【完結】絶望のユートピア

MIA

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ー午前9時 タイムリミットはあと12時間ー

武士の場合・1

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「カオス様の予言通りだ…。」

ざわつく会場。
ここは『カオス・ルーム』の総本山である。
まさに今。人、人、人。と会場中が信者達でいっぱいになっていた。

(嘘だろう…。おいおい、どうしろって言うんだよ。この俺に!!)

神保武士〈ジンボ タケシ〉。52歳にして最大最悪の事態だ。
まさか、あの占い師の予言が本当だったとは。想定外だった。
武士がこの教団を作り上げるきっかけにしか過ぎなかった、あの地球滅亡論が今、現実となっている。

そもそも武士は、その辺にゴロゴロといる普通のおじさんであった。
ただ昔から金に関する事には敏感で、金遣いが荒い男である。
この世は遊んでも遊んでも尽きない。
所帯を持つなんてもってのほか。女は良い女を取っ替え引っ替えしてこそ楽しいのだ。

そんな欲にまみれた武士が、なぜ宗教などに目覚めたのか。
これも金以外の目的は無かった。本物の教祖になれるような崇高な心の持ち主ではない。
それなのに、教団を起ち上げることができ、それなりに信者を増やせていったのは。武士の唯一の才能である話術のおかげであった。
自分が生粋の人たらしである自覚と、確信のない自信のみで、この年まで生きてきたのである。

武士がこの商売に目をつけたのは一年前。
テレビで人気だった占い師、失墜の原因となったあの発言。
武士は天啓が降りた如く、これを利用しようと思いついたのが始まりだった。
この不吉な予言に身も心も不安にとらわれている人間は、案外多いのではないだろうか。
自分のセンサーが反応した。
これは、金になる…と。

武士は長年勤めていた会社を辞めると、すぐに布教活動に取り掛かった。
最初はネットを使い、細々と悩みの相談を聞いた。
持ち前の話術が結果を出すのに、そう時間はかからなかった。

まずはじっくりと話を聞く。
そうして相談者の心に寄り添う。
悩んでる者は、いつだって一方的に話を聞いて欲しいだけなのだ。
だからこそ、初めは何も言わない。
しかし相談している側はその実、答えも一緒に持ち合わせているものだ。
そのタイミングを逃さぬように見計らう。
相手が自分を信頼して、堕ちた時が狙い目だ。

「本当は、こうしたいのでしょう?それで良いんですよ。」

この言葉で、大体の場合が距離を縮められる。
相談者は否定を望まない。
こうして肯定をされる事で、まるで自分を理解してもらえているかの様に錯覚をする。
そこでようやく実際に会う事に流れを持っていく。

この時に大事なのは見た目である。
人の印象というのは、まずは外見が物を言う。
宗教論を語るとはいえ、いかにも修行してました。と言わんばかりの姿をしての初対面は非常によろしくない。
とある教団の教祖の様に、ボサボサ長髪にヒゲの伸ばしっぱなし、白い作務衣姿など言語道断である。
これまでの信用を更に深みに沈めていく作業。
極めて重要な瞬間において、小汚いなぞ…有り得ない。

武士は身だしなみに拘りを持った。
スーツはクリーニングでパリっとさせ色は黒。
ブランド物ではないが安物でもない。
時計やアクセサリーなどは身につけず、ヒゲは綺麗に剃り、髪型は短く後ろに流して固める。
白髪は黒く染めておくのも大事だ。
金持ちではないが、小金持ちくらいには見える。
紳士には見えるが、威厳や貫禄もどことなく感じさせる。
要するに、一貫しているようでほんの少し崩すのだ。
そうすることでミステリアスな雰囲気を演出する。

待ち合わせの場所は相手に合わせて決めるが、入る店はこちらで選ぶ。
ファミレスや相手の自宅は絶対に避ける。
かといって、高級料亭なども使わない。
喫茶店の一択である。
そして武士は事前に感じの良い店を見つけておく。
金はかかるが下見は必要だ。これも将来への投資である。

