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第零章  リビングドール

計略

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「――確かに、あれはただ事ではない」

 義理の娘の部屋へ赴き。
 のぞき見。
 自分の眼で確かめてきた屋敷の主は、そう言った。

 リビングでは、屋敷の主、奥方、メイド達が集まって話をしていた。


 
 差し当って、この事態の責任が人形を捨てたメイドに向く。

「あなた、本当に捨てて来たんでしょうね!?」

「は、はい、もちろんです! この手で確かに、井戸の中に……。村に伝わる手順だって守りました」

 先輩メイドの追及に、後輩メイドは反論する。

「じゃあどうしてあの人形が戻ってきたの!?」

「そ、それは……私にも」

「あなた……もう一度捨ててきなさいよ」

 そんな先輩の言葉に、後輩メイドは声を震わせて、慄く。

「とんでもない! もう無理です、だって、動くんですよ!? あの人形! もう、盗み出すなんてできませんよ」

「じゃあどうするっていうの?」

 そんな言い合いの最中に。
 奥方が一喝する。

「黙りなさい。全く冗談じゃないわ。……人形が一人で動くですって? ……ただでさえあの子だけで、気味が悪いって言うのに……!」


 暫く、メイド、奥方、の言い合い、話し合いは続き。

 ついに。

 ずっと黙って考えていた屋敷の主は、「ふむ……そうだな。ならばこうしよう」と、仕事用のカバンから小瓶を一つ取り出して、メイドに差し出した。

「旦那様、これは……?」

「ただのお薬だよ。キミはこれから毎日、あの子の夕食にこれを少しづつ混ぜるのだ。良いか? 少しづつだ。夕食の時だけにな」


 メイドは一瞬でその言葉の意味を汲んだ。
 そして冷や汗を滲ませた。

「しかし……」

 

「これ以上、皆の精神をすり減らすこともあるまい。それに、時には安らかに眠ることの方が、幸せなこともある。そうだろう? 私はこれ以上、あの子に苦しんでほしくない」

 柔らかな微笑と共に。 

 家主はメイドを言いくるめた。

 相続金は既に頂いている。 
 どうせもう必要なかったのだ。
 ただのごく潰し。
 それが減れば、屋敷の出費も多少は減る。
 いつか処分しようと思っていたのだ。
 家主――つまり少女の義父にとっては、それが少し早まっただけの事だった。 

 義母は、その様子を黙ってみていた。
 義父はさらに言う。

「人形もそのままというわけにはいかないだろう。私の知り合いに、腕利きの魔術師と神官がいる。それらに手紙を出す。早ければ今月のうちには到着するはずだ。それに祓わせよう」

「でも魔術師なんて雇ったら……。聖職者だって教会にお布施が必要でしょう?」

 継母は、お金の心配をする。

「問題ない。その子らは私のことを命の恩人だと思っている。私の言うことなら、多少の無理も聞くだろう」


 

 そうして、計略は進行する。

 本人の知らない所で。
 
  



 そして、二人はやってきた。

 魔術師と、神官の双子の姉妹が。

 ――テスタとセニアを祓うために。


「あれが……あの方のお屋敷ね」

 
 ザリッ、と村の外れの草地を踏みしめて――。
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