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第一話 『踏み出す一歩』

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 この世界。
 第二世界スフェリカは、とことんリアリティに拘った設計をしている。
 余計なインターフェースは、視界になく、完全にもう一つの現実を思わせ、錯覚させる。

 太陽も、月も、星々も。
 独自に定められた法則に従って、公転自転している。

 
 故に。

 雲も、季節も、風も動く。
 なんなら、天気予報が可能なスキルだってある。
 
 
 
 だから。
 首都の上空に差し掛かった急な暗雲が、土砂降りの夕立をもたらしたとしても、特段不思議なことではない。

 
 ローリエが。

 自分を入れてくれるパーティに巡り合うために。
 屋根の上をうろつき、下界を見下ろし。
 
 たまに地上に降りたかと思えば。

 人気のない場所にぽつんと立ち。
 いかにもな『私強いですよオーラ(自己評価)』を出し。

 誰かに、『パーティに入りませんか』と声をかけられることを期待するような。
 全く持って無駄で、頭の悪い、都合のいい愚考を繰り返していた時。


 それは起こった。


 数度の雷鳴が轟いたかと思えば、首都全域は急な豪雨に見舞われた。
 種族がら、雨が大好きだったり、有利だったり、全く気にしない輩も居るけれど。

 多くは、人間の思考のそれで。

 街中のプレイヤーやNPCは、次々に傘や雨具を纏い。
 雨天に閉店する店は、そそくさと看板を下げ始める。


 そして、雨が嫌いで、雨具の無い輩がやることは一つ。

 雨宿りだ。 


「ひぃ、ヤバイヤバイ」

 雨はともかく、雷に撃たれたらただでは済まない。

 突っ立って、『誘ってオーラ』を振りまいていたローリエは、一目散に近くの建物の軒下に逃げ込んだ。
 幸い、首都の中でも人気のない路地で、誰かに巡り合う率は少ないだろうと思われた。


 降りしきる雨。
 地面に強く打ちつける、雫、雫、雫。

 ざぁぁぁぁぁ。

 聞こえる音が、雨音だけに支配されたかのような。

 そんな錯覚。

 ローリエは、路地の軒下から、曇天を見上げる。



 冷静になる。

 

 ――なにをやっているんだろう。

 そう思うのは、生きてきて何度目だろうか。
 何千回目だろうか。


 どうしてこうなったのだろうか。
 
 そう、思う時は良くあるけれど。
 その答えは、既に分かっているのだ。

 他人と付き合うことが怖い。
 他人が怖い。
 なのに、仲良くしたい。


 不毛な、二律背反。
 
 全部、自分が悪い。
 こんな、性格なのがいけない。
 
 他人の中に入っていけない。
 他人に自分から、声をかける勇気がない。
 
 お腹がすいても。
 飲食店には入れない。
 個人経営も、チェーン店も、ファーストフード店も。
 コンビニでさえ。
 うまくお買い物ができない。

 ネット通販だけが、ローリエの、愛海の、友達だ。

 そんなやつが、パーティプレイに憧れるだなんて、きっとおこがましい事なんだ。

 ローリエは、もうすぐ成長限界だ。
 よく考えれば、割とやり切ったと言えなくもない。
 
 ――もう、やめようかな。引退しようかな。
 そんな考えがよぎる。

 雨の中。

 冷たい雨の中。

 軒下から零れた、水滴が顔に当たって。
 頬を伝って。

 顎を伝って。

 地面に落ちる。 一滴。


 そんな瞬間に。


 物思いにふけっていて気づけなかった。
 すべてのスキルの警戒をかいくぐって。

 遅れて知った時にはもう遅い。
 魔銀製甲冑ミスリルの擦れ合う金属音を奏でさせ。

 ロングマントをカッパのように身体に巻き付けて。

 その小柄は、ローリエの居る軒下に駆け込んできた。

 ばしゃばしゃ、と――。
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