魔王から学ぶ魔王の倒し方

唯野bitter

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第百九十七話 喧嘩するほど仲が良い

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 とある日、わしはいつも通り劇場へと足を運んでいた。その足取りは数カ月前と比べて重くなっている。


「本読みも飽きたのう。早くリハーサルがやりたいわい」


 もう数ヶ月経つがホウリとの本読みしかやっておらん。おかげでセリフは全て暗記できたが、同じことの繰り返しはどうにも好かん。
 クランチ監督に経過を聞いても、誤魔化すだけ。本当に公演に間に合うのかのう?


「クランチ監督はこだわりが強すぎて、いくつかの公演が中止になったという噂もあったのう」


 今回の公演も中止になるのかのう?だとしたら、今までの苦労はなんだったんじゃろうな?


「今の状況であれば8割方、中止じゃろうな」


 幸いなのは舞台の事をスターダストのメンバー以外に伝えていない事じゃな。知り合いに言いふらしておったら赤っ恥を書くところじゃった。


「とはいえ、正式に伝えられない以上は頑張るかのう」


 何十回も開いてボロボロになっている台本を取り出す。台本を開こうと手元に視線を落とす。瞬間、


「うお……っと」


 誰かにぶつかってしまい、台本を取り落とす。わしは腰を落として台本を取る。


「おい」


 視線を上げると高身長でサングラスと白い帽子を付けた男が見下していた。男はサングラスを取ると、わしを睨みつけて来る。


「ちゃんと前を見て歩け。危ないだろうが」
「す、すまぬ」


 立ち上がって男に頭を下げる。台本に気を取られていたのはわしじゃ。歩きながら何かをするのはやめておこう。
 顔を上げると男は変わらぬ表情でわしを睨みつけていた。


「はんっ、見るからに頭が悪そうな顔だ。通りで前を見て歩くことも出来ない訳だ」
「なんじゃと?」
「なんだ?何か文句でもあるのか?」
「確かに前を見ていなかったわしが悪い。じゃが、こんなに言われねばならん道理はない筈じゃ」
「ああ?ぶつかってきてその言い草はなんだ?」
「ああ?お主こそ怪我もないくせに言い過ぎではないか?」


 殴り飛ばそうと握った右手を左手で抑え込む。
 落ち着け、こいつを殴っても何も解決せん。ここは無視して劇場に急ぐとしよう。男から視線を外し劇場に足早で向かう。
 すると、男もわしの隣で同じ方向に歩く。引き離そうと速度を上げるも、男も同じように速度を上げる。


「貴様ぁ!なぜ付いてくる!?」
「それはこちらのセリフだ!お前はストーカーか!?」
「なんで知らん奴のストーカーをせねばならん!」


 競うように早足になっていき、遂には人の目も気にせずに疾走するまでになった。


「「うおおおおおお!」」


 男と並走しつつ劇場の中に飛び込み、カウンターに身分証を突き付けながら叫ぶ。


「フラン・アロスじゃ!中に入れろ!」
「ヌカレ・コンだ!さっさと通せ!」


 そのタイミングでわしと男は再び顔を見合わせる。


「お前、役者なのか?」
「そういうお前はヌカレと言ったか?」


 ヌカレとは有名な役者じゃ。出演本数は100本を超えており、甘いマスクで女性からの人気が高い。演技力も高く、好青年役や老人役、はたまた女性の役もこなす。今一番勢いのある役者じゃ。
 雰囲気が違いすぎてこのわしでもヌカレに気付かなかった。舞台の外だとこんな奴じゃったのか。


「俺と同じ劇場にいるって事は、お前もクランチ監督の劇に出るのか?」
「そうじゃ」
「こんなちんちくりんが役者か。クランチ監督も焼きが回ったか?」
「殴り飛ばすぞ?」


 もう我慢する必要ないよな?傷を治せば問題ないじゃろ?
 そう思って拳に力を籠め始めた時、奥からクランチ監督が汗を拭きながらやってきた。


「監督、どうしたんですか?」


 わしへの態度とは違い、かなり丁寧な態度のヌカレ。本当に殴り飛ばしてやろうか?
 クランチ監督はヌカレに軽く頭を下げた後にわしへ向いた。


「フランさんも良く来てくれました」
「もしかして配役が決まったのか?」


 クランチ監督が嬉しそうに頷く。やっとか。


「どうやらお前が役者なのは確かみたいだな」
「さては疑ったな?」


 もはや少しくらい燃やしても良いのではないか?


