上 下
10 / 17
第零章  リビングドール

三番目の選択肢

しおりを挟む
 

 屋敷にやってきたのは、
 黒いローブの魔術師と。
 白いローブの神官で。

 互いに白金色の髪をもつその二人は、顔がそっくりな双子の少女達だった。
 魔術師が、頭にかぶった魔術帽子を取って挨拶をする。

「おひさしぶりです、おじさま」

「ああ、――よく来た、二人とも」

 屋敷の主が出迎える中。

――ローブのフードを眼深にかぶった神官の少女は、ある一点を見つめていた。

 屋敷のエントランス、その場所から。
 壁と天井を透かすかのように。
 三階の端にある一部屋。

 そこにある『一体』を感じ取っていた。

 
 驚いたような顔で。
 茫然と。

 トランクを手にしたまま、呆けたように佇む神官。
 
 そこに声がかかる。
 
「ウルリーカ? どうしたの? ウルリーカ、行くよ?」

「え……? え、ええ……」

 魔術師の少女の何度目かの呼びかけに、神官の少女が生返事を返す。

「おじさまが、まず夕食を御馳走してくれるって。その前に、とりあえず荷物を部屋に置きに行くよ? 聞いてた?」 

「う、うん、大丈夫……」 

 そうして、
 魔術師の少女――スティナ、と。
 神官の少女――ウルリーカ、は。

 部屋を案内するメイドの後についていった。




 ◆◆◆◆



 
 夕食と、ひと時の歓談を終えて。

 その夜。

 二人は所定の時間に、所定の場所へと赴く。

 その場所とは地下にあった。
 
 話は、屋敷の地下にある食糧庫の中で行うということだった。
 
 階段を降り。
 分厚い扉を開けると、たどり着く。

 そこは石作りの壁で覆われた、低温の部屋で。
 
 
 魔術師スティナは、部屋に入るなり周囲を見渡し。
 「さすがですね」、と漏らす。

 中にはすでに、屋敷の主が待っていた。
 その主が、得意げに「そうだろう?」と応じる。



 その部屋は特殊な部屋で。

 壁には、青い色のクリスタル、冷魔結晶が埋め込まれ。
 さらに冷魔結晶から得られる冷気の現象核オリジンに、機能を与えるための、術式刻印が施されている。

 つまり、食糧庫の中は常に、-10度という気温に保たれているということだ。
 これは、かなり高額の工事費用が掛かる。

 そのことを知っている魔術師だから。
 そして、この家がかつて金に困っていた事実を知らない、平民出の娘だから。
 スティナは「さすがですね」と言ったのだ。

 とはいえ、なぜこんな場所なのか。
 その理由は、
 ①屋敷の天辺にある部屋と一番距離が遠く。
 ②分厚い石材という物理的に強固な場所であり。
 ③魔術的な物で囲われた魔法防御にも地の利のある空間だから、だ。

 魔術師であるスティナは、この警戒レベルの高さで、すでに案件の重大さを理解している。

 目を閉じて寒さに耐えるウルリーカと、真剣な表情のスティナ。
 
 二人を呼びつけた主は、涼しい顔で話を切り出した。 
 
「さて、こんな場所に長居はできないだろう。手早く話をまとめよう」

 主はそう言って、少女二人に屋敷の呼んだ理由、要望を告げる。

「頼みたいことというのは、手紙に書いた通り。我が家に住み着いている呪いの人形を壊してもらいたい」

魔術師は尋ねる。
「破壊、ですか? 呪いの解除ではなく?」
  
「ああ。無論、呪いの解除も頼みたい。しかし、人形の存在はうちのメイド達が怖がっているのでね、目の届くところに居てもらっては困る。捨てても戻ってくるというのなら、壊す以外にない」

「なるほど」
  
神官が手をあげる。

「あ、あの……おじさま?」

「なんだね、ウルリーカ」

「……どちらも無理な場合は……どうしたらよろしいですか?」

 どちらも無理な場合。
 呪いの解除も、人形の破壊も、出来ない場合。
 

「その場合は――……」





 そして、決行の日は明日の朝に決定した。
 



 ◆◆◆◆




 話の後。

 双子たちは、屋敷の外に居た。

 月を眺めていた。

 ウルリーカがぽつりと言う。

「おじさまの娘さん……もうすぐ15歳なんだって」

「そう」 


「私達より……3歳、お姉さんだね」

「そうなるね」


 村の高台に時折吹く強い夜風が、二人の白金色の髪を弄ぶ。
 神官のかぶっていたフードが剥がされ。
 魔術師は帽子を手で押さえていた。

 ウルリーカが黙ってしまったので。
 スティナは、ただ月を見上げている。

 神官の顔はうつむいていた。
 何処か自信なさげに。
  
 
 双子の特権というべきか。
 そんな細かな機微に、魔術師はすぐに気づく。

 いつもと違う、と。
 何か、気にかかることがあるのだろうか。
 そんな、どこか消沈しているようなウルリーカを。
 スティナは気に掛ける。

「どうしたの? 呪いを祓うくらい、ウルリーカは失敗しないでしょ? 何を心配しているの?」

 ウルリーカは、ふるふる、と首を横に振った。

「祓えないわ」

「え? 祓えない……?」
 
 ウルリーカは顔を上げ、屋敷の天守を見つめる。
「そう、アレは、私にも祓えない」 

「うそ……?」

「嘘じゃない。だから、明日は3番目の選択しかない――と思う」

「そんな……?」

「だから、最初から全力で行って、スティナ。じゃないと……」


 その先は、言わずとも知れたことだった。
 スティナは、ウルリーカの表情で悟り。

 ウルリーカは、屋敷に入った瞬間から、解っていた。


 今から立ち向かう存在は――常軌を逸している代物だと。
 
 
しおりを挟む

処理中です...