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【第四章】――大魔王と白と黒――
フィオラと大魔王
私が案内されたのは、ガラミッドの街の中でも端っこの区域に位置する、廃れた街並みだった。
所謂スラムに近い一帯だ。
砂地に、石畳みを埋めて整地された道路は、かつては綺麗だったかもしれないが。
今は汚水やこびりついた汚物が所々に見られ、異臭が漂っている。
私の感性でみても、まともな生物が長生きできるとは思えない環境だ。
そのためか、住民はほぼ見かけず、閑散としていて。
砂を固めた煉瓦や、石作りの廃墟だけが建ち並んでいる。
私を先導し、案内する耳長族の少女は、先ほどの道中で『フィオラ』と名乗った。
そして、フィオラは階段付の玄関がある建物の前で立ち止まる。
その4段しかない手すり付きの石段を上り、少女は扉に手をかける。
建物自体のデザインは美麗でお洒落な建物だけど。
ぎぎぎぎ、っときしむ音を立てて開く扉は、やや不気味で。
開いた扉から薄暗い室内に差し込む朝日が、やけに鮮明に映る。
そうして……。
建物に入った瞬間、私は感じ取った。
「確かに、魔法使いの家のようね。……水の魔術師かしら」
「そうなんだ」
私の呟きに、フィオラは剣呑に答えた。
師匠がどのような魔術師か知らないのだろうか。
しかし。
微かに漂う現象核。
本棚に見える魔術書の背表紙。
飾られている結晶。
何より、建物から感じる雰囲気。
私はそれらから、そう推察し、確信していた。
だが、それよりも気になるのは、この建物に感じる黒い現象核の多さ。そして、鼻を突く異臭だ。
窓から差し込む光のみの薄暗い屋内。
ギシギシ、と床板を鳴らしながら。
少女は奥へ進む。
そして奥へ進むたびに、異臭はだんだんと強くなっていく。
いや、これは異臭と言うよりは――。
少女がとある部屋に入る。
「ここよ」
そう言って。
部屋には、幾つもの木彫りの像が並び。
その端にベットがあった。
だが――。
やはり。
ベッドに寝かされていたのは、確かに人族だった。
けれど、もう……。
「――すでに息が無いわ」
漂っていたのは異臭というよりも、死臭だった。
月、邪、死。
黒い現象核も色濃く。
部屋中に虫が湧いている。
ベッドの死体は既に腐敗が進んできている。
残念だけれど、もう助からない。
いかなる魔法でも、それどころか奇跡をもってしてもだ。
この死体は、どのような高度な蘇生術式であろうとも、もはや効果を発揮できる時間を優に過ぎてしまっている。
けれどフィオラは疑いもせずに言うのだ。
「……でも、蘇生薬が作れれば助かるって……」
「誰がそんなことを?」
「あの魔法屋の店主」
あの魔法屋。
……私たちが踏み込んだ時、ラークたちの戦利品を買い取ろうとしていたあの店主が?
