カレイドスコープ

makikasuga

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第28話

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『勝手なこといってんじゃねえぞ!?』
 突然奏の声が聞こえてきた。
『破滅なんかさせるか、そのために俺がいるのに』
「奏!? おまえ、どこに?」
 室内を見回す慎平。池田は呆れ果て、肩をすくめてしまった。
『俺のパーカーの中に通信装置入ってんの』
 なんだかんだで、慎平は奏のパーカーを持ったままだった。右のポケットの中を探れば、小さな四角形の機械がみつかった。
「おまえ、今どこだよ!?」
 機械に向かって慎平は叫ぶ。病院を抜け出したのかと焦る慎平に、奏は答えを出した。
『大声出さなくても聞こえてるし、ちゃんと病室にいるから』
「目覚めるの早すぎ。もうちょいキツい睡眠薬打つか」
 やれやれといって、池田は立ち上がる。
『そんなもんいらねえ。あんたがいうように、慎ちゃんは他人のことばかりに目がいって、自分のことみてない。それがいいとは思わないけど、そのおかげで救われた人間もいる。少なくとも俺はそうだ』

 救われた? 奏が? 俺に?

 意外な言葉だった。慎平自身、なにをしたのか全くわからないのだが。
『ねえ慎ちゃん、約束覚えてる?』
「は? 約束?」
『生きて会えたらチューしよっていったじゃん。だから次あったらよろしくね』
 奏の言葉を思い出し、慎平の顔は茹で蛸のように真っ赤になる。
「バ、バカ、おまえ、先生の前でなにいってんだ!?」
『勿論、そいつがいないときにするよ。……それで満足だから』
 最後の言葉を放つとき、奏の声はどこか寂しげに聞こえた。
「ふーん、そういう関係なのか、ふたりは」
 池田はニヤニヤと笑う。
「そういうも、こういうも、ないですから!!?」
 慎平は慌てて右手を振りまくる。
「俺からひとついえることがあるとすれば、愛情と依存を間違えないでねってことかな」
 池田は笑いながら、慎平の持つ通信装置を指差した。こちらに寄越せといいたいらしい。主治医命令といいたげな圧を感じて、慎平は池田に渡した。
「おとなしく寝ろ、バカ」
 池田はそういうと、通信装置を床に落とし、右足で踏みつけた。耐久性はないようで、それきり奏の声は聞こえなくなった。

「水原君、チューは最後まで取っときなよ」
 奏との通信が切れた後、池田はいった。
「先生、本気にしないでください!? 奏はふざけてるだけなので!?」
「俺にはふざけてるようには見えなかったけど。今危険なのは水原君じゃなくあいつの方だと思う」
 池田の顔は真剣だった。
「アメリカでみたときから、なにも変わってないね」
「やっぱり先生が奏のお母さんを救ってくれたんですね」
「救えてないよ、病院まで持たせただけ。万にひとつの奇跡が起きても、意識を取り戻すことはなかったと思う。俺のしたことに意味はないよ」
 いつもと違って、池田はどこか悲しそうに見えた。
「日本人だってことはわかったから、言葉がわからなかったときのために病院に残ってた。やってきた身内はあいつだけで、英語ペラペラの大学教授だとかいわれて驚いたよ。そのときは何もいわずに帰ったけど、水原君を連れてここにやってきたあいつは、あの頃と全く変わってなかったね」
「つまり、奏は哀しみを消化出来ていないということですか?」
 自分のことはさておき、奏のことが心配になる慎平であった。
「哀しみというよりは存在意義かな。無駄に頭が回るからこそ、余計な事を考えすぎるんだよ。父親との確執がそうさせるのかもだけど」
 池田も、奏と佐藤の血縁関係に気づいているようである。
「素直になればいいのにね。俺や水原君と違って、大切な人は目の前にいるのに」
 飄々としていた池田の表情が一瞬だけ翳る。今の言葉からして、彼も肉親を亡くしているのだろう。
「さっきもいったけどさ、ちゃんと見極めなよ、依存と愛情の違いを」
 どうしてかはわからないけれど、愛情という言葉を聞いて、慎平は顔を真っ赤にした。
「あれ、取り越し苦労だったかな?」
「奏とは出会ったばかりだし、俺はあいつのこと、あまり知らないので……」
 奏と出会ったのは最近だし、今回の件があったからこそ距離が近づいた。男女問わず好きだといわれたら嬉しくなるのは当然だし、この気持ちがなんであるかをゆっくり考える時間もないままだ。
「そういうことならさ、あいつがちゃんと病室にいるのか、みてきて」
 池田は朗らかに笑いながらいった。
「そういうのは先生の役目ですよ!?」
 慎平は何度も首を横に振って拒んだが、池田はますます嬉しそうになった。
「水原君は俺の患者だよ。外出許可は出したけど、退院許可は出してないよ」
「え、や、でも、病室は使えないし!?」
 なにをいっても変わりそうにないが、今奏と顔を会わせるのは、なるべく避けたい慎平だった。
「特別室の次に広い部屋になってるし、付き添い用のベットも置いてるから大丈夫。どうしても嫌だっていうなら、主治医命令発動しちゃうよ」
 いや、もう既に発動しているではないか。
「君達は本質がよく似ている。似ているからこそ、惹かれると思う。それがお互いのためになるのなら、付き合ってもいいと思うよ」
「つ、つ、付き合うって!?」
 そしてまた、慎平は慌てた。
「気楽に考えなよ、結婚するわけじゃないんだし。というわけで、主治医命令発動ね」
 こうして慎平は、奏がいる特別室に向かうことになった。
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