華奢な奴だった。しかし、目には光が無く全身から黒っぽいモヤが出ていて普通ではない。
『キュイ選手と同じビスケ流、ビス・キュルケー!』
ビスと言われた奴は邪悪に笑うと司会からマイクを奪った。
「この会場中を私のスイーツで虜にしてやるぜ」
『おお!自信満々といった様子です!これは期待できます!』
クイントがマイクを奪い返して叫ぶ。見ただけで分かる悪い奴じゃな。
ビスがニヤニヤと笑いながらキュイを見る。
「よおキュイ。今日こそ止めを刺してやるよ」
「僕は君を救うって決めたんだ。それまでは死ぬ訳にはいかない」
「私を救うだぁ?弱いお前がどうやって救うんだぁ?」
「今日の為に特訓を重ねてきたんだ。あの時のようにはいかないよ」
「はんっ!たった1カ月でどれだけ変わったんだか」
「今見せてあげるよ」
「上等だ。返り討ちにしてやるよ」
バチバチに睨みあいをしている2人だったが、視線を外してそれぞれのキッチンへと向かう。
「キュイの奴は大丈夫だろうか?相手は1カ月前に負けた相手なのだろう?」
「わしとティムで文字通り死ぬほど特訓したからな。1カ月前とは別人じゃよ」
正直な所、わしは特訓とか関係なく戦いたかっただけじゃし、陽の気が強くなっているかは分からん。まあ、ティムは強くなったと言っておったし良いのではないか?
「キュイさんが勝てる可能性はどのくらいなんでしょうか?」
「さあのう。ティム曰く十分に勝てる可能性はあるみたいじゃが、どうなんじゃろうな」
負けてもわしがビスをぶん殴るから結果はどうでもいいが、あれだけ苦労しておって負けるもの可哀そうじゃ。ここはキュイに勝ってほしいのう。
『ただいまより今回のスイーツのお題を発表します!』
そういえばスイーツコンテストじゃったな。戦闘とか気とかスイーツ作りで聞かん言葉が多すぎて忘れておったわい。
『今回のお題はこちら!』
クイントがステージの袖から持ってきたくす玉の紐を思いっきり引く。
くす玉が割れ中から『チョコレート』と書かれた布が現れた。
『チョコレートを使ったスイーツであれば種類は問いません。制限時間は1時間、それじゃ始め!』
(わあああああ!)
歓声に包まれながら2人が食材に手を付ける。
キュイはチョコレートを溶かしてテンパリングし、ビスはフルーツを切り始める。
「普通じゃな。もっと、拳が飛び交ったり気の塊が発射されたりするのを想像しておったわい」
「そんな訳ないじゃないですか」
「なぜ料理に拳を使うんだ?普通は包丁とかだろう?」
「……納得いかん」
こやつらの言う通りじゃが、なぜわしが可笑しいみたいに言われねばいかんのじゃ。
腑に落ちない気持ちを押え、2人の調理を見守る。その後も2人は特に可笑しい様子もなく調理を続ける。見たところ、キュイはミルクレープ、ビスはチョコケーキを作っているみたいじゃな。
「どっちも美味しそうだね。フランお姉ちゃんはどっちが食べたい?」
「わしはミルクレープの気分じゃな。ノエルはどうじゃ?」
「ノエルもミルクレープがいい!」
「お揃いじゃな」
「えへへ」
ノエルと他愛のない話をしながら観戦を続ける。
一度も調理の特訓をしているのを見たことが無いが、肝心の調理の手際が良い。わしが見てないだけで調理の特訓もしておったのじゃろうか?
その後もおかしな所もなく、調理は進んでいき最後の成型まで進んだ。
「聞いておった話とは違うのう?必殺技とかあると聞いておったのじゃが?」
「必殺技は最後に使うんだよ?フランお姉ちゃん知らないの?」
「つまりそろそろ使うという事か」
ノエルの言う通り、ビスの瞳がキラリと光る。
「キュイ、そろそろ決着といこうか。もう一度必殺技でダウンするか?」
「……来るんだね。いいよ、僕も受けて立つよ」
キュイは落ち着いてミルクレープを切り分ける。わしとの戦闘の際に、どれだけ不利な状況でも平常心であるべきと文字通り叩き込んだ。この程度で心を乱す訳がない。
そんなキュイの態度が気に食わないのか、ビスが舌打ちをする。
「えらい余裕だな。だが、私の必殺技を受けても同じ態度でいられるかな?」
「喋ってていいの?そろそろ制限時間だよ?」
「…………」
ビスが煽りを止めて最後の成型に集中し始める。キュイが1カ月前と違う事を察したんじゃな。
そう思っていたらビスの口が邪悪にゆがんだ。
「今決めた。お前は徹底的に叩きのめす」
「やれるものならやってみれば?」
「ほざけ!」
ビスが持っていた道具を置いて手を前に突き出す。瞬間、ビスの手に黒いモヤのような物が集まっていく。あれが陰の気というやつか。確かにタダならぬ気配を感じるのう。
「陰の気の最終奥義だ!食らって地獄に落ちろ!」
これってスイーツ勝負じゃよな?殴り合いとかではないよな?