お互いの自己紹介は簡潔に済ませ、談笑を長めに交わし、程よく相手の緊張が緩んだあと。ほんの束の間の沈黙を合図に切り出す。

「この店はとても波長が合うな。」

相談者は何の話だと思う。
そもそも指定してきたのは武士本人なので、知っている店なのだろう?とも思うだろう。
しかし、何か引っかかる物言い。
キーワードは『波長』という言葉。
心地良い。とか、落ち着く。と、言われれば共感もしやすい。
だが、波長が合う。など、いまいちしっくりとこない。
その違和感こそが、武士の欲しい感覚なのだ。
相手が食い付いてくれば話は早いが、何となく流されてしまうのがこの発言。
それで良い。武士は更に念を押す。

「いや、失礼。私は汚れた空気には敏感でして。それにしても…あなたから出ている波長も。思った通りだ。とても私と合う。」

冷静な人間であれば不信感しか湧いてこない様なセリフだ。
しかし相手はボロボロの雑巾の様な精神状態で、藁にもすがる思いを抱き、この場に来ているような人間である。
自分を肯定してくれた人が、更に自分を受け入れ認めてくれた。
この人といれば、何かが変わるのではないか。といった期待。
この人が、何かを変えてくれるのではないか。という望み。

「実はね。私には少しだけ特別な力があるんです。あぁ、いや。これは私の話だ。聞かなかった事にして頂きたい。」

人の心理とは面白いもので、自分が信用出来ると判断した相手には、自分も信用されている。そういった同調意識が芽生えるものだ。しかし、突然サラリと線を引かれてしまう。
この時に感じる不安感は上等な餌となる。
ここでようやく、相談者は相手を明確に意識する。
自分はこの人を何も知らない。と。
そして話が質問へと流れていくのだ。
聞かせて下さい。
そう言わせる事が出来れば武士の勝ちである。

この時に武士は初めて自分の事を語ることになる。
自分という存在が、昔から何か周りと違って感じていたこと。
何かあっても、いつも何事にも至らないのが不思議であったこと。
そして、ようやく最近になり自分が何の使命を持って産まれてきたのかを思い出したこと。

全て口から出任せだ。

「地球が滅亡するというのはね。実は本当なんです。あの占い師も、神からの使命の元この事を伝えたのです。しかし人間というものは、本当に愚かだ…。真実から目を背けてしまう。
私は混沌、つまりカオス。まさに万物の始まりから産まれた者です。だからわかる。この地球は今、もう一度カオスに戻ろうとしていることが。
私は人間が愚かだと言いました。でも可愛くて仕方ないんですよ。どうしても救ってあげたい。
しかし私にはカオスの力が足りない。何せ人として産まれてきてしまったんですからね。
だから、このように相談という形を取って、自分に似た波長を持つ者を探しているのです。
あなたは同志だ…。」

相談者としては、いきなりこんな壮大な話をされても…。とは思わない。
この時には、もう完全に武士の話の虜である。
なぜならば相談者は、常に孤独で、居場所がなく、自分の価値や自信を無くしている者達だから。
武士はそういった迷える子羊達を見つけ出し、見事に腹の中に納めてしまうのだ。

そして気付けば教祖様。
当初、教団を起ち上げる際に資金面では苦労したが。
武士の目的に興味を持った、どこぞの金持ち爺さんが援助をしてくれた。
残念ながら、彼はこの教団に入る事はなかったが。

ビルのテナントを買い、晴れて『カオス・ルーム』が始動。
信者も増えてきて、細々ながらも順風満帆だった。
なのに…。

「カオス様。いよいよ時が来ましたね。今こそ、あなた様のお力を解放する時です。」

(あぁ。もう。黙れバカが!!考えろ。どうしたら良いのか…考えろ、俺。)
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