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奇跡の確率変動
⑤
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「やっぱ、泣くか」
花梨の部屋を出たものの、扉にもたれかかってふたりの話を聞いていた柳は、思わず呟き、小さく息を吐いた。
この一週間、麻百合と行動を共にして柳は知った。見た目は違えど、麻百合と花梨の本質は同じ。色々あったせいでひねくれてはいても、麻百合の心は花梨と同じで純粋だ。だからこそ、花梨は麻百合は会いたがったのだ。互いのシンパシーを感じ取るかのように。
「立ち聞きはいけませんよ、柳君」
柳の呟きを聞いていたのか、高橋が絶妙なタイミングでやってきた。
「麻百合様には私からお話ししましょうかと申し上げたのですが、花梨様に断られてしまいましてね」
立ち聞きするなと言っておきながら、中で起きたことを把握している。高橋という男、やはり曲者である。
「あんた、なんで俺を殺さねえんだ?」
柳が敵対心をむき出しにすれば、高橋は呆れたように肩をすくめてみせる。
「以前も申し上げましたが、私は相次郎様から花梨様をお守りするようにと命じられてお側にいるだけですよ」
「花梨に害を成す人間は排除しろって言われてんだろ。俺が何をしてきたのか、知ってるよな」
「何をおっしゃっているのか、理解出来ま──」
高橋の言葉を遮るように、柳は両手で彼の胸倉を掴み、顔を近づけて睨みつけた。
「いつまで犯罪者をのさばらせておくつもりだよ」
皮肉でもなんでもなかった。柳がしてきたことは、真っ当な人間がすることでは決してないから。
「つべこべ言わずに、さっさとバラせ」
あのとき花梨に出会わなければ、柳は死んでいただろうし、万一生き残っていたとしても、薄暗い場所でしか生きられなくなっていた。その事を高橋はよく知っている。
「私の父が後ろ暗い商売に手を染めていることは確かです」
手を抜いていたわけではなかったのに、高橋は顔色ひとつ変えずに柳の拘束を払いのけた。
「ですが、父と私は別の人間です。彼らとは何の関係ありません」
「じゃあ、なぜあいつに金を払った?」
「これも以前申し上げたはずですよ。麻百合様の調査をお願いしたのは私です。費用を払うのは当然のことかと」
いくら挑発しても高橋は崩れないけれど、彼の発する空気は裏社会の人間であるレイによく似ていた。
「本当喰えねえよ、あんた」
柳は諦めたようにひとつ息を吐き、歩き出した。
「柳君、どちらへ?」
「これ以上、立ち聞きするわけにはいかねえだろ」
麻百合の泣き声を聞いたせいだろうか。胸がジクジクと傷む。ひとりの部屋に戻るのが嫌で、柳は外に出た。
厳しすぎた残暑が一段落し、降り注ぐ太陽の光も青い空も、季節が秋へと変わったことを知らせている。
(……あの子は冬を迎えられないだろう。秋まで持てばいい方だ)
主治医であり養父でもある相次郎の言葉が、脳裏に蘇ってきた。
(君がどんな人間であろうと、花梨が求めているなら排除しない。あの子の願いは全て聞き入れると決めたからね)
柳はジーンズのポケットに突っ込んでおいた煙草に手を伸ばした。思い出したくない過去が蘇ってきて、目の奥が痛い。
「正義の味方なんて、どこにもいねえんだよ、カズト」
花梨の部屋を出たものの、扉にもたれかかってふたりの話を聞いていた柳は、思わず呟き、小さく息を吐いた。
この一週間、麻百合と行動を共にして柳は知った。見た目は違えど、麻百合と花梨の本質は同じ。色々あったせいでひねくれてはいても、麻百合の心は花梨と同じで純粋だ。だからこそ、花梨は麻百合は会いたがったのだ。互いのシンパシーを感じ取るかのように。
「立ち聞きはいけませんよ、柳君」
柳の呟きを聞いていたのか、高橋が絶妙なタイミングでやってきた。
「麻百合様には私からお話ししましょうかと申し上げたのですが、花梨様に断られてしまいましてね」
立ち聞きするなと言っておきながら、中で起きたことを把握している。高橋という男、やはり曲者である。
「あんた、なんで俺を殺さねえんだ?」
柳が敵対心をむき出しにすれば、高橋は呆れたように肩をすくめてみせる。
「以前も申し上げましたが、私は相次郎様から花梨様をお守りするようにと命じられてお側にいるだけですよ」
「花梨に害を成す人間は排除しろって言われてんだろ。俺が何をしてきたのか、知ってるよな」
「何をおっしゃっているのか、理解出来ま──」
高橋の言葉を遮るように、柳は両手で彼の胸倉を掴み、顔を近づけて睨みつけた。
「いつまで犯罪者をのさばらせておくつもりだよ」
皮肉でもなんでもなかった。柳がしてきたことは、真っ当な人間がすることでは決してないから。
「つべこべ言わずに、さっさとバラせ」
あのとき花梨に出会わなければ、柳は死んでいただろうし、万一生き残っていたとしても、薄暗い場所でしか生きられなくなっていた。その事を高橋はよく知っている。
「私の父が後ろ暗い商売に手を染めていることは確かです」
手を抜いていたわけではなかったのに、高橋は顔色ひとつ変えずに柳の拘束を払いのけた。
「ですが、父と私は別の人間です。彼らとは何の関係ありません」
「じゃあ、なぜあいつに金を払った?」
「これも以前申し上げたはずですよ。麻百合様の調査をお願いしたのは私です。費用を払うのは当然のことかと」
いくら挑発しても高橋は崩れないけれど、彼の発する空気は裏社会の人間であるレイによく似ていた。
「本当喰えねえよ、あんた」
柳は諦めたようにひとつ息を吐き、歩き出した。
「柳君、どちらへ?」
「これ以上、立ち聞きするわけにはいかねえだろ」
麻百合の泣き声を聞いたせいだろうか。胸がジクジクと傷む。ひとりの部屋に戻るのが嫌で、柳は外に出た。
厳しすぎた残暑が一段落し、降り注ぐ太陽の光も青い空も、季節が秋へと変わったことを知らせている。
(……あの子は冬を迎えられないだろう。秋まで持てばいい方だ)
主治医であり養父でもある相次郎の言葉が、脳裏に蘇ってきた。
(君がどんな人間であろうと、花梨が求めているなら排除しない。あの子の願いは全て聞き入れると決めたからね)
柳はジーンズのポケットに突っ込んでおいた煙草に手を伸ばした。思い出したくない過去が蘇ってきて、目の奥が痛い。
「正義の味方なんて、どこにもいねえんだよ、カズト」
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