ビスの手に黒いモヤが凝縮されていき、黒いドラゴンのような形を作っていく。
「ブラックドラゴン!」
黒いモヤがはっきりと巨大なドラゴンの形を作り、ビスの背後に現れる。
「こいつが出た戦いで私が負けた事がない!これで終わりだ!」
本当にこれスイーツ勝負か?
「くらえ!ブラックドラゴンフレイム!」
ドラゴンの口に陰の気が溜まっていき、スイーツに向かって吐き出される。その余波が観客席にまで及ぶ。じゃが、観客は怯えせず陰の気を浴びる。
「あ、あれが陰の気ですか」
「お主らにも見えておるのか?」
「私も見えている」
「ノエルも見えるよー」
ある程度は強くないと、陰の気を察知することは出来ないのか?あまり影響が出ているようには見えないが、確実に影響が出ている筈じゃ。早めに決着を付けんと被害が出るかもしれぬ。何かあればわしが飛び出すとしよう。
陰の気はステージ上のキュイにも例外無く浴びせられる。
流石に陰の気に充てられたのか、苦しそうな表情になって膝の力が抜けていく。持っていた包丁は地面に落ち、乾いた音と共に転がる。
「く……」
『おーっと、キュイ選手がビス選手の必殺技を受けて膝を付いた!これはKOで決着か!?』
「スイーツ対決にKOってなんじゃい」
もうわしがKOしたほうが早いのではないか?
キュイはシンクにしがみつきながら呼吸を整える。その様子をビスは勝ち誇ったように見る。
「やっぱり1カ月前と変わらねぇな。死なないうちに降参したらどうだ?」
「冗談。君を救うまで僕の気持ちが折れる事はないよ!」
キュイは大きく深呼吸して包丁を拾う。そして、冷や汗を流しながらも立ち上がり、布巾で包丁を拭う。
「さっさと諦めた方が楽なのによ」
「……確かに僕だけの為だったらとっくに諦めていたかもね」
キュイは陰の気を受けながらも必死にミルクレープを切る。
「まだ立つ気か。だが!」
ドラゴンのブレスが収束していき、キュイに集中的に放たれる。
「ぐあっ!」
あまりの威力にキュイが吹き飛ばされそうになる。あのドラゴンって実体があるのか?
キュイは吹き飛ばされそうになるのを堪えながらも包丁を動かす。
「うぐっ……」
「ほらほら、早くしないと死んじまうぜぇ?」
「……けど、今の僕は自分の為だけに戦っている訳じゃない」
最後までミルクレープを切り終えたキュイは包丁を握る手に力を籠める。
そして、包丁を振りかぶるとビスを優しく見据える。
「ビスを救うために、この包丁を振るうんだ!」
瞬間、キュイが持っている包丁が白く輝く。
「ホワイトシャイニーブレード!」
キュイがドラゴンに向かって包丁を振るう。すると、光の斬撃となってドラゴンに向かって飛んでいく。
「ぶ、ブラックドラゴン!迎え撃て!」
ドラゴンのブレスがより一層濃くなり、斬撃を迎え撃つ。ブレスと斬撃が衝突し火花が散る。しかし、ドラゴンが押され始める。
今度はビスの額に汗がにじみ始めた。
「こ、こんな力、どこに隠していた!?」
「この1カ月の間、特訓をして分かったんだ。僕が怖いのは自分が傷つく事じゃない、君を失う事だったんだ!」
「!?」
キュイの言葉にビスの表情に動揺が浮かぶ。心にほころびが見えたからか、斬撃がブレスを更に押し始める。
「だから……」
キュイが包丁を天高く掲げて叫ぶ。
「君を必ず取り戻す!」
再び包丁に光が宿る。
「新覇双刃斬!」
「二つの必殺技だと!?」
再び光の刃がブラックドラゴンに向かう。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!」
二つの刃がブラックドラゴンのブレスを切り裂く。
「くっそぉぉぉぉぉ!」
