世界をとめて

makikasuga

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哀しみリプレイ

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 子供の頃、柳は荒れていた。今と変わりない金髪で、目が合った、肩が触れたで喧嘩の日々で、警察の世話になることは日常茶飯事だった。

「今度は何やったんだよ、コウ」
「肩がぶつかっただけなのに、怪我したから慰謝料寄越せって言うから、倍にして返してやったんだよ」
 物心つく前に両親はこの世から消えていた。親戚に引き取られ、たらい回しにされ、嫌気がさしては飛び出して、補導されては戻されてを繰り返すうちに、とうとう施設に放り込まれた。勿論ここも飛び出して、補導されてを繰り返していたのだが、そのとき出会った警察官が、柳を気に入って引き取ってくれた。それがこの男、柳蓮司やなぎれんじである。
「そういうのは相手にするなって、いつも言ってんだろうが」
「無視したら殴りかかってきて、避けたら勝手に転んで、そっからはいつもと同じ。俺から手を出したりしてねえよ」
 蓮司の養子になって、約束させられたことがある。自分から喧嘩をふっかけたりしないこと。攻撃に対する反撃か、あるいは悪事を働く人間への戒めであるなら、手を出してもかまわない。
「そうか、それならいい。さあ、帰って飯にするか」
 約束を破らない限り、蓮司は決して怒らない。最後はこの言葉と共に、柳の頭をくしゃくしゃと撫で回す。決めたことさえ守れば、細かいことは気にしない。血の繋がりなどなくても、柳を自分の息子と思ってくれている。
 そんな蓮司が柳は大好きだった。こうして頭を撫でられると、温かい気持ちでいっぱいになるから。
「つーか、それ、いい加減やめろ。俺もう十七だぞ」
 現在柳は思春期真っ只中。子供のような素直な気持ちにはなれず、照れくさいという感情をうまくなだめることが出来ずにいた。
「十七なんてまだまだガキじゃねえか。それよか、おまえ、進路どうすんだ?」
「大学なんか行けるわけねえだろ。卒業したら働く」
「何言ってんだ、不良のくせに、成績トップクラスじゃねえか。大学くらい行っとけ」
「行かねえ。行く意味がねえ。それよか、さっさと佳乃さんとくっつけ」
 蓮司には散々世話になっているし、金銭面に関して、これ以上負担をかけるわけにはいかない。蓮司の片思いからようやく交際に至った川村佳乃かわむらよしのとなかなか結婚出来ないのも、自分の存在があるからだと柳は思っていた。
「佳乃とくっつけねえのは、おまえじゃなく、向こうのガキのせいだっつーの」
「え、佳乃さんってバツイチ? 子供いんの?」
「八歳の男の子がいるんだよ。昔のおまえに比べたら、大人しくて可愛いもんだがな。俺が嫌いらしい」
 本当に困っているのだろう。蓮司は肩をすくめてみせた。
「佳乃を取られるのが嫌なんだろうな。まあわからなくもねえけど」 
「そういうものなのか。俺にはさっぱりわかんねえや」
 自分を育ててくれた蓮司の幸せを願うことが、柳に唯一出来ることだと思っている。母親を取られるのが嫌だという考えは、全く理解出来なかった。
「元旦那がDVだったから、子供なり母親を護ろうって必死なんだよ。だから、もう少し様子を見ようってことになってな」
「ふーん。ちなみにそのガキの名前は?」
和人かずと君だよ」

 なんとなく名前を聞いてみたものの、小学生と接点を持つことなどないと柳は思っていた。だからこそ、小学生に喧嘩をふっかける不届き者を見つけて制裁を加え、また警察の世話になった際、目撃者としてついてきた小学生が、和人だと知って大層驚いた。

「お兄ちゃんは、正義の味方だね!」
 目をキラキラ輝かせて笑う和人は、柳には眩しかった。子供に嫌われることがあっても、好かれることはなかったから。
「何言ってんだ、俺は不良だぞ」
「それなら僕を助けたりしないよ。僕もお兄ちゃんみたいに強くなりたいなあ」
 そこへ柳を引き取りやってきた蓮司と、和人を引き取りにやってきた佳乃が合流する。柳が蓮司の息子だと聞かされた和人は、ますます目を輝かせ、佳乃に詰め寄った。
「お母さんがこの人と結婚したら、お兄ちゃんが僕のお兄ちゃんになってくれるの!?」
 蓮司が「この人」扱いなのはどうかと思ったが、柳の出現によって、頑なだった和人の態度が変わった。
「そうね、そうなるわよ」
「だったらいい。お母さん、この人と結婚して。そしたら僕、お兄ちゃんと一緒にいられるから!」

 蓮司を認めたわけではなく、柳といたいという理由にかなり違和感を覚えたものの、この出来事をきっかけにして蓮司と佳乃は晴れて夫婦となり、和人は柳の弟になった。
 家族が増えたこと、和人が弟になったこともあり、柳は荒れた生活を改め、真面目に高校に通い、大学へと進学する。
 卒業後は、蓮司と同じ職業である警察官の道を選択した。地方公務員の試験に合格した後、警察学校へ入学。厳しい訓練を経て、交番勤務につき、二年後刑事課へ異動になった。その頃には、小学生だった和人も高校生になり、柳にまとわりつくようなことはなくなったが、コウ兄と呼んで、昔同様に慕っていた。

「コウ兄はすごいよね。本物の正義の味方になっちゃうんだから」
 警察官になって一人暮らしを始めた柳は、久し振りに実家に帰ってきた。両親が不在の中、和人だけが家にいた。
「刑事なんてな、ドラマみたいに派手なことなんて起こらねえし、地味で面倒で割の合わない仕事なんだよ。あの年で交番勤務を貫く蓮司もどうかと思うけどな」
 働き始めて、柳は警察官の理想と現実のギャップを思い知った。見た目以上にキツい仕事だし、ストレスはたまる一方だった。
「でも、コウ兄すごく楽しそうだよ。俺も目指そうかな、警察官」
「やめとけ、和人。おまえ向きの仕事じゃねえから。つーか、今日平日だろ? 学校休みか?」
「創立記念日だよ。誰がなんと言おうと、コウ兄は正義の味方だよ。だから、悪い人は絶対捕まえてね」
 それが和人との最後の会話になった。
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