世界をとめて

makikasuga

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動き出したギミック

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 電話をかけにいった柳の背中を、麻百合はぼんやりと眺めていた。
 第一印象が最低最悪だったせいもあって、優しくされたり、気障な言葉を吐いたり、子供のような笑顔を見せられたりすると、調子が狂ってしまう。

 それだけ、花梨を好きだってことなのかな。

 誰かに愛されることを願うのはやめた。自分から追いかけるのもやめた。これ以上傷つきたくないから。だが目の前で無条件に愛される様を見せつけられれば、穏やかではいられない。それが双子の妹であれば尚更だ。

「悪い、待たせたな」
 運転席の扉が開かれ、柳が乗り込んできた。無防備だった麻百合は過剰反応を示してしまう。
「そう脅えるなって。ついでに高橋にも連絡しといたから。あんたが嫌なら、今は花梨と会わなくてもいい」
「別に脅えてるわけでも、花梨さんに会いたくないわけでもないわよ」
 ただ、心の準備がほしいだけで。
「そんじゃあ、気晴らしに打ちにいくか」
「打ちにって、まさか!?」
「そのまさかだよ。今日は勝たしてやるから」
 柳は麻百合と共に、駅前の大型パチンコ店のクリスタルキングへ行くつもりなのだ。
「ちょっと待ってよ。この格好で!? まず家に帰らせてよ。靴もないし、すっぴんだし」
 麻百合が自宅に帰りたい理由の大半は、このフリル付きのワンピースを脱ぎたいからである。
「服なんかどれでもいいだろ。靴なら途中で買ってやる。足が痛いというのなら、俺が抱えてやってもいいぞ」
 お姫様抱っこでパチンコ屋に入るなんて、正気の沙汰ではない。
「それこそ有り得ないわよ。自宅に返してくれる約束でしょう!?」
「あんたんとこのマンション、日中は管理人が常駐してっから、特別ルートが使えねえんだよ。帰るまでの時間潰しだよ」
 鍵を持っていない麻百合は部屋に入ることが出来ない。ここは柳に従うしかないだろう。
「だったら、服も買って。あと、化粧もしたい」
「服ならそれで十分だろ。顔を隠したいなら、これでも被っとけ」
 柳はまた後部座席に手を伸ばし、黒いキャップを手に取ると、麻百合に被せた。
「これ、余計に変だってば!?」
「誰も見てねえって。じゃ、行くか」
 麻百合の言葉など聞く耳を持たず、柳はアクセルを踏み出した。
「本当に行くの?」
「なんだ、行きたくねえのか」
「私、お財布持っていないし」
 身一つで連れて来られたのだ。家の鍵は勿論、財布も持っていない。
「心配すんな。これだけあれば、化けるから」
 そう言って、柳はポケットからくしゃくしゃの千円札を一枚取り出し、麻百合に差し出した。そう言えば、昨日も投資金額は千円かそこらだったように思う。
「なんか怪しいことしてたりするの?」
「特別ルートのオプションだ」
「ダメだよ、バレたら大変なことになるって!?」
「バレるわけねえっつーの」
「いくら警察の人と知り合いだからって、そういうことしたらマズいってば」
 麻百合の言葉に弾むように答えていた柳が、顔色を変えた。
「誰に聞いたんだ、そんなこと」
「今朝、高橋さんが言ってた。警察関係の知り合いがいるって」
 警察という言葉に反応し、柳は不機嫌になった。
「ごめん、言っちゃダメだったかな」
「あんたを怒ってるわけじゃねえけど、その話は二度とするな」
 それは柳にとって触れられたくない部分なのだろう。ひどく傷ついたような表情に変わる。
「ねえ、やっぱり行くのやめよう。時間稼ぎなら別のところでいいから」
「別のところって?」
 柳は視線を前方に向けたまま、麻百合を見ようとはしない。狭い車内に不穏な空気が流れる。それをなんとかしたくて、麻百合は必死に考えた。
「えっと、その、じゃあ、海とか?」
 さっきが山だったから今度は海。そんな気軽な感覚だった。
「足が痛くて歩けねえのに海ねえ」
 柳がクスリと笑った。張り詰めた空気が緩み、内心ほっとする麻百合。
「別に、嫌だったら他のところでも」
「いいぜ。ちょうどいい時間潰しだ」
 柳はウインカーを出し、次の角で左折した。


「本当に、海に来た……」
「おまえが来たいって言ったんじゃねえか」
 車を走らせること三十分程。柳は麻百合を連れ、ある海岸へやってきた。平日で盆を過ぎ、子供達の夏休みが後半ということを差し引いたとしても、人がいない。ここには麻百合と柳以外、誰もいないのだから。
「もしかして、ここも浅田と関係あるわけ?」
「そうだ。盆までは一般に貸し出していたらしいけどな」
 あの豪邸といい、病弱だった花梨を簡単に養女にしたことからして、金には全く困っていないらしい。
「プライベートビーチか、すごいな」
「こんなのまだまだ序の口だぜ。ここいら一帯の土地は、昔から浅田の所有だったって話だし」
「ふーん」
 柳が途中でサンダルを買ってくれたおかげで、ゆっくりであるが砂浜を歩くことが出来た。暇さえあれば、騒がしいパチンコ屋にしか通っていなかった。こんなにゆったりと時間を過ごすのは久しぶりで、海を訪れたのも何年振りだろうか。そう思って、ふと我に返る。
 昨日出会った素性の知らない男とふたりきり。事情を知らない人からすれば、デートと取られかねない。

 いや、有り得ないってば!?

 金髪ヤンキー男で、言葉遣いも悪くて。何より柳は花梨の恋人だ。
「なんだ、海に入りたいのか?」
 沈黙していたことを別の意味に取ったらしい柳が近づいてきた。
「仕方ねえな。ほら、抱えてやっから」
「違う、違うってば!?」
 柳は女性を抱き上げることに躊躇いがないらしい。あの気障な台詞といい、どこまで天然なのか。
「花梨さんとも、ここに来たことあるの?」
「ない。花梨はあの家からほとんど出ることねえから」
「そんなに体調悪いの?」
 高橋曰わく、花梨は生まれつき体が弱く、いまも体調に浮き沈みがあると言っていた。
「そういうことは、会って直接聞け」
 花梨のことになると、途端に柳は歯切れが悪くなる。
「会うのはいいけど、私、仕事があるし」
 今日はたまたま休みだからいいが、麻百合は朝から夜まで働いている。土日関係ないシフト制で、年間の休みが決められているのだ。
「心配すんな。あんた、昨日で仕事辞めてるし」
「は?」
「高橋から聞いてないのかよ。花梨と会うってことは、浅田の家で一緒に暮らすってことなんだぜ」
 花梨と会ったらどうして浅田家で同居になるのか。当事者である麻百合には何も知らされていないというのに。
「聞いてないわよ、どういうことよ!?」
 一気にボルテージが上がる。勝手に仕事を辞めさせられていたなんて、あまりに酷すぎるではないか。
「さっきも言ったように、花梨はあの家から出ることはない。必然的にあんたがあの家に行くことになる」
「だから、なんでそれが同居になるのよ!?」 
「それが花梨の願いだから」
 柳がまた、あの苦しそうな表情に変わる。やがて、麻百合をまっすぐ見つめてこう言い放った。
「あいつの願いを叶えてやるために、俺はここにいる。そのためなら、なんだってするんだよ」
 柳も高橋も、なぜそこまで花梨にこだわるのか。麻百合には全く理解出来なかった。
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