ブレスは刃を抑えきれず、遂にドラゴンが光の刃に切り裂かれる。ドラゴンで抑えきれないほどの陽の気がビスを包む。
会場中にも陽の気が広がり、陰の気を打ち消していく。
「うわあああああ!」
余波でビスが後ろに吹き飛び壁に激突する。
「ビス!」
キュイがビスの元へと駆け寄り抱き上げる。
「ビス!しっかりしてよ!」
「うう……」
ビスが力無く目を開く。初めのような黒いモヤは綺麗さっぱりと無くなっていた。
「……キュイ?」
ビスはキュイを呼ぶと再び気を失った。
「どうしたの!?死なないでビス!」
「ちょっと見せてみろ」
「ホウリさん!?」
すると、いつの間にか横にいたホウリがビスの様子を見る。
「どうですか!?」
「……陽の気に充てられて気を失ってるだけだ。命に別状はない。恐らく陰の気の影響もなくなっただろう」
「良かった……」
「起きたら彼女と話してやれ。陰の気の影響で精神が不安定になっている筈だ」
「分かりました」
ホウリの言葉にキュイが胸を撫でおろす。
その様子を見たホウリはクイントからマイクを奪い取る。
『勝負あり!この勝負、KOによりキュイ・マダンの勝利!』
(わあああああ!)
ホウリの勝利宣言により、会場が一気に沸き上がる。
「キュイさん凄いです!」
「キュイお兄ちゃん、かっこいい!」
「流石だな」
3人も興奮したように叫ぶ。
なんでスイーツコンテストでKOして盛り上がるんじゃ?盛り上がれ無いわしが可笑しいのか?
「なんじゃこれ」
わしのつぶやきは観客の歓声に消えていったのじゃった。
ちなみに、ミルクレープは美味しかった。
☆ ☆ ☆ ☆
「そういえば、ビスって女じゃったのか?」
「そうだぞ」
そういう訳で、わしらはスイーツコンテストに観客として来ていた。時間飛びすぎ?わしがキュイをボコボコにするだけじゃし見なくても良いじゃろ。
「思ったよりも観客が多いのう?」
「決勝戦ですしね。一番注目されていますよ」
「でもさ、なんでホウリお兄ちゃんはいないの?」
ノエルの言う通り、スターダストがそろっている中でホウリだけはいない。隠れているかとも思ったがスキルで探しても観客席にはいないみたいじゃ。
「スイーツの大会にホウリが来ないなんて可笑しいな?」
「大会の事、知らないんでしょうか?」
「そんな訳ないじゃろ。わしがゴブリンに負けるくらいにありえん事じゃ」
「すみません、僕の考えが浅はかでした」
ステージの上には調理に必要な道具や食材があるが、人は誰もいない。ステージの右には審査員席が3つあるが、そこにも人はいない。
「コンテストはいつから始まるんじゃ?」
「そろそろだと思うが……」
ミエルが時間を確認しようとした瞬間、ステージの上にマイクを持った奴が上がってきた。
『お待たせしました!ただいまより、スイーツコンテストを開催します!司会はわたくし、クイントがお送りします!』
「やっとか。1時間は待ったぞ」
「10分くらいしか待ってませんよ」
「そうじゃったか?」
正直な所、奴らの宿命などはどうでも良い。しかし、このコンテストでは勝者のスイーツを食えるらしい。それだけは楽しみじゃ。
『まずは審査員の紹介だ!1人目は老舗和菓子屋の店主、キャルト・ユウギ!』
観客の拍手で迎え入れられ、上品な老年の和服の女性が審査員席に現れる。キャルトは恭しく礼をすると、席に座った。
「続いて、この大会のスポンサーであるアイ・チョルコ!」
「はっはっは!皆の者、楽しんでいってくれ!」
次に現れたのは恰幅が良く豪奢な服装で身を包んだ男だった。アイは観客に手を振ると席にどっかりと腰を下ろす。
この二人は権威や地位が高い者じゃ。となると、最後はどんな奴なんじゃろうか?
