カレイドスコープ

makikasuga

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第24話

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「勇作の研究は私がもらう。こんな仕事はもうたくさんよ!?」
 ユリカの拘束を解くと、順子は扉を開けて室内に駆け込む。そうこうするうちに銃声が聞こえた。慎平は奏と顔を見合わせる。
 鍵を開けたばかりの研究室に誰かがいる。いったい誰が……?
「ちょっ、慎ちゃん、危ないって!? シェリー、彼女のフォローを頼む!」
 奏が止めるのも聞かず、慎平は部屋に足を踏み入れる。
 勝気に微笑んでいた順子は床に倒れ、腹部から血を流していた。その前に立ちはだかっているのはうつろな目をした四十代半ば位の男。黒のジャケットにカーキ色のコットンパンツとカジュアルな服装であるが、右手には拳銃が握られており、慎平を確認すると、鋭い視線と銃口を向けてきた。
「緊急認証を作動させたのか」
 男の声に抑揚はなく、機械のようだった。
「私は生きなければならない。それが使命。直ちに修正を。邪魔するものは排除する」
「待った。それ、俺がやる」
 両手を上げて奏が割り込んできた。右手には身分証のようなものとUSBメモリを持っていた。
「ハーバード大学客員教授、片山奏。あんたの修正とやらが出来る唯一の人物だぜ」
「奏が客員教授!?」
 驚いたのは慎平だけであった。男は興味がなさそうだったし、そもそも順子は意識がない。
「あれ、いってなかったっけ?」
「聞いてないよ!?」
「教授なんて柄じゃないし、そんな気なかったけど、無理矢理ね。そうだ、今度慎ちゃんのキャンパスで先生やっちゃおうかな」
 慎平は激しく首を横に振った。
「なら、やってみろ」
 男は感情のない声でいった。既にデスクトップパソコンは起動していた。慎平達がやってくる前から、男はここで作業していたのだろう。
「その前に、彼女の怪我、診ていい?」
 奏は床に倒れている順子に視線を向けた。
「死んではいない、急所は外してある」
「そりゃどうも。でも出血多いとヤバいよね」
「早くやれ。そうすれば、その女も助かる」
 奏は両手を上げたまま、パソコンの前に移動する。身分証を机に置き、USBメモリを差し込んだ。さらに右耳に通信機のようなものをセットしていった。
「慎ちゃん撃ったら、あんた殺すよ」
 威嚇にしては物騒だった。
「おまえの作業が終わるまでは手を出さない」
 男は拳銃を下ろす。慎平は一息ついてから、冷静に問いかけた。
「あんた、なんでここにいた? この部屋の鍵は俺とユリカの虹彩でしか開けられなかったはずだろ」
「この部屋は、本条勇作の虹彩でしか開けることが出来ない」
 そういうと、男はカードキーを取り出した。
「これがそのスペアだ。勇作と私だけが持っていた」
「メンテナンスのためだろう」
 キーボードを叩きながら、奏がいった。
「じいさんが死んでからも、あんたは度々ここに出入りしていた。誰もいない時間を見計らって」
「そうだ。YとSの虹彩が読み取られた場合、緊急認証、つまりデータは全て削除されるようになっている。おまえ、私の正体を知っているのか?」
 キーボードを叩きながら、奏は男に向かって笑ってみせた。
「勿論。あんたが人間を乗っ取った人工知能だってことも」
 男はなにも答えず、表情も変えない。その間も奏は時折画面をみながら、キーボードを叩くことをやめなかった。
 まもなくパソコンから警告音がした。鍵を開けたときと同じ無機質な言葉が放たれる。

【緊急認証の実行まであと百八十秒】

「とっておき使わないとだめか。ガウディ、出番だ。あと三分弱、本気でやれよ」
『了解』
 パソコンからガウディの声が聞こえてきた。奏のキーボードを叩くスピードが増し、表情が険しくなる。

【緊急認証の実行まであと百二十秒】

『あかん、これじゃ太刀打ちできへん!?』
 焦るガウディの声が聞こえてきた。
「だったら、これはどうだ」
 不敵な笑みを浮かべ、奏があるキーを叩く。再び警告音が鳴り響いた。

【緊急認証がジャックされました。バックアップ開始します】

「させるかよ」
 獲物を狙う肉食獣のように奏の目が光る。慎平も男も、今は奏とコンピュータとの一騎打ちを見守るしかなかった。

【緊急認証がクローズされました。至急バックアップ開始します】

「まだ止まらないのかよ」
 奏の顔から汗が流れ出す。怪我の影響だろうか。
「厄介なもの、作りやがって!?」

【緊急認証をクローズします】

 その言葉と共に、画面がブラックアウトする。奏はほっとしたのか、がくんと膝をついた。すくさま慎平が駆け寄り、奏の身体を支える。
「大丈夫か、奏!?」
「ああ。なんとか止まったけど、問題はこの先だな。薬のリミットが迫ってるみたいだからさ、慎平ちゃん、チューして」
「ちょ、おま、なにいって……!?」
 奏の爆弾発言に、慎平はパニック状態になる。
「あれ、もしかして脈アリなわけ? 慎ちゃん、顔真っ赤だよ」
 なぜ赤面するのか慎平にもわからないが、今は考える余裕がない。

「本当にやってのけるとはな」
 黙ってみていた男が、再び慎平に銃口を向けた。
「やはり、おまえには死んでもらう」
「さっきの話、聞いてなかったのかよ。慎ちゃん撃ったら、あんた殺すって」
 奏は慎平の前に立ちはだかる。尋常じゃないくらい汗を掻いており、ジーンズのポケットから拳銃を取り出して構えた。
「アメリカにいたから、撃ち方ぐらい知ってるよ」
「奏、撃つな!」
「ご主人様の命令でも、それだけは無理」
 奏はきっぱりいった。
「慎ちゃんがいなくなったら、俺は生きてる意味なんてないから」
 奏は真剣だった。男に銃口を向けながら、寂しそうな声でこう続けた。
「誰も俺を、必要としないから」
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