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第零章 リビングドール
襲撃
しおりを挟む既に日が昇ってから、幾らかの時間が過ぎていた。
窓からの日差しが照らす簡素な寝台ではテスタがまだ寝息を立てていて。
ベッドに腰かける小さな人型――セニアはその寝顔を見つめていた。
そろそろ起こそうかな?
どうしようかセニアは少し悩んでから。
安らかな寝顔に免じてもう少しだけ寝かせておいてあげよう、と。
慎重にベッドから降りる。
眠りが浅いテスタのために、なるべく音を立てないように。
すると、いつものメイドの足音がやってきた。
「もうそんな時間?」
セニアはそう呟きながら、いつものように器用に扉を開けて廊下に出る。
すると。
「!!??」
突然。
セニアは自身のボディの横っ面に、衝撃を受けた。
同時に。
近くの壁が、音もなく爆ぜ、大穴が穿たれる。
それによってまき散らされた石片、木片、瓦礫、土煙が舞い。
むき出しになった壁の構造が、セニアに事の大きさを実感させる。
一体何ごとなのか。
慌てたように。
セニアが廊下の先に目を向けると――。
ソレは、佇んでいた。
音もなく気配もなく。
二人の小柄な巨人の影が見えた。
奥に控えているメイドの気配しか感知していなかったセニアは驚く。
「誰!?」
「なるほど・・・・・・ウルリーカの言った通りか」
その声の主は、魔導書を片手に、片手用の魔法杖をかざし。
「――はい、やっぱり魔法に対する抵抗力が桁違いですね」
その声の主は、金色の錫杖を手にしていた。
「もう少し、魔力をこめてみる?」
「ダメよ、スティナ。廊下が無くなっちゃう」
セニアは、問いかけを無視されていることに憤りを感じながら。
二人の方に身体を向ける。
今の二人の言葉と、状況を鑑みるに。
魔法による攻撃を受けたのだ、とセニアは理解した。
しかし、人形のボディはおろか、衣装にさえ傷はない。
なぜなら放たれた魔法の矢は、セニアに命中した後、弾かれるようにして屋敷の壁に突き刺さったからだ。
今はもう魔法の威力は消失し、多少の残滓が残っている程度だが。
廊下には、派手にまき散らされた破片や瓦礫が残っている。
それほどの威力だというのに。
攻撃には音が無かった。
衝撃音も、破壊音も。
魔法によって音が消されていた。
だからテスタはこの惨事に気づかない。
そしてセニアは、その二人組のことを昨日見ていた。
――ただの客人だと思っていたのだけど……。
「……あなた達、昨日屋敷に来た……」
セニアの言葉に。
魔術師スティナは言う。
「本当に言葉を話すんだ、人形が。……興味深い。――でも……」
「スティナ、言ったでしょ。選択肢は3番目よ」
「解ってる! さっきの一撃で壊すのは諦めたよ」
「壊す? ――」
つまり少女ふたりは暗殺者で。
邪魔者を壊しに来た刺客なのだ。
「――狙いは私なのね……」
きっと、テスタを『毒殺』するのに邪魔だから殺しに来たんだろう、とセニアは考えた。
とはいえ、セニアに巨人二人をどうにかする手段はない。
今のセニアに出来ることは、食事に盛られた毒を、不思議な力で解毒することだけだ。
攻撃する手段は何もない。
しかし、セニアが破壊されれば何も知らないままテスタは毒殺されるだろう。
「……なんとかしないと」
そうは思う間に、神官の少女が魔力を編み始める。
このまま突っ立っていたらやられるだけだろう。
「せめて、テスタを……」
とにかくテスタを起こし、状況を説明し、逃げる時間を稼がなければならない。
セニアは、踵を返すと部屋の扉に向かって走る。
けれど。
「逃がさないよ!」
魔術師に魔法でバインドされてしまい、身動きが取れなくなる。
「くっ……テスタ! テスタ!!」
セニアはテスタを大声で呼ぶ。
だがそれもダメだった。
「無駄だよ、この周辺一帯は今、音を消してあるんだ。君の声は届かないよ」
「こ、この……!」
セニアは最大限抵抗する。
すると、スティナが苦しみだす。
人形の身体を、床に縫い留める魔法の糸が、ぶちぶちと切れ始める。
「うそでしょ。私の全力でも、まだ抗えるっていうの……?」
スティナは、急いでバインドの魔法を追加で何重にも行使する。
しかし、
それでも。
「――絶対にさせるもんか!」
テスタは殺させない。
その一点のみの想いで
セニアは順番に全ての糸を引きちぎっていく。
「ぐ……ッ! もう抑えておけない……! 早く、ウルリーカ……!」
その瞬間――、
「大丈夫です。もう、終わりました」
――詠唱を完了したウルリーカの神聖なる魔法が、セニアに降り注ぐ。
光の杭がセニアの周囲に突き刺さり、その布陣が魔法陣を描き出す。
それは強力な封印の魔術だった。
もともと強力な魔物を封じ込めることに特化した魔術は、抵抗の有無など無関係に作用する。
「テ……テスタ……!!」
そしてついに、
セニアの全ての意識が消失し。
ただの動かぬ人形となって。
その場にパタリと崩れ落ちた。
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