『最後はこいつだ、スイーツと言えばこの男、キムラ・ホウリ!』
「なんでお主がおるぅぅぅぅ!?」
ホウリの姿が現れた瞬間、思わず歓声よりも大きな声でツッコんでしまう。
観客の視線がわしに向いているのに気が付き、わしはおずおずと席に座る。
「ホウリの奴が審査員になるとはのう」
「でもさ、ホウリお兄ちゃんだったら観客よりも審査員のほうがピッタリじゃない?」
「確かにそうだね。お客さんとして見てるだけなんてホウリさんらしくないです」
「言われてみればそうじゃな」
わしは状況を飲み込んだところで、ホウリに念話をつなぐ。
『よおフラン。どうした?』
『どうしたもこうしたもあるか!なんで事前に言わんのじゃ!?』
『審査員は審査することを事前に明かしちゃダメなんだよ。参加者と接触するなんてもっての他だ』
『じゃからキュイと合わなかったのか』
決まりと言われると責める気もおきん。
『他に聞きたいことはあるか?』
『無い。何かあれば連絡する』
『了解』
ホウリとの念話を終える。よく考えてみればホウリが審査員だとしても何の問題もない。別に文句を言う事は無いじゃろう。
審査員の紹介が終わるとクイントがステージを指さす。
『次は選手の紹介だ!まずはこいつ!ビスケ流頭首、キュイ・マダン!』
(わあああああ!)
歓声に迎えられキュイがステージ上に上がる。いつも見ていた修行でボロボロの格好とは違い、新品でピカピカの服を着ておる。
『キュイ選手、意気込みをどうぞ!』
「絶対に勝ちます。それだけです」
『クールですが内に熱を秘めているようです!キュイ選手ありがとうございます!次の選手はこいつだ!』
クイントがステージの端を指さすと、キュイと同じような格好をした者が姿を現す。そやつは長い黒髪で華奢な奴だった。しかし、目には光が無く全身から黒っぽいモヤが出ていて普通ではない。
『キュイ選手と同じビスケ流、ビス・キュルケー!』
ビスと言われた奴は邪悪に笑うと司会からマイクを奪った。
「この会場中を私のスイーツで虜にしてやるぜ」
『おお!自信満々といった様子です!これは期待できます!』
クイントがマイクを奪い返して叫ぶ。見ただけで分かる悪い奴じゃな。
ビスがニヤニヤと笑いながらキュイを見る。
「よおキュイ。今日こそ止めを刺してやるよ」
「僕は君を救うって決めたんだ。それまでは死ぬ訳にはいかない」
「私を救うだぁ?弱いお前がどうやって救うんだぁ?」
「今日の為に特訓を重ねてきたんだ。あの時のようにはいかないよ」
「はんっ!たった1カ月でどれだけ変わったんだか」
「今見せてあげるよ」
「上等だ。返り討ちにしてやるよ」
バチバチに睨みあいをしている2人だったが、視線を外してそれぞれのキッチンへと向かう。
「キュイの奴は大丈夫だろうか?相手は1カ月前に負けた相手なのだろう?」
「わしとティムで文字通り死ぬほど特訓したからな。1カ月前とは別人じゃよ」
正直な所、わしは特訓とか関係なく戦いたかっただけじゃし、陽の気が強くなっているかは分からん。まあ、ティムは強くなったと言っておったし良いのではないか?
「キュイさんが勝てる可能性はどのくらいなんでしょうか?」
「さあのう。ティム曰く十分に勝てる可能性はあるみたいじゃが、どうなんじゃろうな」
負けてもわしがビスをぶん殴るから結果はどうでもいいが、あれだけ苦労しておって負けるもの可哀そうじゃ。ここはキュイに勝ってほしいのう。
『ただいまより今回のスイーツのお題を発表します!』
そういえばスイーツコンテストじゃったな。戦闘とか気とかスイーツ作りで聞かん言葉が多すぎて忘れておったわい。
『今回のお題はこちら!』
クイントがステージの袖から持ってきたくす玉の紐を思いっきり引く。
くす玉が割れ中から『チョコレート』と書かれた布が現れた。
『チョコレートを使ったスイーツであれば種類は問いません。制限時間は1時間、それじゃ始め!』
(わあああああ!)
