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動き出したギミック
③
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「もう、なんなのよ、いったい!?」
謎の豪邸を出た麻百合は、本能のままに歩いてみたものの、なぜか山道にぶち当たってしまい、そのまま登る羽目になった。室内用スリッパで外の道を歩き続け、途中何度か大きな石を踏んだり、転んだりしたこともあって、動けなくなり、麻百合は道の真ん中で座り込んだ。
昨夜は寝ていないし、朝食は勿論、水すら飲んでいない。そんな中でむやみに動き回ったものだから、ダメージがキツい。暦の上では秋に突入したというのに、朝から夏のような日差しが照りつけて気力も体力も奪っていく。
「私、ここで死ぬのかな……」
そう呟いて、三角座りをしたまま俯く麻百合。時計を持っていないので、どれぐらい時間が経っているのかわからないが、あの豪邸で高橋と話して以来、誰とも会わないままだった。自宅にひとりでいることも、ひとりでパチンコ屋に行くことも苦にならない麻百合だが、誰一人存在しない世界にひとり残されるのは嫌だった。
「これぐらいで死ぬかよ」
麻百合の呟きに、背後から呆れた声がかかる。はっとして顔を上げれば、昨夜の不法侵入男の柳がいた。気のせいか、目が充血しているように見えた。
「家に帰るんじゃなかったのか」
そう言うと、柳は麻百合の隣にしゃがみこんだ。いわゆるヤンキー座りである。
「帰るわよ。歩いてるうちに道がわからなくなっただけだから」
「帰るも何も、ここはまだ浅田の敷地内だぞ」
柳に冷たく現実を突きつけられ、麻百合は愕然とした。せっかく逃げ出したと思ったのに、まだあの豪邸に縛られていたとは。
「でも、ここ、山でしょ」
「裏山も浅田の領地なんだよ。ほら、立て、家まで送ってやるから」
高橋に何か言われたのか、今日の柳はやけにおとなしい。だからといって、昨夜のことがなかったことになるわけがない。麻百合は差し出された手を無視して立ち上がろうとしたが、足の裏の痛みに顔を歪めた。
「まあ、その格好で歩けばそうなるか」
麻百合の表情で事態を悟った柳は、昨夜同様、麻百合を抱き上げた。昨夜と違い、今は世間で言うところのお姫様抱っこであったのだが。
「ちょ、ちょっと!?」
「暴れんな。歩けねえから手貸してやってるだけだ。勘違いすんな」
「勘違いなんかしてないわよ。花梨さんに悪いかなって思っただけ」
「あいつは、こんなことで何か言ったりしねえよ」
昨夜から思っていたことだが、花梨の話をするときの柳はひどく苦しそうに見える。恋人だというのに、幸せそうなオーラが感じられない。
「どういう人なの、その、花梨さんって」
「あんたの妹なんだから、呼び捨てでいいだろ」
「だってまだ、会ったことないし」
「花梨はあんたより可愛くて、優しくて、怒った顔がたまらなくキュートな天使だよ」
柳は照れもせず、笑いもせず、真顔で言い放った。それが無性におかしくて、麻百合は笑ってしまった。
「なに、その気障ったらしい台詞」
昨夜も、柳は花梨のことをいつか天国にいってしまうと天使だといっていた。そういう言葉を女性に放つことに、全く抵抗がないらしい。
「あんた、笑えるじゃん」
麻百合につられてなのか、柳も笑った。凄まれたり、仏頂面だったりと、柳の固い表情しか見たことなかった麻百合は、そのギャップにドキリとさせられた。
この人、笑うと子供みたい。
「そうしてる方がよっぽどいいぜ」
「それは、私じゃなく花梨さんに言えばいいでしょ」
「いつも言ってる。今のあんたみたいに、花梨も笑ってくれるからな」
そう言うと、柳は遠くを見た。まるでそこに花梨がいるかのように。
