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【第二章】――大魔王のおしごと――
大魔王マナと、魔導書の件
「ミラ、私がなぜ今呼ばれているのか知ってるかしら?」
無駄に長く豪奢で広い。
そんな回廊を歩きながら、私は隣を往くミラに問いかけた。
時間の感覚が無いも同然の私は、今日が何の日だか覚えていない。
人族も魔族も、星が一巡する間に、数々の祭事や、何やを、色々な理由を付けて行っているらしい。
記念だの、誕生日だの、お祭りだの、細々しいったらないわ。
私は、自分の記憶にそんなモノを一々残していないために、付き人であるミラに尋ねたのだが。
ミラは、うーん、と首をかしげている。
その様は、まるで白い子猫のようにあどけない。
暫くミラは思い出そうとしていたようだが、何も答えは出そうにない。
まぁ、最初から期待はしていなかったので、別にいい。
「……わかりません、マナ様。すいません」
返った言葉も予想通りだった。
「良いのよ。行けば解るわ」
「はい」
そうして、暫くすると、回廊が交差する場所で『魔王』が待っていた。
「大魔王様、こちらです」
長身の魔族が、恭しく行くべき方角を掌で指し示す。
その態度や雰囲気からは、慇懃無礼などではなく。
真なる敬意が感じられる。
これまでに我々……私と魔王は、実力で殺りあったことは一度も無い。
しかし……。
案内に従い歩む私の、3歩後ろにつく魔王。
低身長な私とミラに、歩幅すら合わせて歩く魔王が口をひらく。
「大魔王様、教本の執筆は、進捗いかがですか? ――我が軍の魔法への理解が低すぎるとお嘆きになられていた時から、既に5年ほどが経過しておりますが……」
なんとも、これは丁寧なクレームだ。
これは執筆が遅いという催促に他ならない。
私は嘆息する。
私だって本を書いているばかりではない。
魔法の研究だってするし、錬金術で作ってみたいものだってあるし。
世界樹としての仕事だってある。
私だって暇じゃない。それにまだたった5年でしょ?
「5年って、そんなに永いかしら?」
「魔族にとっては永いとは言えませんが――我が軍には、寿命が短い種族もおりますので……」
そして取り繕うように魔王は付け足す。
「……皆楽しみに待っているのです」
「そう?」
それなら、少しは執筆を速めても良いと思えるけど。
これは今、私が執筆中の魔導書の話だ。
魔導書とは、つまり魔法の教本の事で。
完成したら複製させて魔王の軍勢に配る予定をしている。
なにせ、魔物が進化した魔族達は、粗野で乱暴な者たちが多く、勉学や努力なんてものを考えることはほとんど無い。
自分の先天的な能力に頼りがちな者ばかりだ。
折角高い知能があっても、無駄にしている者も多い。
それは魔族に限った話ではなく、様々な種族に言えることだ。
それに加えて、多様な種族で構成されている軍勢は、統率を取るだけでも難しい様子で、今の魔王軍は力で屈服させるという手段のみが通用している。
私はその状態を良いとは思わない。
だから考えた。
私は、魔法という物を筋立てて教えられる者を増やそう、と。
そして教えるということで、互いに師弟の関係となり、力以外での信頼関係が生まれ、力とは別の統率力に繋がるのではないか、と。
だからそのために、誰でも先生役になれるよう、教本を執筆しているのだ。
それで思い出した。
「ああ……、今日は勉強会の日だったかしら?」
「ええ左様です、大魔王様。まずは我々、大魔王様の幹部が高いレベルの魔法を身に着けなければならない――、そのための勉強会を定期的に行おう。そう言い出したのは、大魔王様だったではありませんか?」
お忘れですか、と続きそうな言葉を、魔王は飲みこんだらしい。
私が言い出したの?
はて、そうだったかしら。
記憶をたどる間もなく。
気が付けば広間へと続く大扉の前まで来ていた。
――これまでに私と魔王は、実力で殺りあったことは一度も無い。
しかし……。
私たちは既に、師と弟子の関係にあるのは間違いない。
そして、魔法を教える私に、魔王はハッキリと言っていた。
――謀反の企ては、考えるだけ無駄だとよく解りました、と。
「一同控えよ」
扉後向こうから、何者かの声がして――。
左に魔王、右にミラ。
二人が大扉を開けてくれる。
私はその真ん中を往く。
「大魔王――」
「――マナ様の、」
「御照臨!」
そして、私が広間に到着した合図の角笛が、響き渡った。
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