歓声に包まれながら2人が食材に手を付ける。
キュイはチョコレートを溶かしてテンパリングし、ビスはフルーツを切り始める。
「普通じゃな。もっと、拳が飛び交ったり気の塊が発射されたりするのを想像しておったわい」
「そんな訳ないじゃないですか」
「なぜ料理に拳を使うんだ?普通は包丁とかだろう?」
「……納得いかん」
こやつらの言う通りじゃが、なぜわしが可笑しいみたいに言われねばいかんのじゃ。
腑に落ちない気持ちを押え、2人の調理を見守る。その後も2人は特に可笑しい様子もなく調理を続ける。見たところ、キュイはミルクレープ、ビスはチョコケーキを作っているみたいじゃな。
「どっちも美味しそうだね。フランお姉ちゃんはどっちが食べたい?」
「わしはミルクレープの気分じゃな。ノエルはどうじゃ?」
「ノエルもミルクレープがいい!」
「お揃いじゃな」
「えへへ」
ノエルと他愛のない話をしながら観戦を続ける。
一度も調理の特訓をしているのを見たことが無いが、肝心の調理の手際が良い。わしが見てないだけで調理の特訓もしておったのじゃろうか?
その後もおかしな所もなく、調理は進んでいき最後の成型まで進んだ。
「聞いておった話とは違うのう?必殺技とかあると聞いておったのじゃが?」
「必殺技は最後に使うんだよ?フランお姉ちゃん知らないの?」
「つまりそろそろ使うという事か」
ノエルの言う通り、ビスの瞳がキラリと光る。
「キュイ、そろそろ決着といこうか。もう一度必殺技でダウンするか?」
「……来るんだね。いいよ、僕も受けて立つよ」
キュイは落ち着いてミルクレープを切り分ける。わしとの戦闘の際に、どれだけ不利な状況でも平常心であるべきと文字通り叩き込んだ。この程度で心を乱す訳がない。
そんなキュイの態度が気に食わないのか、ビスが舌打ちをする。
「えらい余裕だな。だが、私の必殺技を受けても同じ態度でいられるかな?」
「喋ってていいの?そろそろ制限時間だよ?」
「…………」
ビスが煽りを止めて最後の成型に集中し始める。キュイが1カ月前と違う事を察したんじゃな。
そう思っていたらビスの口が邪悪にゆがんだ。
「今決めた。お前は徹底的に叩きのめす」
「やれるものならやってみれば?」
「ほざけ!」
ビスが持っていた道具を置いて手を前に突き出す。瞬間、ビスの手に黒いモヤのような物が集まっていく。あれが陰の気というやつか。確かにタダならぬ気配を感じるのう。
「陰の気の最終奥義だ!食らって地獄に落ちろ!」
これってスイーツ勝負じゃよな?殴り合いとかではないよな?
ビスの手に黒いモヤが凝縮されていき、黒いドラゴンのような形を作っていく。
「ブラックドラゴン!」
黒いモヤがはっきりと巨大なドラゴンの形を作り、ビスの背後に現れる。
「こいつが出た戦いで私が負けた事がない!これで終わりだ!」
本当にこれスイーツ勝負か?
「くらえ!ブラックドラゴンフレイム!」
ドラゴンの口に陰の気が溜まっていき、スイーツに向かって吐き出される。その余波が観客席にまで及ぶ。じゃが、観客は怯えせず陰の気を浴びる。
「あ、あれが陰の気ですか」
「お主らにも見えておるのか?」
「私も見えている」
「ノエルも見えるよー」
ある程度は強くないと、陰の気を察知することは出来ないのか?あまり影響が出ているようには見えないが、確実に影響が出ている筈じゃ。早めに決着を付けんと被害が出るかもしれぬ。何かあればわしが飛び出すとしよう。
陰の気はステージ上のキュイにも例外無く浴びせられる。
流石に陰の気に充てられたのか、苦しそうな表情になって膝の力が抜けていく。持っていた包丁は地面に落ち、乾いた音と共に転がる。
「く……」
『おーっと、キュイ選手がビス選手の必殺技を受けて膝を付いた!これはKOで決着か!?』
「スイーツ対決にKOってなんじゃい」
もうわしがKOしたほうが早いのではないか?
キュイはシンクにしがみつきながら呼吸を整える。その様子をビスは勝ち誇ったように見る。
「やっぱり1カ月前と変わらねぇな。死なないうちに降参したらどうだ?」
「冗談。君を救うまで僕の気持ちが折れる事はないよ!」
キュイは大きく深呼吸して包丁を拾う。そして、冷や汗を流しながらも立ち上がり、布巾で包丁を拭う。
「さっさと諦めた方が楽なのによ」
「……確かに僕だけの為だったらとっくに諦めていたかもね」
キュイは陰の気を受けながらも必死にミルクレープを切る。
「まだ立つ気か。だが!」
ドラゴンのブレスが収束していき、キュイに集中的に放たれる。
「ぐあっ!」
あまりの威力にキュイが吹き飛ばされそうになる。あのドラゴンって実体があるのか?