「やっぱ似てんな、あんた」
「え?」
「いや、なんでもねえ。つーか、色々と悪かった。早く花梨に会わせたくて、俺が先走ったんだ。だから今日はあんたの望み通り、自宅に連れて行ってやる」
「いいって、駅までの道を教えてくれたら、自分で帰るから」
「靴もねえし、痛くて歩けねえんだから無理に決まってんだろ。鍵もねえのに、どうやって部屋に入るつもりだ?」
言われてみれば、麻百合は鍵を閉めた記憶がない。
「もしかして、鍵開いたままなの!? てゆーか、昨日どうやって入ってきたの?」
泥棒に入られたところで、取られるものなどないが、他人に部屋をかき回されるのは気分のいいものではない。
「戸締まりはちゃんとしてある。昨日は特別ルートを使って入った。玄関やエレベーターの防犯カメラにも、俺達の姿は残されていない。あんたは部屋から一歩も出てないことになってる」
「意味がよくわからないんだけど?」
「わからなくていい。こういうことは、知らない方が幸せだからな」
そうこうするうちに、あの豪邸が視界に見えてきた。だが柳は家の中に入ろうとせず、駐車場へと向かった。
「戻らなくて、いいの?」
「あんたに怪我させたってバレたら、高橋に嫌味言われるだろ」
柳は片手で車の鍵を取り出し、リモコン操作で扉を開け放った。麻百合をシートに座らせると、運転席に乗り込み、エンジンをかけてクーラーを全開にする。そのまま後部座席に手を伸ばし、救急箱を取り出すと、助手席の麻百合と向き合い、スリッパを脱がせ、足を消毒し始める。
「じ、自分でやるから!?」
麻百合の言葉を無視し、柳は消毒を終えるとガーゼをあてがい、患部をテープで固定した。的確かつ素早い処置。それなりに痛みは伴ったが、柳の意外な一面に、麻百合は驚くばかりだった。
「特別ルートに連絡するから、少し待ってろ」
高橋曰わく、柳は警察関係の知り合いがいるといっていた。特別ルートとはそういうことだろうか。
この人、いったい何者なの?
謎の豪邸を出た麻百合は、本能のままに歩いてみたものの、なぜか山道にぶち当たってしまい、そのまま登る羽目になった。室内用スリッパで外の道を歩き続け、途中何度か大きな石を踏んだり、転んだりしたこともあって、動けなくなり、麻百合は道の真ん中で座り込んだ。
昨夜は寝ていないし、朝食は勿論、水すら飲んでいない。そんな中でむやみに動き回ったものだから、ダメージがキツい。暦の上では秋に突入したというのに、朝から夏のような日差しが照りつけて気力も体力も奪っていく。
「私、ここで死ぬのかな……」
そう呟いて、三角座りをしたまま俯く麻百合。時計を持っていないので、どれぐらい時間が経っているのかわからないが、あの豪邸で高橋と話して以来、誰とも会わないままだった。自宅にひとりでいることも、ひとりでパチンコ屋に行くことも苦にならない麻百合だが、誰一人存在しない世界にひとり残されるのは嫌だった。
「これぐらいで死ぬかよ」
麻百合の呟きに、背後から呆れた声がかかる。はっとして顔を上げれば、昨夜の不法侵入男の柳がいた。気のせいか、目が充血しているように見えた。
「家に帰るんじゃなかったのか」
そう言うと、柳は麻百合の隣にしゃがみこんだ。いわゆるヤンキー座りである。
「帰るわよ。歩いてるうちに道がわからなくなっただけだから」
「帰るも何も、ここはまだ浅田の敷地内だぞ」
柳に冷たく現実を突きつけられ、麻百合は愕然とした。せっかく逃げ出したと思ったのに、まだあの豪邸に縛られていたとは。
「でも、ここ、山でしょ」
「裏山も浅田の領地なんだよ。ほら、立て、家まで送ってやるから」
高橋に何か言われたのか、今日の柳はやけにおとなしい。だからといって、昨夜のことがなかったことになるわけがない。麻百合は差し出された手を無視して立ち上がろうとしたが、足の裏の痛みに顔を歪めた。