「行きましょう。他の皆さんはもう来てますよ」
「そうじゃな」


 クランチ監督に連れられていつもの稽古場に向かう。稽古場の扉を前にわしは深呼吸をする。
 この向こうに一緒に劇を作り上げていく仲間がおる。そう思うとドキドキするのう。
 わしは意を決してドアノブを掴む。


「失礼しまーす」


 ドアを開くと稽古場には椅子でふんぞり返っているホウリと何人かの役者が並んでいた。
 ホウリはわしに気が付くと、椅子から立ち上がった。


「やっと来たか」
「時間通りじゃろ?」
「新人の分際で他の奴よりも遅く来るのかって意味だ。芸歴の短い奴から早く来るのは常識だろ?」
「役者にはそんな風習があるのか……」
「いやいや!そんな事ないですよ!集合時間に間に合えばいいですから!」


 ホウリの言葉を聞いたクランチ監督焦ったように言う。またホウリに騙される所じゃった。


「冗談はこれくらいにして、さっさと始めるぞ。お前らも並べ」
「はい」
「分かった」


 わしとヌカレは言われた通り列の端の方へ並ぶ。
 全員が揃ったことを確認して、クランチ監督とホウリがわしらの前に並ぶ。


「では、自己紹介からしましょうか。私の名前はクランチ。この劇、『ヒート・ホープ』の監督をしています。よろしくお願いいたします」


 クランチ監督が頭を下げると皆からパラパラと拍手が起こる。クランチ監督が頭を上げると、ホウリが一歩前に出る。


「俺はキムラ・ホウリ。この劇の脚本家だ。クランチ監督は忙しいだろうから、劇の稽古には俺が出ることになる。よろしく」


 ホウリは軽く頭を下げて一歩下がり、わしに視線を向けた。


「次は出演者の自己紹介をしてもらおうか。自分の名前と役と一言を言ってもらおうか。まずはフランから」
「分かった」


 全員の視線がわしに向く。思えばこんなに注目された事は久々じゃな。魔王してた時も注目された事はなかったからのう。
 少しだけ緊張しながら、咳払いの後に口を開く。


「わしはフラン・アロス。主人公のクレレ・ブリュレ役をやっておる。演技は初めてなんじゃが、よろしく頼む」
「お前が主役だと?何かの冗談だろ?」
「悪役みたいな最後を辿りたいみたいじゃな?」


 ちなみに、悪役の最後は5階建ての建物からの落下死じゃ。今回は特別に10階建てから落としてやろう。
 ヌカレとメンチを切りあっていると、間にあきれ顔のホウリが割り込んできた。


「こんな状況で喧嘩するな。皆見てるんだぞ?」
「……ちっ」


 ヌカレから視線を外し、距離を取るように列の反対まで行く。
 ホウリの言う通り、ここで喧嘩しても雰囲気が悪くなるだけじゃ。ここは大人になるとしよう。
 そう思っていると、ホウリがわしの元へと来て耳元でささやいてきた。


「滅茶苦茶仲が悪いようだが、ヌカレと何があった?」


 念話が使えるにも関わらず、直接聞いてくるか。この場合は、わしと話した事実を周りに伝えるのが重要なんじゃったか。だとすれば普通に答えたほうが良いか。


「劇場に来る途中でぶつかってのう。そこから喧嘩して今に至る訳じゃ」
「そうか。だが、あいつはクレレの恋人役なんだから、ある程度は仲良くしろよ?」
「げぇ、そうなのか」


 あやつが恋人役なのか。かなり嫌じゃが、劇を成功させるためにはやるしかない。ぐっとこらえて頑張ろう。
 その後は皆が挨拶をしていき、何事もなく終わった。
 最後にクランチ監督が前に出て拳を握る。


「このメンバーでヒートホープを作っていきます。頑張っていきましょう!」
「その前に一つ良いか?」
「ええ、良いですよ」


 笑顔のクランチ監督にわしは最大の疑問を投げつける。


「公演まであと1カ月じゃよな?」
「あ、えっと……」


 わしの言葉にバツが悪そうに顔を背けるクランチ監督。一部の出演者は知らなかったのかざわつき始める。


「え?1カ月?」
「私、台本も貰ってないんだけど?」


 わしはざわつく周りに構わずに質問を続ける。


「1カ月でいけるのか?」
「そ、そこはホウリさんのスーパーパワーで何とかしてもらいましょう!」


 クランチ監督に期待の視線を向けられ、ホウリがため息を吐く。


「俺でも出来る事と出来ない事はあるんですよ?やるだけやりますが、過度な期待はしないでくださいね」
「大丈夫です!ホウリさんなら何とかできます!」
「何とかするのは俺じゃなくて、出演者の皆なんですけどね」


 そう言ってホウリはわしらを順番に見て来る。
 ホウリの言う通り、最終的に劇に立つのはわしらじゃ。ホウリに任せ切りという訳にはいかんじゃろうな。
 それにしても、恋人役と仲が悪く、公演まで時間が無い。初めての舞台にしてはかなり過酷じゃな。
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