「蘇生薬を作れると言ったの?」
少女は、深く頷いた。
――私は口には出さなかったが、あの店の品物はどれもデタラメな品質だった。もちろん悪い意味でだ。その腕前で蘇生薬を作るのは絶対に無理だ。
「それで戦利品を、あのお店に売っていたの?」
「お金も渡したよ? でも、薬が高額だからまだ足りないって、いつも言われてた」
……間違いない。
フィオラは騙されている。
あの店主は、フィオラの純粋さにつけ込んで、希望を餌に金を巻き上げていたのだろう。
「そういえば、師匠はだんだん弱っていったと言ってたわね?」
つまり最初は生きていたのだ。
「うん。最初は病気で。治療用の薬をあげてたのに……、助からなくて……」
少女の声が濁っていく。
毀れた雫が、床板を湿らせていく。
まだ、まほう、何教えてもらってないのに、と。
嗚咽交じりに少女が言う。
きっと助かる。
そう、信じて少女は毎日お金を稼いでいたのだろう。
当然、モノを盗むのは悪いことだ。
でも……。
私には、まだ性根まで腐っているとは思えない。
だって――。
私に向けられる少女の目は、まだ透き通ったままだ。
「ねぇ!」
マリンブルーの瞳に。
しょっぱい水をいっぱいにためて。
少女は私に食って掛かる。
「――あんたは、本当の魔法使いなんでしょ?」
くすんだブロンドを振り乱して。
私の、真っ黒な魔法衣をひっつかんで。
がくがくと揺すられる。
悲しみが、だんだんと激情に変わって。
「……助けてよ! 生き返らせてよ! ねぇ!!」
なおも力が籠められる。
私は成すがままだ。
「助かるって言ったじゃない! 大丈夫って言ったじゃない! すぐに良くなるって……!」
涙声で叫ぶ。
そんな少女に。
「……助けてよぉ……」
と、弱弱しく、せがむ少女に。
私は端的に事実だけを告げる。
「無理よ。あなたの師匠は既に、完全に自我が失われてしまった。もう、物理的な分子の無意識しか残ってないの。そこにはもう、あなたの師匠としての心は、残ってないのよ」
ううっ。
声にならない声を上げて。
そして、ずるずると、私の衣を掴んだまま少女は膝から崩れ落ちた。
それからしばらく少女は泣いていた。
だから、私は待った。
気が済むまで。
何時間でも。
改めて。
私は、木像の並べられた部屋を見渡す。
そしてベットの骸。
見るも無残に腐敗した姿。
このままここに置いておくわけにもいかないでしょう。
「このあたりに、埋葬できそうなところはある? それなら手伝ってあげられるわ」
「古びた教会なら……。そこに墓地があったと思う」
そう。ならばそこにしよう。
「埋めるの?」
「ええ。そのほうが良いでしょ?」
少女は静かに頷く。
「でも……」
確かに、師匠の身体は衣服やシーツに、体液ごと癒着してしまっていて。
遺体だけを運ぶのは難しいかもしれない。
「――それなら、身体だけ、元に戻すわ」
「えっ!?」
魂は戻せないけど。
私は、私専用の武器を召喚する。
全七種のうちの一つを。
「白皇石」
宙に現れた複雑な魔法陣。
その輝きの中から、それは姿を現す。
白く輝く正八面体の宝石。
それが現世に解き放たれた瞬間。
ふわふわと私の傍を浮遊しはじめるのだった。
所謂スラムに近い一帯だ。
砂地に、石畳みを埋めて整地された道路は、かつては綺麗だったかもしれないが。
今は汚水やこびりついた汚物が所々に見られ、異臭が漂っている。
私の感性でみても、まともな生物が長生きできるとは思えない環境だ。
そのためか、住民はほぼ見かけず、閑散としていて。
砂を固めた煉瓦や、石作りの廃墟だけが建ち並んでいる。
私を先導し、案内する耳長族の少女は、先ほどの道中で『フィオラ』と名乗った。
そして、フィオラは階段付の玄関がある建物の前で立ち止まる。
その4段しかない手すり付きの石段を上り、少女は扉に手をかける。
建物自体のデザインは美麗でお洒落な建物だけど。
ぎぎぎぎ、っときしむ音を立てて開く扉は、やや不気味で。
開いた扉から薄暗い室内に差し込む朝日が、やけに鮮明に映る。
そうして……。
建物に入った瞬間、私は感じ取った。
「確かに、魔法使いの家のようね。……水の魔術師かしら」
「そうなんだ」
私の呟きに、フィオラは剣呑に答えた。
師匠がどのような魔術師か知らないのだろうか。
しかし。
微かに漂う現象核。
本棚に見える魔術書の背表紙。
飾られている結晶。
何より、建物から感じる雰囲気。
私はそれらから、そう推察し、確信していた。
だが、それよりも気になるのは、この建物に感じる黒い現象核の多さ。そして、鼻を突く異臭だ。
窓から差し込む光のみの薄暗い屋内。
ギシギシ、と床板を鳴らしながら。
少女は奥へ進む。
そして奥へ進むたびに、異臭はだんだんと強くなっていく。
いや、これは異臭と言うよりは――。
少女がとある部屋に入る。
「ここよ」
そう言って。
部屋には、幾つもの木彫りの像が並び。
その端にベットがあった。
だが――。
やはり。
ベッドに寝かされていたのは、確かに人族だった。
けれど、もう……。
「――すでに息が無いわ」
漂っていたのは異臭というよりも、死臭だった。
月、邪、死。
黒い現象核も色濃く。
部屋中に虫が湧いている。
ベッドの死体は既に腐敗が進んできている。
残念だけれど、もう助からない。
いかなる魔法でも、それどころか奇跡をもってしてもだ。
この死体は、どのような高度な蘇生術式であろうとも、もはや効果を発揮できる時間を優に過ぎてしまっている。
けれどフィオラは疑いもせずに言うのだ。
「……でも、蘇生薬が作れれば助かるって……」
「誰がそんなことを?」
「あの魔法屋の店主」
あの魔法屋。
……私たちが踏み込んだ時、ラークたちの戦利品を買い取ろうとしていたあの店主が?