キュイは吹き飛ばされそうになるのを堪えながらも包丁を動かす。
「うぐっ……」
「ほらほら、早くしないと死んじまうぜぇ?」
「……けど、今の僕は自分の為だけに戦っている訳じゃない」
最後までミルクレープを切り終えたキュイは包丁を握る手に力を籠める。
そして、包丁を振りかぶるとビスを優しく見据える。
「ビスを救うために、この包丁を振るうんだ!」
瞬間、キュイが持っている包丁が白く輝く。
「ホワイトシャイニーブレード!」
キュイがドラゴンに向かって包丁を振るう。すると、光の斬撃となってドラゴンに向かって飛んでいく。
「ぶ、ブラックドラゴン!迎え撃て!」
ドラゴンのブレスがより一層濃くなり、斬撃を迎え撃つ。ブレスと斬撃が衝突し火花が散る。しかし、ドラゴンが押され始める。
今度はビスの額に汗がにじみ始めた。
「こ、こんな力、どこに隠していた!?」
「この1カ月の間、特訓をして分かったんだ。僕が怖いのは自分が傷つく事じゃない、君を失う事だったんだ!」
「!?」
キュイの言葉にビスの表情に動揺が浮かぶ。心にほころびが見えたからか、斬撃がブレスを更に押し始める。
「だから……」
キュイが包丁を天高く掲げて叫ぶ。
「君を必ず取り戻す!」
再び包丁に光が宿る。
「新覇双刃斬!」
「二つの必殺技だと!?」
再び光の刃がブラックドラゴンに向かう。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!」
二つの刃がブラックドラゴンのブレスを切り裂く。
「くっそぉぉぉぉぉ!」
ブレスは刃を抑えきれず、遂にドラゴンが光の刃に切り裂かれる。ドラゴンで抑えきれないほどの陽の気がビスを包む。
会場中にも陽の気が広がり、陰の気を打ち消していく。
「うわあああああ!」
余波でビスが後ろに吹き飛び壁に激突する。
「ビス!」
キュイがビスの元へと駆け寄り抱き上げる。
「ビス!しっかりしてよ!」
「うう……」
ビスが力無く目を開く。初めのような黒いモヤは綺麗さっぱりと無くなっていた。
「……キュイ?」
ビスはキュイを呼ぶと再び気を失った。
「どうしたの!?死なないでビス!」
「ちょっと見せてみろ」
「ホウリさん!?」
すると、いつの間にか横にいたホウリがビスの様子を見る。
「どうですか!?」
「……陽の気に充てられて気を失ってるだけだ。命に別状はない。恐らく陰の気の影響もなくなっただろう」
「良かった……」
「起きたら彼女と話してやれ。陰の気の影響で精神が不安定になっている筈だ」
「分かりました」
ホウリの言葉にキュイが胸を撫でおろす。
その様子を見たホウリはクイントからマイクを奪い取る。
『勝負あり!この勝負、KOによりキュイ・マダンの勝利!』
(わあああああ!)
ホウリの勝利宣言により、会場が一気に沸き上がる。
「キュイさん凄いです!」
「キュイお兄ちゃん、かっこいい!」
「流石だな」
3人も興奮したように叫ぶ。
なんでスイーツコンテストでKOして盛り上がるんじゃ?盛り上がれ無いわしが可笑しいのか?
「なんじゃこれ」
わしのつぶやきは観客の歓声に消えていったのじゃった。
ちなみに、ミルクレープは美味しかった。
☆ ☆ ☆ ☆
「そういえば、ビスって女じゃったのか?」
「そうだぞ」
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〝この地はあなたが創造した聖地。あなたがこの地を去らない限りこの地を必要とするもの以外は誰も踏み入れませんよ〟
そんな言葉から始まるシントののんびりとした生活。
同じように行き場を失った少女や幻獣や精霊、妖精たちなど様々な面々が集まり織りなすスローライフの幕開けです。
※この小説はカクヨム様でも連載しています。アルファポリス様とカクヨム様以外の場所では公開しておりません。
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