世界をとめて

makikasuga

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そのセグを解明せよ

スペシャルラウンド「天使は笑う」

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 レイが出て行って、見知らぬ部屋に柳はひとり残された。目の前にあるのは、四十インチ型の液晶テレビでブルーレイ内蔵型である。
「これで見ろってことかよ」
 薄暗い部屋にテレビが一台きり。それ以外は何も見当たらない。色々ありすぎて柳の頭は混乱していたが、花梨が残したものであるのなら見ておきたい。電源を入れ、ディスクを挿入した後、画面の近くに座り込んだ。そうこうするうちに、画面に花梨の顔が写り込む。
「花梨……!」
 映像だとわかっているのに、柳はたまらず手を伸ばした。
『コウちゃんがこれを見てるってことは、私はもうこの世にいないと思います』
 花梨の言葉を受け、柳の手は止まった。
『大丈夫だよ。いつかこうなるってわかっていたから。ただ、もう少し長く、コウちゃんの側にいたかったけどね』
 映像の中の花梨は笑っていた。その表情からは、死に対する恐怖は一切感じられなかった。
『コウちゃんと過ごした時間、すごく幸せだったよ。恋人になってくれたことも、一緒に死んでくれるって言ったことも。でもね、だからこそ、コウちゃんは死んじゃダメ』
 柳の行動をわかっているかのように、花梨は言った。
「なんでだ? なんでおまえまで、俺を生かそうとするんだよ……」
 応えるわけがないとわかっていたが、柳は呟かずにはいられなかった。

『コウちゃんは、私が愛した人だから』
 はっとした。まるで柳の問いかけに応えたかのように感じられたから。
『コウちゃんはね、本当は私を好きじゃないんだよ』
「違う、花梨。俺はおまえを……!?」
『ひとりで生きるのが怖くて、死に場所を探していただけ』
 その言葉は柳の心を暴く鍵だった。言葉が出てこなくなり、柳は首を横に振って否定する。
『私が死ぬってわかったから、すがりついただけ』
 握りしめた拳が震え、たまらず床を叩いた。何一つ言い返せなかったから。
『コウちゃん、死んだら一緒にはいられないんだよ』
 花梨の言葉で柳は我に返った。
『でも、生きていれば、思い出は残る。形は変わっても、私はコウちゃんの中で生きていられる』

(俺が助けてやる。何があってもだ)
 蓮司の言葉が蘇る。
(誰がなんと言おうと、コウ兄は正義の味方だよ。だから、悪い人は絶対捕まえてね)
 和人の言葉が蘇る。
 こうして彼らのことを思い出せるのは、柳が生きているから。

『コウちゃん、生きて』
 大切な家族と過ごしたかけがえのない時間。短い間であったけれど、あのとき確かに柳は幸せだった。
『あなたの思い出の中で、私を生かして』
 心を閉ざした柳に、手を差し伸べたのは花梨だった。彼女が懸命に生きる姿に、頑なだった心が動かされたのは嘘じゃない。
『最初からわかっていたよ、私の片思いだって。恋人になってくれて、側にいてくれてありがとう。今度はきちんと麻百合と向き合ってね。ふたりが幸せになることを願っているから』
 天使は最後まで笑っていた。柳の心に棲む魔物を取り払うかのように。
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