「蘇生薬を作れると言ったの?」
少女は、深く頷いた。
――私は口には出さなかったが、あの店の品物はどれもデタラメな品質だった。もちろん悪い意味でだ。その腕前で蘇生薬を作るのは絶対に無理だ。
「それで戦利品を、あのお店に売っていたの?」
「お金も渡したよ? でも、薬が高額だからまだ足りないって、いつも言われてた」
……間違いない。
フィオラは騙されている。
あの店主は、フィオラの純粋さにつけ込んで、希望を餌に金を巻き上げていたのだろう。
「そういえば、師匠はだんだん弱っていったと言ってたわね?」
つまり最初は生きていたのだ。
「うん。最初は病気で。治療用の薬をあげてたのに……、助からなくて……」
少女の声が濁っていく。
毀れた雫が、床板を湿らせていく。
まだ、まほう、何教えてもらってないのに、と。
嗚咽交じりに少女が言う。
きっと助かる。
そう、信じて少女は毎日お金を稼いでいたのだろう。
当然、モノを盗むのは悪いことだ。
でも……。
私には、まだ性根まで腐っているとは思えない。
だって――。
私に向けられる少女の目は、まだ透き通ったままだ。
「ねぇ!」
マリンブルーの瞳に。
しょっぱい水をいっぱいにためて。
少女は私に食って掛かる。
「――あんたは、本当の魔法使いなんでしょ?」
くすんだブロンドを振り乱して。
私の、真っ黒な魔法衣をひっつかんで。
がくがくと揺すられる。
悲しみが、だんだんと激情に変わって。
「……助けてよ! 生き返らせてよ! ねぇ!!」
なおも力が籠められる。
私は成すがままだ。
「助かるって言ったじゃない! 大丈夫って言ったじゃない! すぐに良くなるって……!」
涙声で叫ぶ。
そんな少女に。
「……助けてよぉ……」
と、弱弱しく、せがむ少女に。
私は端的に事実だけを告げる。
「無理よ。あなたの師匠は既に、完全に自我が失われてしまった。もう、物理的な分子の無意識しか残ってないの。そこにはもう、あなたの師匠としての心は、残ってないのよ」
ううっ。
声にならない声を上げて。
そして、ずるずると、私の衣を掴んだまま少女は膝から崩れ落ちた。
それからしばらく少女は泣いていた。
だから、私は待った。
気が済むまで。
何時間でも。
改めて。
私は、木像の並べられた部屋を見渡す。
そしてベットの骸。
見るも無残に腐敗した姿。
このままここに置いておくわけにもいかないでしょう。
「このあたりに、埋葬できそうなところはある? それなら手伝ってあげられるわ」
「古びた教会なら……。そこに墓地があったと思う」
そう。ならばそこにしよう。
「埋めるの?」
「ええ。そのほうが良いでしょ?」
少女は静かに頷く。
「でも……」
確かに、師匠の身体は衣服やシーツに、体液ごと癒着してしまっていて。
遺体だけを運ぶのは難しいかもしれない。
「――それなら、身体だけ、元に戻すわ」
「えっ!?」
魂は戻せないけど。
私は、私専用の武器を召喚する。
全七種のうちの一つを。
「白皇石」
宙に現れた複雑な魔法陣。
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