「まあ、その格好で歩けばそうなるか」
麻百合の表情で事態を悟った柳は、昨夜同様、麻百合を抱き上げた。昨夜と違い、今は世間で言うところのお姫様抱っこであったのだが。
「ちょ、ちょっと!?」
「暴れんな。歩けねえから手貸してやってるだけだ。勘違いすんな」
「勘違いなんかしてないわよ。花梨さんに悪いかなって思っただけ」
「あいつは、こんなことで何か言ったりしねえよ」
昨夜から思っていたことだが、花梨の話をするときの柳はひどく苦しそうに見える。恋人だというのに、幸せそうなオーラが感じられない。
「どういう人なの、その、花梨さんって」
「あんたの妹なんだから、呼び捨てでいいだろ」
「だってまだ、会ったことないし」
「花梨はあんたより可愛くて、優しくて、怒った顔がたまらなくキュートな天使だよ」
柳は照れもせず、笑いもせず、真顔で言い放った。それが無性におかしくて、麻百合は笑ってしまった。
「なに、その気障ったらしい台詞」
昨夜も、柳は花梨のことをいつか天国にいってしまうと天使だといっていた。そういう言葉を女性に放つことに、全く抵抗がないらしい。
「あんた、笑えるじゃん」
麻百合につられてなのか、柳も笑った。凄まれたり、仏頂面だったりと、柳の固い表情しか見たことなかった麻百合は、そのギャップにドキリとさせられた。
この人、笑うと子供みたい。
「そうしてる方がよっぽどいいぜ」
「それは、私じゃなく花梨さんに言えばいいでしょ」
「いつも言ってる。今のあんたみたいに、花梨も笑ってくれるからな」
そう言うと、柳は遠くを見た。まるでそこに花梨がいるかのように。
「やっぱ似てんな、あんた」
「え?」
「いや、なんでもねえ。つーか、色々と悪かった。早く花梨に会わせたくて、俺が先走ったんだ。だから今日はあんたの望み通り、自宅に連れて行ってやる」
「いいって、駅までの道を教えてくれたら、自分で帰るから」
「靴もねえし、痛くて歩けねえんだから無理に決まってんだろ。鍵もねえのに、どうやって部屋に入るつもりだ?」
言われてみれば、麻百合は鍵を閉めた記憶がない。
「もしかして、鍵開いたままなの!? てゆーか、昨日どうやって入ってきたの?」
泥棒に入られたところで、取られるものなどないが、他人に部屋をかき回されるのは気分のいいものではない。
「戸締まりはちゃんとしてある。昨日は特別ルートを使って入った。玄関やエレベーターの防犯カメラにも、俺達の姿は残されていない。あんたは部屋から一歩も出てないことになってる」
「意味がよくわからないんだけど?」
「わからなくていい。こういうことは、知らない方が幸せだからな」
そうこうするうちに、あの豪邸が視界に見えてきた。だが柳は家の中に入ろうとせず、駐車場へと向かった。
「戻らなくて、いいの?」
「あんたに怪我させたってバレたら、高橋に嫌味言われるだろ」
柳は片手で車の鍵を取り出し、リモコン操作で扉を開け放った。麻百合をシートに座らせると、運転席に乗り込み、エンジンをかけてクーラーを全開にする。そのまま後部座席に手を伸ばし、救急箱を取り出すと、助手席の麻百合と向き合い、スリッパを脱がせ、足を消毒し始める。
「じ、自分でやるから!?」
麻百合の言葉を無視し、柳は消毒を終えるとガーゼをあてがい、患部をテープで固定した。的確かつ素早い処置。それなりに痛みは伴ったが、柳の意外な一面に、麻百合は驚くばかりだった。
「特別ルートに連絡するから、少し待ってろ」
高橋曰わく、柳は警察関係の知り合いがいるといっていた。特別ルートとはそういうことだろうか。
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